第6話 戦勝祭

 キースが言った通り、大通りの両側には所狭しと屋台が並び、たくさんのランプが掲げられ、太陽が沈んだ後だと言うのに昼間のように明るい。あちこちから肉が焼ける煙が鼻をくすぐり、活発な客引きの声が聞こえ、人いきれにむっとする。五感をくすぐる眺めにアンゼリカは心を奪われた。そして、遅れてのろのろとやって来たロレンスの腕をぐいとつかんで、前に引っ張り出した。


「お祭り行ってみたかったんでしょう? せっかくだから楽しんで行こうよ!」


 先程までの空気を一新したくて、努めて明るく振る舞う。そして、人の間を縫いながらずいずい進み、ロレンスを案内して回った。


 串に刺した肉、野菜や肉を小麦粉の生地でくるんだクレープ、果物を絞ったジュースに飴細工、子供向けのおもちゃの店も多い。一体どこからこれだけの店が出て来たのかと思うくらいの屋台が、先が見えなくなるまで続いている。

 

「ここのお店を全制覇するつもりで食べよう! ねえ、何がいい?」


 しかし、ロレンスは死にそうな顔でうつむいたまま、顔を上げることはなかった。こんな賑やかなお祭りの中にいて、一人だけ葬式みたいな顔をしている。


「ねえ、どうしちゃったの? さっきから変だよ?」


「アンゼリカ、二人きりで話をしたい」


 やっと顔を上げたと思ったら、切羽詰まった様子で言ってきた。その剣幕が尋常ではないので、アンゼリカは唖然とするしかなかった。

 

「何言ってるの? お祭りは始まったばかりなんだよ? キースもいるし無理だよ!」


「それどころじゃないんだ。頼む。僕についてきて」


 そして、今度はがらっと声色を変えて、何事もなかったような調子でキースに向かって叫んだ。


「トイレに行きたくなっちゃった! 一人じゃ迷子になるかもしれないからアンゼリカと一緒にトイレ探す! キースは先行ってて!」


 そう言うと、キースの反応も確認せずアンゼリカを引っ張って人混みに飛び込む。そのままぐいぐい歩いてキースの見えない場所まであっという間に進んでしまった。


「ねえ、どういうつもり? これじゃはぐれるよ!」


「どこか話せるところない? さっきの夢の話もっと詳しく聞かせて」


 緊迫した声色から、彼はテコでも動かないと悟った。そこで、人の波から離れ一本入った路地に避難する。ここなら少し落ち着いて話ができるだろう。


「どうしてさっきのことにこだわるの? 考えすぎだよ。前にどこかで聞いた話を夢の中で思い出しただけかもよ?」


 しかし、ロレンスは暗い顔で頭を横に振り、驚くべきことを言った。


「そんなはずはない。だって、さっきの話は僕しか知らないものも混じっているから。狂乱王が女騎士を愛していたことや、氷の槍で貫かれたこととか。アンゼリカも同じ夢を見たんだろう?」


「は……何を言い出すの……?」


 今度はアンゼリカが愕然とする番だった。奇しくも、このタイミングでパレードの始まりを告げる花火が盛大に打ち上げられ、遠くで聞かれる爆音と人々の歓声が一体となって響く。これを機に山車と音楽隊が街中を練り歩き、この近くにもやって来るだろう。しかしこちらはそれどころではない。周囲の盛り上がりとは裏腹に、誰もいない路地では、二人の周りだけ世界が切り取られていた。


「国民の歴史では、戦女神がローエンタリアを守ったことまでしか知られていない。でも史実はもっと複雑だ。ネガンドロスの国王の真意は女騎士が欲しかったからだ。彼女を手に入れるために戦争を起こし、敵も味方も巻き込んだ。責任を感じた女騎士は自分の身を挺して落とし前をつけたんだ。ネガンドロスもこの時滅んだ。それもあって彼は狂乱王とも呼ばれている」


「それ私の夢の内容と同じ……」


「この話は王室でも限られた者しか知らない。それを最初に教えたのは僕だ。僕の話を元に研究者たちが古文書を漁って裏取りを行った。今でも国家機密扱いになっている。それを君が知るはずがないんだ」


「どうして私もその夢を見たの? 偶然にしてはおかしいじゃない?」


「狂乱王が僕に転生したのと同じように、女騎士はアンゼリカに転生したんだ。それしか考えられない」

 

 無言。路地の向こう側では音楽隊の音色がだんだん大きくなっていることから山車が近づいているのが分かる。それに合わせて人々の期待と興奮も高まっている。しかし、二人の間だけが全くの無だった。最早、祭りは遥か彼方まで行ってしまった。そしてもっと怖いのは、ロレンスの話を聞いて、そんなことありえないと一笑に伏すのができないことだった。


「あなたが……あの人の生まれ変わりなの? 彼とは全然違うじゃない?」


「それを言うならアンゼリカだって女騎士とは似ても似つかないよ」


「それはっ……! 確かに儚げな美人とは程遠いですけど!」


 思わず顔が赤くなって反論する。一瞬空気が和らいだが、それも束の間、暗闇から見ず知らずの声が響いた。


「ということは、偶然にも運命の恋人同士が巡り会ったということか。運命のイタズラってやつかな。全く、しつこい因縁だ」


 予期せぬ介入にはっとして振り返る。暗闇から姿を現したのは、仕立てのいい服に身を包んだ若い男性だった。後ろに護衛が控えているところを見ると高位の人物だろう。細い目をさらに細くして冷涼な視線を遠慮なくアンゼリカにぶつける。それだけで射すくめられたように動けなくなった。若いのにどうしてこんな威圧感が出せるのだろう。アンゼリカはただならぬ気配を本能で察した。しかし、ロレンスの方は大して驚いた様子はなく、淡々とした口調でその人物に話しかけた。


「今は祭りの真っ最中じゃないか。王太子がいなきゃまずいだろう?」


「あんなかったるい行事影武者に任せてきた。お前こそいつまで家出を続けてるんだ。早く戻ってこい。しびれを切らして兄さんが直々に迎えに来てやったぞ」


「戦勝祭が終わったら戻るつもりではいた。こんなクソ行事に参加するなんて死んでも嫌だったから」


「父上も性急過ぎたと反省してらっしゃる。お前に謝りたいそうだ。でも、女騎士の生まれ変わりが出たと知ったら気が変わるかもなあ。もっと早く見つけられていれば二人揃って披露できたのになどと言い出すぞ」


 そう言って愉快そうに笑う。そばで二人の会話を聞いていたアンゼリカは全身の震えが止まらなかった。会話の内容から、彼らの関係性が察せられる。しかしそれが事実なら余りににとんでもないことだ。こんなことがあっていいのか。すっかり怯えきったアンゼリカにやっと二人が気がついた。


「彼女がすっかり混乱しているじゃないか。ロレンス、私を紹介しろ」


「ローエンタリア国王太子メイナード殿下だ。びっくりさせて悪いけど本物だよ。僕はその弟。キースの言っていた通り、存在が明らかになっていない腹違いの第二王子ということになる」

 


 

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