[第十話、みんなで楽しい林間学習]

4月23日


緑が生い茂る森、澄んだ川の流れーー普段の学校生活を離れ、大自然の中で過ごす特別な時間だ。木々が風にそよぎ、鳥たちが楽しげにさえずる。川のせせらぎが心を落ち着かせ、胸が弾む。


夜になれば、キャンプファイヤーの炎が夜空にゆらめき、仲間と笑い合いながらカレーを作る。そんな体験が待っていると思うと、期待で胸が高鳴る。新しい発見や冒険、そして友情が深まる瞬間が詰まった最高の冒険になるはずだった。


――はずだったんだ。


「落ちる落ちる落ちるってぇぇぇ!!!」


「ユウマ、落ち着いて! 大丈夫だからー!」


「落ち着いてられるかぁぁぁ!!!」


「キャーー!! 風が強いっ! ちょっと、アンタ、何とかしなさいよ!!」


(あぁ、神様……“何もない”って言いましたよね? 嘘つきめ!!)


「ちょっとユウマ、聞いてるの!?」


――時は遡ること、30分前。



「みなさーん、長時間の移動、お疲れ様です! 今日から二日間、林間学習を行います!」


バスを降りると、ホシノ先生が元気いっぱいに宣言した。


「何するんだろう! ワクワクするなぁ!」


「焦んなって、ジョン。俺たちの青春は逃げたりしないさ。」


イケボ風にキメてジョンの興奮を抑える俺。


「二人とも、ちゃんと話を聞きなさい。」


「「はい、すみません! リン先生!!」」


「班に分かれてもらったのには理由があります。この二日間、皆さんにはチームで競い合ってもらいます! そして、最も優秀だったチームには、先生からご褒美があります!」


(ここで俺たちのチームが一位になって、俺はサンクチュアリにスカウトされて、エリートコースまっしぐら……!)


そんな妄想に浸るミケロス。


「へへ、へへへへ……。」


「ミケロスのゴミ、壊れたにょ。」


「ミシェル、どうにかしてにゅ。」


「……きっと熱さで頭がやられたんだと思う。そっとしておこう。」


「では、みなさん! まず挑戦してもらうプログラムはこちらです!」


ホシノ先生が指差したのは――


そびえ立つ巨大な山 だった。


「皆さんには、あの山頂を目指してもらいます! 一番早く登れたチームが勝利です! がんばってね♡」



---



「レイラァ! 早く登ってこいよ! リンなんか、もうあんなところにいるぞー!」


「ムッカァァー!! アンタに煽られる筋合いないわよー!!!」


(何なのよ~~~!! 高いところ、本っっっ当に無理なんだけど!? あの乳デカ教師め……絶対に許さないんだからね!!)


俺は岩の隙間に足をかけようとするが――


ズルッ――!


「うぎゃぁぁぁあ!! ジョーーーン!!! 俺、死ぬかもしんない!! さっきからヒューヒュー風も吹いてるし!! 今までありがとうな!!」


「何ー? よく聞こえないよー!」


ジョンは上から余裕そうに声を張る。


「ヒューヒューと音がするのは、風が強くて速いからだよ! 風が岩や木の間を通るときに音が出るんだ。頑張れー! ここまで来たら残り半分だよ!」


「ジョンはこういうの、怖くないココ?」


「僕は案外平気だよ! 怖かったら僕の背中につかまっていいよ!」


(そんな説明いまいらないんですよ!!!)


つか…リンは軽々と登ってるけど……怖くないのか?


「リン様、あいつらほっといて平気でござるか?」


「大丈夫よ。あの人たちなら、文句言いながらでも登ってくるわ。」


(もっと上を目指さないと……。こんなところで挫けてたらダメだ。剣崎家の人間として、最強の魔法使いにならないと……!)



---


登頂成功! だが……


「やっと……登れた……。」


「もう嫌。アタシ……帰り……たい……。」


「さすがにキツかったね……。」


「3人とも、お疲れ様。」


「お、おう……。俺たちのチーム、何位だ?」


「1位よ。」


「流石リンだ……な……。お疲れ……!」


水筒からお茶を注ぎ、ミケロスに手渡すミシェル。


「はい、兄様、お疲れ様でした。」


しかし――


「クソッ、俺が2位だと……!? お前が遅いからだぞ! ミシェル!!」


納得がいかないミケロスは、ミシェルに八つ当たりする。


「ご、ごめんなさい……。」


「謝っても遅ぇんだよ!! グズが!!」


謝るだけのミシェルに苛立ったのか、ミケロスは拳を振り上げた。


ガシッ!


「おい、ミケロス。そこまでにしとけよ。」


ユウマが間に入り、ミケロスの手をガッチリ掴む。


「せっかくの林間学習なんだ。もっと楽しめよ。」


「離せ!! お前には関係ないだろ!!」


ミケロスは不機嫌そうに腕を振り払い、そのまま場を離れていった。


「……ありがとうございます。」


ミシェルが小さく頭を下げる。


「いいって。あんな奴の言うことなんか、聞く必要ないぞ。」


「兄様、普段はあんな感じだけど……本当は、優しい人なの。」


するとホシノ先生が、優雅に箒に乗りながら、俺たちのいる場所に降り立つ。


「みなさ~ん、お疲れ様! ここでお昼を食べてから下山して、次のプログラムに行きましょう♪」


そして、俺たちは昼食を済ませ、下山。その後、すぐに次のプログラムの説明を受けることとなる――。


--- 


「午後は、皆さんお待ちかね! 空を飛ぶプログラム です♪」


ホシノ先生が楽しげに告げるが、生徒たちの反応は今ひとつ。


「えぇー、そんなの学校でもできるじゃん。」


落胆の声が四方から飛び交う。


「まあまあ、せっかくの機会ですから楽しみましょう! 足元にある箒にまたがって、集中して飛んでみてくださいね。 ただし……壊したら弁償です♡」


(弁償!? 絶対に壊せねぇ戦いが始まる…!)


「よし! パパッと飛んでみるか!」


俺が気合を入れ、箒を手に取ったその時――


「ユウマ君は、まだ飛ぶよりも大事なことがあるので、こちらに来てください。」


「えー! 俺も飛びたかったなぁ…。」


「ユウマ君は、まだ星獣を呼び出していないでしょ? 今こそ、あなたを助けてくれる星獣を呼び出してみましょう。」


「あ、そういえば…! やってみます!」


(ジョンが言ってた通りにやれば、いけるはず…!)


俺は深く息を吸い、魔法陣を描くように両手を広げた。


「星獣よ、我が前に現れ、その力を貸し給え。」


(おぉ…! エーテルペントが光ってる…! 足元には魔法陣も…!)


淡く輝く魔法陣から、一つの光の玉がふわりと浮かび上がる。光が形を変え、やがて小さなカンガルーのような生き物が姿を現した。


「ルー!」


「ルー!? …って、なにか喋れよ!」


「ホパの名前はホッパーだルー! よろしく、ユウマ!」


まるっとしたフォルムに、元気いっぱいの表情。俺の前に現れたのは、想像とはだいぶ違う星獣だった。


(……もっとカッコいい星獣を期待してたんだけどなぁ。レイヴンさんのリュカみたいな、狼とかドラゴン系の…。)


「ルー?」


ホッパーが小首をかしげる。


「……いや、よろしくな! ホッパー!」


「ルー♪」


(ま、まあ……可愛いからいっか。)



「これで、また一歩、一人前の魔法使いに近づいたわね。」


「はい!」


「フフッ。さて、みんなは上手く飛べてるかしら?」



ホシノ先生と一緒に空を見上げると、そこには自由に飛び回るクラスメイトたちの姿 があった。



「こっちに寄りすぎよ、もっと離れてレイラ!」


「そっちが近寄ってきたんでしょ!? 当たるーーー!!」


どっちが下手なのか分からないが、ギリギリの距離で空中衝突しそうになっているリンとレイラ。


「兄様、すごいです…! あんなに華麗に飛べるなんて!」


「当たり前だ! 俺を誰だと思っている!」


ミケロスは誇らしげに胸を張るが


(……本音を言うと、俺は高所恐怖症なのだ。だが、それを悟られるわけにはいかん。)


「すごいすごい!」


ミシェルはミケロスの飛ぶ姿を見て、パチパチと手を叩きながら喜んでいた。


「ジョン、早いココ! 早すぎるココ!!」


「アハハ、楽しいでしょ? 僕が今研究してる光の魔法石で飛行速度を試したくてさ! なかなかのスピードだね!」


「そんなこと試すなココーーー!!」


誰よりも高速で空を駆け抜けるジョンの背中に、半泣きになりながら必死にしがみつくモナーク。


「アラアラ、みんな楽しそうに乗れてるじゃない。」


ホシノ先生が楽しげに微笑む。


こうして、午後の授業も無事(?)に終了し、夕食を済ませた俺たち。


そして――


夜のメインイベント、キャンプファイヤーの時間がやってくるのだった。


燃え盛る炎の周りでは、それぞれの時間を楽しむ生徒たちの姿があった。火を囲んで踊る者、今がチャンスだとばかりに女子を誘う男子、真剣な表情で語り合う者、静かに夜空を見上げる者。


今日一日いろいろあったが、こういう時間って悪くない。


「何、しけたツラしてんのよ。」


「……なんだ、レイラか。」


「なんだとは何よ、失礼ね!」


「悪い悪い……(笑)」


「……なにか言いたげね。」


レイラが隣に腰を下ろし、じっと俺を見つめる。


「俺、異世界から来たって話しただろ? 実は、こうして学校生活を送るの、二回目なんだよ。」


「へぇー、そうなの? アンタの世界でも、こんなことするの?」


「まあ、するよ。でも、ここまでハードじゃないな。……でも、あの時は色んな意味でハードというか……なんというか……。」



---


10年前、ユウマの過去


「面白くないよー! 林くん!」


「面白いことしてくれないと、その自慢の髪、バリカンで剃っちゃうよ?」


「裸で踊らせるのってよくない?」


「それ、いいねー!!」


「服脱げよ~。」


「マジで脱ぎやがった!! キモーーー!!www」


「ギャハハ!!www」



---


「……ユウマ?」


気づけば、レイラが不思議そうに俺を覗き込んでいた。


「いや、なんでもないよ。」


「何、涙目になってんのよ?」


「なってねぇよ。」


嫌な記憶が脳裏をよぎり、胸の奥がチクリと痛む。それに気づいたのか、珍しくレイラが心配そうな顔をする。


「おーい! ユウマー! レイラー! こっち来て、一緒に星見ようよ! 流星群が綺麗だよ!」


ジョンの明るい声が遠くから響く。


「今行くー! ほら、行くわよ。」


レイラが俺の腕を軽く引っ張り、星が瞬く夜空の下へと導く。


そこには――


星獣たちが楽しげに走り回り、リンとミシェルが星を指差しながら会話している。ジョンは隣で星座を説明してくれる。


(……これが本当の友達ってやつなんだな。)


夜空の下、俺はそっと涙を拭った。


---


森の奥、夜の静寂を破るように、一人の少年が焦燥に駆られながら歩いていた。


「クソ……このままじゃ、剣崎に負ける……! 1番じゃないと……俺の人生がかかってるのに……!」


ミケロスは拳を握りしめ、歯を噛みしめながら進む。


焦りと苛立ちが、彼の表情に滲み出ていた。


「独り言、大きいね? 悩みごと?」


突然、耳元で軽やかな声が響く。


「うわっ!? ……なんだ、お前。」


振り向いたミケロスの視線の先には、小さな**妖精(ピクシー)**が宙を舞っていた。


「この先に願いの祠があるんだけど、悩みがあるなら寄っていかない?」


「お前、ピクシーだな。……フン、いたずら好きの小悪魔の言うことなんか聞く気はない。」


「そんなこと言わずに、行くだけ行ってみようよ♪ 力になりますよ?」


「……信じていいんだな?」


一度は疑いの目を向けたが、ピクシーの甘い言葉が心にじわりと入り込んでくる。


「はい♪」


「……案内しろ。」


「仰せのままに♪」


ミケロスはピクシーに導かれるまま、森の奥へと歩みを進めた。


その直後――


もう一体のピクシーが、祠の前に立つ看板をくるりと裏返す。


そこには、こう書かれていた。


『封印されし祠』


「クスクス、作戦成功♪」



---

 


「……胡散臭い場所だな。」


ミケロスは周囲を見回し、慎重に中へ足を踏み入れる。


祠の内部は薄暗く、壁には古びた文字が刻まれていた。


ふと視線を落とすと、床にはピンク色のボタンが埋め込まれている。


その下には、一枚の紙が貼られていた。


『押してみて! いいことあるよ♪』


「……フン、くだらん。」


だが、ミケロスは逡巡しんじゅんする。


(押すべきか、押さぬべきか…悩むより、行動だ。 押してみるか。)


ポチッとな。


ボタンを押した瞬間、祠全体が震えた。


ゴゴゴゴゴゴゴ……!


地面が揺れ、祠の奥から何重にも鎖で縛られた箱が姿を現す。


「なんだ、この箱……うわっ!!?」


ミケロスが思わず後ずさると、黒い光が箱から放たれ、鎖をバラバラに砕いた。


そして――


中から現れたのは、赤いドレスのような衣装を纏った、黒髪のツインテールの少女。


「ん~~……よく寝ましたわ♪」


少女は、ゆっくりと伸びをしながら、柔らかく微笑む。


「……私が起きたということは、あの女狐も目を覚ましているということですのね。ふふっ。」


そして、彼女はミケロスの姿を見つめ、不思議そうに首を傾げる。


「ん? アナタは誰?」


「ひぃぃぃ!!! 助けてーーーー!!」


ミケロスは幽霊でも見たかのように顔を引きつらせ、猛ダッシュで逃げ出す。


少女は、その様子を見て、クスリと微笑んだ。


「……何をそんなに驚く必要があるのかしら?」


彼女は箱の中にあった手鏡を手に取り、そこに映る自分の姿を確認する。


「……あらら。流石に1000年も眠り続けていたら、肉が全部腐って消えてしまったみたいですわね♡ ……さて。まずは私の身体を元に戻すことから始めましょうか。」


少女は、ゆっくりと祠の外へと歩を進める。

 


[おまけ]


「じゃあ、電気消すわよ。」


「待って! せっかくお泊まりに来てるんだもん、ガールズトークしたいです…!」


ミシェルが布団の上でそわそわしながら口を開く。


「……いいけど、何を話すのよ?」


レイラが少し面倒くさそうにしながらも、興味はあるのか布団を整えながらこちらを見る。


「リンさんとレイラさんって、好きな人とかいますか?」


「は、はぁ!? いるわけないでしょ///」


「そ、そうよ! 私たちは学生よ? そんな淫らなことより、勉強が優先でしょ!」


ミシェルの唐突な質問に、リンとレイラは明らかに動揺しながら枕の端をいじいじし始める。


「でも……魔力供給って、相手がいないと成り立たないものじゃないですか? やっぱり私は好きな人としたいなって思うんです。だから、お二人にもそんな人がいるのかなーって!」


ミシェルが頬を染めながらつぶやくと、リンとレイラは一瞬顔を見合わせた。


「確かに……魔力供給は大事な契約だから、相手選びは慎重になるわね。……ミシェルは、いるの?」


「えっ!? わ、私ですか!?」


ミシェルは突然話題が自分に向いたことに驚き、視線を泳がせる。


「一応……います……。」


「まじー!? 誰なのよ、教えなさいよ!!」


「それって、クラスの男子?」


二人の質問攻めに戸惑いながらも、ミシェルは小さくコクっと頷く。


「すごく気になるじゃない! 早く教えなさい!!」


「ハヤ…」


「「ハヤ…?」」


「ハヤシ……」


「「ハヤシ……?」」


「ハヤシライスが食べたいから、明日カレーは嫌だなって。」


「なにが言いたいのよ!! このこのー!!」


「暴力はやめてください、レイラさーーーん!!」


(……言えるわけないよ。ユウマ君のことが好きだなんて。)



次回![第十一話、カレーって200種類あんねん]

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