第6話

「魔王討伐のための物品なんだけど、薬草や薬が足りないんだ。この間、東部で大規模な魔物との戦闘なんかもあって、王都から支援のためにだいぶ物資を出しちゃったんだよ……」


 やっと語り始めたイグナーツだが、どうにも歯切れが悪い。

 「それで?」とエッダが先を促すと、イグナーツは観念したかのようにため息を吐いた。


「それで、エッダのところに薬や薬草をもらいに行こうと思ったんだ。得体の知れない薬って言うのも気持ち悪いだろうから、そのことを少し仲間に話したんだ。俺の幼馴染みで、薬や薬草を作っている人がいるって。それが、間違いだったんだけどさ。仲間から話を聞いたのか、勇者の耳にも入っちゃったんだ。エッダの薬の話が。そしたらさ、その……」


 イグナーツはそこで言いよどんだ。

 しかし、話は十分だった。そこまで聞けば、エッダには概ね話の先が読めた。言葉に詰まったままのイグナーツに代わって、エッダは自ら言った。


「その勇者に、私の薬はいらないと言われたのかしら? 薬じゃなくて毒かもしれないから、とかいう理由付で」

「……だいたい当たり」


 イグナーツはそっぽを向いた。眉をひそめたその横顔には、不満がありありと浮き出ている。


 エッダは小さく息を吐いた。自ら言った言葉だが、我ながらひどい言われようだと思ってしまう。

 社交界の噂話には流行り廃りがある。社交界からすっかり姿を消したフォルツの石ころの話題は、かつてほど人々の興味をそそることはないだろう。


 だが、その語りぐさはしっかり根付いたままなのだ。訳の分からない枝葉がたっぷり茂ってしまっているのも相変わらず。それは誇張というよりも妄想であり、皆ふとしたきっかけで石ころのことを思い出しては、好き勝手にエッダを語る。いい加減、綺麗さっぱり無くなってほしいが、そう願ったところでどうにもならない。

 殊に、勇者のような立場の人間であれば、なかなかやめてはくれないのだろう。

 エッダはうつむいた。


「勇者様にまで知られているだなんて、私も随分有名なのね」

「勇者って言っても貴族だから。……ヴィルター家の次男だよ」


 イグナーツの声が険しくなる。

 ヴィルター家の長男、つまり勇者の兄はその昔エッダに結婚を申し込んで来た男だった。そして、破談にした男だ。エッダの外見を嫌って。

 その弟である勇者とエッダは、見合いの席で会ったことがある。兄をはじめとする家族についてきたのだ。会話はしておらず、本当に会っただけだった。しかし、エッダを見て盛大に顔をしかめた少年の表情を、エッダはよく覚えている。加えて、兄からエッダについて話を聞かされたのだろう。相当ろくでもない話を。


 エッダは窓の外に視線をやった。コマドリの姿はなく、ただ鬱蒼と木々の葉が重なっているのが見える。


「ええ、知ってるわ」


 言いながら、エッダの口からは笑いがもれる。


「私のことなんてよく思ってないだろうに、まだ覚えてくれているのね。光栄なことだわ」

「エッダ」


 柔らかい声でイグナーツが呼ぶ。濁りのない呼びかけだった。

 エッダは一度目を閉じて心を落ち着かせると、静かに問いかけた。


「私の薬を否定されて、どうしたの?」


 ちらとイグナーツを見れば、彼は渋い表情を浮かべて、また顔を背けてしまった。


「イグナーツ」


 たしなめるようにきっぱりとした口調で、エッダが名前を呼ぶと、イグナーツはのろのろと口を開いた。


「……こいつと一緒に戦うのは絶対に無理って思った」

「嫌になって、それでここに逃げ込んで来たってわけ?」


 厳しい口調のまま、エッダは尋ねた。すると、イグナーツはエッダの方に向き直る。


「エッダに会いたくてたまらなくなったのは本当。それと、薬や薬草をもらいに来た。いらないと言われたけど足りないのは確かだし、エッダの薬草や薬はよく効くもの。王都の薬師も褒めてたよ」

「そういうことなら、さっさと言いなさい」


 エッダはすっと立ち上がると、居間を出て地下の貯蔵室に向かった。

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