第4話 居候と幼馴染の対決

(どうすればいいの……この状況、なかなかヤバいのでは)


 アンゼリカの家では、キースとロレンスがにらみ合う険悪な空気に包まれていた。その間でなす術もなく途方に暮れるアンゼリカ。どうしてこうなった。


 話は少し前にさかのぼる。学校が早く終わったので、キースはアンゼリカの家に寄って行った。幼馴染なのでお互いの家は行き慣れている。この日もいつものように訪ねたが、先客が腕組みをして二人の前に立ちはだかった。


「アンゼリカ、こいつ誰?」


「こいつなんて言っちゃダメでしょ。同級生のキースよ。ただの幼馴染よ」


「大丈夫なわけじゃないじゃないか。こいつアンゼリカの何なの?」


 ロレンスは腕組みをしたままキースをぎろりとにらんだ。漆黒の瞳を燃やす様は、12歳の少年とは思えない。当然キースもむっとした表情を浮かべた。


「これが例の訳ありガキ?」


「おい、ガキとは何だ。なかなか大胆な奴だな。向こうみずと言うべきか」


「こらっ! 初対面の相手に失礼よ! キースも煽るようなこと言わないでよ。年上なんだから大人の対応して」


 だが、この発言もロレンスは気に入らなかったようだ。自分が子供扱いされたと受け止めたらしい。


「こう見えても、そんじょそこらの子供より色んなことを経験してるんだ……分かってもらおうとは思わない」


「ああ分からないね。こっちはお子ちゃまの夢想に付き合ってる暇はないんだよ。寝言は寝て言え」


 二人の目から火花が散って一触即発の雰囲気になったのを感じ取ったアンゼリカは、無理やり間に割り込み、引きつった笑顔を浮かべた。


「はいはーい。喧嘩はおしまい。二人とも仲良くねー!? 仲良くできなかったら二人とも家から追い出すからね」


 アンゼリカは剣呑な顔つきで二人を牽制した。追い出されたら敵わないのは両方同じなのでひとまず黙りこくる。しかし、キースの方はまだわだかまりが残っているようだ。


「俺は別に仲良くしようとだなんて思ってない。怪しい奴が居候しているというから心配して見に来たんだ。アンゼリカは昔から捨て犬とか放っとけない性質だから」


「僕は犬じゃない! それに怪しまれる筋合いもない!」


「それならどうして素性を隠してるんだよ? 怪しくないなら自分から証明して見せろよ!」


「はいはーい! これお茶とお菓子。形が崩れて売り物にならなかったやつだけど、味はおんなじだから!」


 アンゼリカはやけっぱちになりながらそう言うと、二人の前にパンの耳ラスクと飲み物が載ったお盆をどしんと置いた。弾みで飲み物が少しこぼれてしまう。この調子だと、付きっきりでないとすぐに喧嘩になってしまうだろう。


「どうして二人とも初めからツンケンしているの? 初対面なんでしょう? それならもっと和やかにできないの?」


「名前と年齢を聞いて嫌な予感がしてたんだよ。俺んちは、王室とも取り引きしてるから色んな噂が入ってくるんだけど、年も名前も一緒の王子が行方をくらましているんだってさ」


 キースの爆弾発言に、アンゼリカはぎょっとして彼の顔を見つめた。そう言えば、王室の軍隊が所有する武器のメンテナンスはキースの家が一手に引き受けているのだった。そんな事情もあり、表に出せない情報が耳に入るのだろう。アンゼリカはキースの厳しい横顔からゆっくりとロレンスに視線を移した。ロレンスは固い表情のまま黙っていたが、ふっと力を抜いて呆れたような声で答えた。


「何言ってるんだよ? 国中で一番人口の多い王都に12歳のロレンスがどれだけいると思っている? それに一国の王子様がその辺歩けると思う? バカバカしい」


「そうよ。それに第二王子なんて聞いたことないわよ。国王陛下のお子さんはメイナード王太子とテオドラ王女だけでしょ?」


「それが、実はもう一人いるらしいんだ。特殊な事情があって表には出せない王子が。王族扱いされないから知る人ぞ知る存在らしいけど」


「あのさあ、それが本当だったとして、重要機密をこんなところで漏らしたらお前んちは仕事を失うだろうな? 守秘義務が全然守れないんだから」


 歳に似合わず酷薄な笑みを顔に張り付けたロレンスが口を挟むが、キースは眉一つ動かさず静かに答えた。


「まあな。でもそろそろ重要機密じゃなくなるらしい。というのも、近々国王陛下はロレンス第二王子の存在を公にするんだって。城の中はその噂で持ちきりだ。それで、城に出入りする俺んちのような末端の鍛冶屋の耳にも入っているというわけ」


 隣に座るロレンスが歯ぎしりしたのは気のせいだろうか? こんな話になるとは思っていなかったアンゼリカは、呆然として言葉を失っていた。最初は勢いの良かったロレンスは黙りこくるし、キースは攻勢を緩めない。もしかして、居候の少年は――


 だが、キースの方から強制的に話題を変えた。アンゼリカに向き直り、声色もがらっと変えて、全然関係ない話を振る。


「今度5年に一度の戦勝祭があるよ。アンゼリカも行くだろう?」


「え? ええ。今年は戦勝祭の年なんだっけ?」


 戦勝祭とは、ローエンタリア王国で300年ほど前から執り行われる大規模なお祭りである。その昔、国を守るために身を挺して戦った救国の乙女を祀って開催されるようになった。屋台が出るだけの小規模のものは毎年行われるが、国を挙げて行う催事としては5年に一度の間隔になっている。この時期の王都の賑わいは凄まじいもので、国内外から観光客が押し寄せる。あまりの賑わいに学校も休みになるほどだ。


「今年は大盛り上がりになるよ。もしまだ相手がいないのなら一緒に行かない?」


 え? と上ずった声を上げてアンゼリカはキースの顔を見た。と言うのも、戦勝祭に行った男女は結ばれるというまことしやかな言い伝えが存在するからだ。由来ははっきりしないが、アンゼリカはキースに言われるまですっかり失念していた。彼女はお世辞にもロマンチストとは言えず、色気より食い気というタイプだ。万事こんな調子なので、女子たちの恋愛トークにも着いていけない。だから、この時キースが戦勝祭のジンクスを持ち出したことに大層驚いた。


「それなら僕も一緒に行って構わない? 5年ぶりの戦勝祭見てみたいな。前の時は小さかったからよく覚えてないんだ」


 しかし、答えたのはアンゼリカではなくロレンスだった。キースが不快感をあらわにしたのは言うまでもない。このおじゃま虫めとありありと顔に書いてある。対するロレンスはしてやったりと言う風にほくそ笑んでいる。アンゼリカと二人きりになんかさせないぞとでも言いたげだ。


「それはいいけど、あなた外に出たくないと言っていたじゃないの。現に今までずっと引きこもっているし」


「そろそろ期限の三ヶ月が終わるでしょ。そしたらここを出て行かなくちゃならない。その前に思い出作りをしたいんだ」


 ロレンスに言われて、アンゼリカは三ヶ月期限のことを思い出した。そうだ、約束の期日が来たら、彼はここからいなくなる。でもどうして三ヶ月なのだろう? この数字に意味はあるのだろうか? 何から何まで分からないことだらけで戸惑いつつも、アンゼリカは「いいわよ」と答えた。


「よかった。一度見て見たかったんだ。楽しみだよ」


 そう言うとロレンスは一瞬暗い顔になり、また笑顔を貼り付けた。彼は明らかに何かを隠している。アンゼリカは一連の変化を見て背筋がぞわっとしたが、拭いきれない違和感を直接問いただすことはできなかった。無理矢理暴いたら次の瞬間彼は永遠にいなくなってしまう。何となくではあるが、そんな予感を覚えたからだった。

 

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