第12話
「ありがとう、イグナーツ。もう大丈夫よ」
「……エッダ」
エッダの名を呼ぶイグナーツの声には、どこか切ない響きがあった。胸が締めつけられる。けれど、エッダは首を横に振った。
「……結婚は無理よ。私の家も貴方の家も、その他の貴族も。誰も許しやしないわ」
エッダの言葉はイグナーツを拒むものではない。事実なのだ。悲しいほどにどうしようもない事実。イグナーツだって分かっているはずだ。
また泣きそうになってしまう。エッダは強引に微笑んで涙をごまかした。胸は未だに熱を帯びたままだ。
イグナーツを拒むことは、エッダにはできない。やりたくない。しかし、彼と共にありたいという願いはどうしたって叶わない。
また、蓋をしなければ。想いがあふれてしまった今、もう上手くしまえない気もするが、それでもやらなければならない。
広がった熱が鈍くうずく。やるせなくてたまらない。エッダはチュニックを握りしめた。
その硬い拳が、ふいにぬくもりに包まれる。エッダが見やれば、握りしめた手にイグナーツの手が重ねられていた。
「周りが認めてくれないことは、なんとかする。……なんとかできる絶好の機会なんだ」
エッダはぱちぱちと瞬きを繰り返した。イグナーツの言うことに、今一つ理解が及ばない。
「どういう、こと?」
ぎこちなくエッダが尋ねると、イグナーツは表情を少し和らげた。まるで、エッダを安心させるかのように。
「国王陛下が『魔王討伐が上手くいった暁にはそれぞれが望むものを授けよう』って討伐隊の面々に宣言されたんだ。だから、そこで俺はエッダとの結婚を望む。それから上手く話を運んで俺たちの結婚を王命にしてしまえば、きっと誰も逆らえない。納得はしてもらえなくてもね」
エッダはきょとんとしてしまう。イグナーツを見つめながら、彼の言葉を心の中で反芻する。
確かに、王命にはそう簡単に逆らえない。しかし、やり方としては強引なうえ、王命にしてしまうだなんて大げさだ。それに望みのものを授けるにしても、限度というものがあるだろう。果たして、イグナーツがエッダとの結婚を望んだところで、国王陛下に受け入れられるのか。確か、陛下のもとには年頃の王女がいたはずだ。
エッダは口早に言った。
「ちょ、ちょっと待って、イグナーツ。望みのものを授けてもらえるからって、そんなの無茶よ。強引すぎるわ。そもそも、陛下に結婚を認めていただけるか分からないじゃない」
「陛下は有言実行する方だし、豪気だから。それに俺、陛下からの信頼は厚いと思うから、可能性は十分あるよ」
「だからって、魔王討伐の報奨でそんなお願いをするなんて、その……もったいないわ」
「もったいなくなんてないよ。俺にとっては今すぐにでも叶えたい宿願なんだから」
そう言うと、イグナーツはエッダの両の拳をすくい上げ、握り直した。エッダの拳が自然とほどけ、そこにイグナーツの指が絡まる。
エッダはどきりとした。返す言葉を失くしてしまう。
「……エッダ。俺との結婚、約束してくれる?」
イグナーツが改めて言う。彼は目をそらさない。表情は柔らかいがその瞳に宿る光は強く、真っすぐエッダを見つめてくる。
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