第5話 嵐の前あるいは別れの予感
戦勝祭が近づくにつれ、ロレンスの表情はどんどん暗くなった。笑うことが少なくなり、思い詰めた顔でじっと考え込む時間が増えている。アンゼリカは大層心配して何事かと尋ねたが、一瞬表情を和らげ「大丈夫だよ」と言うきり、そしてまた固い表情に戻るのだった。
(どうしてこうなるの? 自分から行きたいと言ったくせに!)
アンゼリカは、ロレンスがあれもこれも秘密にするところが気に入らなかった。無理を言ってうちに居候している以上、情報開示はこまめにするべきではないのか。これでは誠意が足りないではない。
本人をもっと問い詰めたくなるが、触れたくない話題になると、あの年で誰をも寄せ付けないオーラを発するところが気に入らない。魔法か何かで12歳の子供にされてるだけで本当は大人なんじゃないかと思ったことすらある。それでも、心のモヤモヤが消えないアンゼリカは、とうとう戦勝祭の前日に疑問をぶつけてみた。
「本当は戦勝祭に行きたくないんじゃないの?」
「別にそんなことないよ? 何でそう思うの?」
「だってキースと会ってからずっと元気ない。まさかバレてないとでも思ったの? あんなにゴリ押しして自分も行くと行ったくせに何を気にしてるのよ?」
アンゼリカに問い詰められ、ロレンスは気まずそうに目を泳がせた。もっと我を張るかと思いきや、意外と押されている。もっと手加減してもよかったかな? とアンゼリカが思いかけたところで、彼は口を開いた。
「だってあのスカした奴と二人きりになるなんて許せなかったんだもの。幼馴染だからって彼氏ヅラしてほしくない。戦勝祭のジンクスを壊してやりたくて」
「はあっ!? そんな理由? キースは彼氏なんかじゃないって何度言ったら分かるの?」
「向こうはそう思ってないみたいだよ。なんだ、気づかなかったの?」
しれっとした顔で言ってのけるロレンスに、アンゼリカは、(全くこのマセガキが!)と心の中で罵った。顔を真っ赤にしながらあたふたしているところへ、今度は冷や水を浴びせかけるようなことを言ってくる。
「本当はね、行くつもりはなかったんだ。と言うか、戦勝祭が終わるまで家から出ないつもりだった。でも、外から見るチャンスなんて二度とないと思うから考えを変えた」
「え? どういうこと?」
「逃げ続けても意味ないんじゃないかってこと。結局居場所も割れていて、ただ泳がされているだけなのかもしれない」
「それってつまり……」
アンゼリカが呆然として言いかけたところで、ロレンスの方から話を切った。
「とにかく、戦勝祭楽しみだね。すごく混むから手をつないでいようね。迷子になったら大変でしょ」
ロレンスは、大人びた顔のままふっと笑いかけて工房に入っていく。後には、話しかける前より多くの謎を抱え込むアンゼリカが取り残された。
***
戦勝祭は三日三晩行われるが、最終日のこの日は最も盛り上がるパレードが予定されている。伝説にあやかった扮装や山車が練り歩くのだ。パレードの通り道からは少し離れた場所に位置しているアンゼリカの家にも音楽が聴こえてくる。そんな中、昼過ぎにキースがやって来た。
「一番盛り上がるのは夜だけど早めに行っていい場所を取っておこうぜ……ってやっぱりお前も行くんだ?」
キースは当たり前のようにいるロレンスを見て露骨にため息をついた。
「あらかじめ行くって言っといたじゃないか。残念でした」
ロレンスはキースに向かって舌を出して見せる。横にいたアンゼリカは冷や冷やするばかりだった。
「今日は喧嘩をしない約束だからね! せっかくのお祭りだから十分に楽しみたいの! おいしい屋台もチェックしたいし!」
祭りのためにおめかししたアンゼリカは二人に向かってこう宣言した。よそ行きの服を用意したのは本人ではなく母のケイトである。男子と行くと知ったケイトは、なぜか娘以上に興奮して「ちゃんと女の子らしい格好をしないとダメよ!」と張り切って服を選んだ。
人混みの中でも動きやすいように裾が広がった緑のワンピースにしたが、アクセントとして差し色の赤いリボンを胸元に着け、髪も編み込みにしていつもと違う雰囲気を出している。なおロレンスは、アンゼリカが髪をセットしている間ずっと張り付いて観察しており、イメチェンした彼女を最初に拝める特権を行使した。
「たくさん人がいるから気をつけてね。キース、アンゼリカとロレンスをお願い」
ダンとケイトは、何度も気をつけるようにと言い含めて三人を送り出した。ロレンスにとってはカチンと来る言い回しだろうが、敢えてアンゼリカは無視する。つまらないプライドにいちいち付き合ってられない。
大通りに近づくにつれ、屋台がぽつぽつと増え始め音楽の音色も大きくなってくる。アンゼリカは早くも屋台の食べ物に目を奪われていたが、キースに「先に行けばもっとあるから我慢しろ」と止められ後ろ髪を引かれる思いで見送った。だんだん人が増えてくるがみな行き先は同じ、パレードを見に行くのだ。戦勝祭のシンボルである女神のコスプレをしている者もいる。これだけ大規模なものは5年に一度とあって、祭りに対する意気込みが普段とは違っていた。
「そう言えば、戦勝祭って言うけど、どことどこが戦ったんだっけ? アンゼリカは覚えてる?」
「うーん……。歴史の授業いつも寝てるし、祭りは屋台しか興味ないので」
「隣国ネガンドロスの国王がローエンタリアに攻め入ったんだよ。国を守りきった女騎士を戦の女神として祀ったのが戦勝祭なの」
最年少のロレンスがスラスラと答えたので、他の二人は目を丸くして彼の方を向いた。
「ロレンス詳しいのね。ネガンドロスなんて国名初めて聞いた」
「もう滅んだ国だからね。その戦の時の王が滅ぼしたんだ」
「ええ? 自分の国なのにどうして滅ぼしちゃうの? 訳わかんない」
「ローエンタリアの女騎士を愛していたからだよ。女騎士を手に入れるために敵も味方も殺し尽くして、それでも女騎士は抵抗して結局相討ちになった。火山の火口で死闘を尽くした挙句二人とも氷の槍に貫かれて」
「あらやだ。こないだそれと同じ夢を見たばかりだわ。身に覚えないと思っていたけど、どこかで見聞きしていたのかしらね?」
アンゼリカが何気なく放った一言でロレンスは雷に打たれたように動かなくなった。そして恐る恐る頭を動かし、彼女をまじまじと見つめる。顔色は真っ白で、体は小刻みに震えていた。そこまでのことをしたとは思えないアンゼリカは、ただただ戸惑うしかない。
「どうしちゃったの? ただの夢じゃない。驚くようなことじゃないわよ」
しかし、衝撃から立ち直れず言葉が出てこない様子を見て、だんだん不安が募ってきた。その時、二人の会話に気づかず、先を行っていたキースが普段の調子で声をかけた。
「次の角曲がれば大通りだよ。アンゼリカの好きな屋台もいっぱい並んでるよ」
緊迫した空気を何とかしたくて、アンゼリカはキースの呼びかけに反応し、小走りで彼の元へ向かって行った。何の関係もない夢だと思っていたのに。どうしてロレンスは激しく動揺したのだろう? 心は千々に乱れながらも、祭りの喧騒に身を委ねることで気持ちを鎮めようと努めた。
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