第11話

 明星の騎士の異名のごとく、エッダにとってイグナーツはまさしく星であった。闇の中で煌々と燃える星。エッダの日常を照らす、唯一の光。

 恐らく、イグナーツがいなければ、彼がエッダとの関係を持ち続けてくれなければ、エッダは潰れていたに違いない。

 家族や他の貴族から「石ころ」と蔑まれ、好奇や嫌悪と言った感情に晒され続ける日々は辛かった。しかしそれでも、向けられる暗い感情に飲み込まれずに、自らの価値を高めようとエッダが努力できたのは、イグナーツの手紙があったからだ。彼の言葉が、彼とのつながりがどれほど励みになったことか。

 結局努力は報われずエッダは追放された。だが、その時も自棄やけにならなかったのは、イグナーツが変わらず手紙を送り続けてくれたからだ。


 エッダは嬉しかった。イグナーツと手紙のやり取りができることが。「女神」という書き出しも、大げさだと感じつつも決して嫌ではなかった。気恥ずかしいが、少し誇らしかった。

 イグナーツが自分のことで怒ったり悲しんだりしてくれるのだってそうだ。気を使わなくてよいという気持ちも確かにある。己の悪評が、彼に飛び火してしまうのではと心配にもなる。だが、一方で心強くも感じた。イグナーツが味方でいてくれることは、エッダにとって大きな支えだ。

 顔のあばたも。

 イグナーツの疱瘡ほうそうが治ったのは、彼の生命力が病気に打ち克ったからだ。けれども、もしもイグナーツが言うように、エッダがそばにいたことに意味があったなら。エッダの励ましがイグナーツの力になったと言うなら。この病気のあとはイグナーツの命を救った証だ。醜いあばたであっても、かけがえのない誇りであるように思えた。


 だから本当は、イグナーツとの別れをエッダは恐れていた。彼との関係を断たなければと思いながらも、そのことについて考えると心苦しかった。

 それどころか、それ以上を望むようになってしまった。

 イグナーツとのつながりを失いたくない。

 叶うならば、もっと近くにいたい。彼のそばで彼と共にありたい。

 エッダはイグナーツが好きだ。それこそ、幼い頃一緒に遊んでいた時から。

 それは子供の頃の一過性の感情ではなかった。むしろ、年を経るごとに色濃くなっていった。エッダはイグナーツに惹かれる心を止められなかったのだ。愚かだと知りながらも。

 そう、愚かなのだ。いくら想いを募らせたところで、報われない。それなのに、その想いを捨てられずにいる。


 イグナーツとエッダとでは生きる世界が違いすぎる。輝かしい彼の未来を思えば、そこにエッダはいてはいけない。家を追い出された醜い石ころ女は、彼の名誉や品位に傷をつけるだけだ。

 共にあることをエッダが望んでも、イグナーツが望んでくれても。

 そうだとしても、イグナーツの家族はもちろんエッダの家族が許さない。それだけでなく他の貴族たちだって認めないだろう。誰も彼もがイグナーツにエッダはふさわしくない、と言うに違いない。

 そのため、エッダは自身の恋心を自覚しつつも、その気持ちに無理やり蓋をして、見て見ぬふりをしてきたのだった。


 エッダの涙がようやっと収まってきた。しかし、涙の跡が残っているのか、イグナーツが親指でエッダの頬をなぞる。その指先の感触は柔らかく、心地よい。このままいつまでも感じていたいと思ってしまう。

 だが、エッダはイグナーツの手首を掴むと、そっと押し返した。

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