第7話 あいつの前世は大悪人だ

 六月下旬。

 都立玄英げんえい高校の文化祭は金曜日と土曜日にまたがって開催される。土曜日は、近隣住民や受験生への校内開放日も兼ねているため、例年とてもにぎわう。

 梅雨の時期なので、ほとんどのクラスが室内での出し物を企画していた。


 僕のクラスに設置されたルーブ・ゴールドバーグ・マシンは、複数の装置を連ねて、次から次へと連鎖的に動作が起こっていくという、からくりを楽しむものだ。


 スタート地点は窓のカーテンレール。そこに立てかけた細い滑り台スライダーから小さな球を転がす。

 下に降りた球はトンネルを通り、バネで弾き飛ばされ、(中略)、紆余曲折を経て、教室の中央部の床に設置されたスイッチを押す。すると天井のミラーボールが点灯して煌びやかに終了、という仕掛け。


 クラスの三十人全員で完成させた力作だ。


 初日の金曜日は装置の故障もなく、つつがなく終えることができた。

 在校生以外の客入りが期待される土曜日の方が本番、という意識で、僕たち一年七組はこの日の朝を迎えた。

 が。


「客、来ねえな」


 級長のつぶやきがすべてを物語っていた。


 廊下での客引きにいそしむも、客は隣のクラスの色鮮やかなフォトスポットに吸い込まれていく。そして満足気な笑顔で教室から出てくると、そのまま階段の方へ去っていく。僕らの方へは目もくれない。


 そう、僕らのクラスは装置の最終地点でミラーボールが輝いて華やぐが、隣のクラスは最初から華やかなのだ。

 その上、フォトスポットの教室の方が階段に近い。一階の昇降口付近の階段を上がって二階にやってくると、すぐにフォトスポットが視界に入る。

 勝てるはずがなかった。


 僕たち<背の高い組>は交替で窓際のスタート地点に立ち、客が球を投入する際の補助をすることになっていたが、肝心の客が来ない。

 仕事がないのをいいことに、級長は廃田はいでんスタリとの会話を楽しんでいるようだ。すっかりポニーテール姿が定着した彼女は、控えめな笑顔を級長に向けていた。


 これはこれで級長にとっては良かったんじゃないか。


 僕とクビキちゃんは、廊下で客引きをしながら二人の様子をうかがっていた。

 すると、しばらく窓の外の校庭を眺めていた廃田はいでんスタリが、急に不安げな表情になった。級長に何か伝えている。

 それを受けて級長がクビキちゃんを呼ぶ。


「おーい! 軛丸やくまる!」


 クビキちゃんは廊下から窓際へ駆け寄り、青ざめた顔の廃田はいでんスタリを連れて再び教室の外へ出てきた。


「スターリー、急に具合悪くなっちゃったんだって。保健室行ってくるね」


 クビキちゃんは廃田はいでんスタリの背中に手を添えている。身長差がありすぎて全く支えにはなっていないが、廃田はいでんスタリの足取りはしっかりしているので大丈夫だろう。


「あ、スターリーちょっと待ってて」


 そう言ってクビキちゃんは廃田はいでんスタリを待たせた。そして僕の袖をひっぱり、顔を寄せて、ひそひそと耳打ちしてくる。


「スターリーのお父さんが来たんだって。鉢合わせるとヤバいらしいから、保健室に隠れてるね。あと、級長にはお腹痛いって言ってあるから。クラスのみんなにも適当に話合わせておいて」


 なるほど、事情はよくわからないが仮病なのか。

 僕は、廃田はいでんスタリの体調不良の旨だけをクラスメイトたちに知らせた。行き先は伏せ、静かなところで休んでいる、と伝えるに留める。


 二人が立ち去ってしばらくして、非常にガラの悪い中年男が一年七組を訪れた。首から保護者証を下げている。入口で受付をしている生徒に話かける彼の態度は、威圧的だった。


「スタリはどこだ?」

「あ、あの、どちら様でしょうか……」


 かわいそうに、受付の生徒は縮み上がっている。


廃田はいでんスタリの父親だ」

「あ、は、廃田はいでんさんは、具合悪いみたいで休んでます」

「どこだ?」

「わ、わかりません……」

「まあ、普通に考えて保健室だな。具合が悪いなら連れて帰る」


 僕は状況を知らせるテキストメッセージをクビキちゃんへ送った。

 ここで時間を稼ごう。


「こんにちは、廃田はいでんさんのお父さん」

「ああん? 誰だ、おまえ」

「一年七組の常盤ときわレイジです」

「だから何だ」

廃田はいでんさん、だいぶ調子悪そうだったので、少し休んでからお家に帰った方が良さそうです」


 身長178cmの僕に対して、親父さんは170cmといったところだろうか。それなのに、上からのぞき込むような視線を保持する謎の技術を駆使して、僕にガンを飛ばしてくる。


「それならなおさら、家に連れて帰るのが親の役目ってもんだろうがよ。ったく、スタリの奴、家事もしないでこんなところで遊びやがって」


 親父さんは保健室を目指して歩き始めた。進路上にいる者を避けずに突き進んでいく。その様子に、周囲の人々はただならぬ気配を感じて廊下の端に寄った。


 僕と級長が後を追う。

 親父さんは迷わずに一階の保健室へとたどり着いたが、すでにそこに廃田はいでんスタリの姿はなかった。

 胸を撫でおろす僕と級長に向かって、親父さんはすごむ。


「なんだ、お前ら。文句あんのか」

「あ、いえ、別に」

「いいこと教えてやるよ。あいつ、バビロンなんだよ」

「ばびろん?」


 級長が聞き返すと、親父さんは得意げに言った。


退廃の世界バビロンの転生者だよ。あいつの前世は大悪人だ」

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