第6話 廃田スタリのポニーテールの中

 学級会の翌週、文化祭へ向けて本格的にクラスが動き始めた。

 朝、高校前の交差点で信号待ちをしていると、後ろから級長に声をかけられた。彼の名前は佐藤ハルトだが、役職名で級長と呼ばれている。


「よう、常盤ときわ。今日放課後、買い出しに行けるか?」

「おはよう、級長。行けるよ」

「じゃあ廃田はいでんにも声かけとくわ」


 そこへクビキちゃんが割り込んできて、級長を見上げて抗議する。


「えっ、スターリーいるのに、あたしは呼ばれないの!?」

「スターリー? よくわからんが今日の買い出しは<背の高い組>なんだよ。長いレールを買いに行くんだ。すまんな」


 ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの一部を、教室のカーテンレールを利用して高い位置に設置しようとしている。そのために高身長の生徒でグループを作った。それが<背の高い組>。雑な名称だ。インターハイ予選を控えているバスケ部員は加わらなかったので、級長・廃田はいでんスタリ・僕の帰宅部三名となった。


 教室に入ると、もうすでに装置の製作が始まっていた。机上で作れる小さなパーツから取り掛かるらしい。力仕事の苦手な生徒が数名、手を動かしていた。

 その中に廃田はいでんスタリの姿があった。普段はおろしている長い髪をポニーテールに束ねて、最近流行りの形のリボンを飾っている。


廃田はいでん、<背の高い組>の仕事もあるのに熱心だな。頑張りすぎるなよ」


 級長が声をかけると、彼女は申し訳なさそうにこう言った。


「すみません、私、放課後はほとんどお手伝いできないので、時間のある時にできることを、と思って……。もちろん、高い所の設置はがんばります!」

「おお、そうなのか。わかったよ。常盤ときわ、買い出しは俺たちで行こう」


 そのやりとりを横で眺めていたクビキちゃんは、無表情でおもむろにスマートフォンを取り出し、静かに短くテキスト入力をする。

 直後に廃田はいでんスタリの机の上でバイブレーションの音が鳴り、プレビュー画面を確認した彼女は顔を赤らめた。耳まで赤い。すぐにスマホを手に取り、うつむいて何か入力しているようだ。

 クビキちゃんは、廃田はいでんスタリの指が入力を終える前にその場を去った。



 * * *



 終礼後、買い出しに行くために昇降口で級長を待っていると、級長ではなくクビキちゃんがやってきた。

 心なしかクビキちゃんのツインテールがしんなりとしおれている。たぶん、授業の合間に髪を整えなかったのだろう。何かに気を奪われている時の彼女は、こうなりがちだ。

 クビキちゃんは元気のない口調で僕に話しかけてきた。


「ねえ、レイジ。今日のスターリーの髪型どう思った?」

「すごく似合ってたね。いつもよりかわいい」

「本気で言ってる?」

「本気だけど」


 クビキちゃんは溜め息をついて、僕の認識を訂正してくる。


「あれ多分、おしゃれでやってるんじゃないよ」

「どういうこと?」

「スターリー、誰かに髪切られたの隠してる」


 クビキちゃんがいうには、廃田はいでんスタリのポニーテールの中に、不自然に断ち切られた一束が見えたらしい。それを誤魔化すために髪を束ねていたのだろう、とクビキちゃんは推測している。


「スターリー、大丈夫かな」

「今度クビキちゃんと廃田はいでんさんでお茶するんでしょ。その時に聞いてみたら?」

「放課後も土日もなかなか空いてないみたい」

「じゃあ、明日の昼ご飯いっしょに食べれば? クビキちゃん、いつも僕とばっかり食べてるから、たまには違う人とお昼行ってきなよ」

「そうだね、そうする!」


 クビキちゃんはスマホでメッセージを打ち始める。たぶん相手は廃田はいでんスタリだろう。

 そこに教室の掃除を終えた級長がやってきた。


「待たせたな、常盤ときわ


 級長は僕の横にクビキちゃんがいることに気付いて、そちらにも声をかけた。


「なんだ? 軛丸やくまるもいっしょに行くのか?」

「あたしは部活! あ、ねえねえ、級長はアンケートのQ4、なんて答えた?」

「俺は『いいえ』だ。大学出たら、うちの道場を継ぐからな」

「そっか。意外と『いいえ』の人もいるんだね」


 クビキちゃんは体育館へ行き、級長と僕はホームセンターへと向かう。

 道すがら、級長の恋心を聞かされた。


「先に言っとくけど、俺さあ、廃田はいでんのこと気になってんだよ」

「だから級長は<背の高い組>を作ったのか。理解」

「違う! それは違う!」

「じゃあ、違うってことにしとく」


 軽く笑った僕とは対照的に、級長の口ぶりは沈んている。


「なかなか廃田はいでんと話す機会がないんだよなあ」

「がんばれ」


 タイミング悪いなあ、級長。ついさっきクビキちゃんに、昼休みを廃田はいでんスタリと過ごしたらどうかと提案してしまった。同じことを級長に勧めるわけにもいかないから、僕はただ「がんばれ」と言うことしかできない。


 そして僕まで廃田はいでんスタリのことが気になってきてしまった。


 彼女の髪を切ったのは誰だ? そしてなぜ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る