廃田スタリ(はいでん すたり)編

第5話 スターリー

 中間考査が終わり、通常スケジュールに戻って採点結果を待つ五月下旬。

 都立玄英げんえい高校では、文化祭へ向けて熱気が高まっていた。進学校であるためか、部活動はそこそこに楽しむという生徒が多い中、なぜか文化祭と体育祭には異様に熱心に取り組むのが我が校の伝統だ。文化祭と体育祭は交互に隔年の開催で、2026年入学の僕とクビキちゃんは、文化祭を二回経験する学年だった。


 一年七組の学級会で、級長が文化祭の出し物の案を募ると、クビキちゃんがいの一番で挙手した。


「はい、軛丸やくまるさん、どうぞ」

「講演会を開きましょう! 転生者のゲストを呼んで!」


 ツインテールが跳ねあがるほどの勢いで立ち上がってそう述べたが、クラスメイトたちの反応は芳しくない。準備期間が一ヶ月しかないのにどうやってタレントや文化人のスケジュールを抑えるつもりなんだ、クビキちゃんは。


「えー、多数決の結果、一年七組はルーブ・ゴールドバーグ・マシンを設置することになりました」


 級長の声が無慈悲に響く。全部で五つの案が出て、採用されたのはルーブ・ゴールドバーグ・マシン。転生者の講演会に挙手で賛成したのは、クビキちゃんを含めて二人だけだった。


 ぶーぶーと不満を垂れるクビキちゃんをよそに、級長は学級会を進めていく


「それじゃあ、今から十五分間、それぞれの端末でルーブ・ゴールドバーグ・マシンについて検索して、クラス予算内で実現できそうな装置の設計図を探してみてください。席を移動して相談するのもオッケーです」


 教室のあちらこちらで、わいわいと談笑が始まった。

 クビキちゃんはさっそく、自分の案に賛意を表明した奇人のところへ移動する。

 その奇人の名は、廃田はいでんスタリ。僕も廃田はいでんさんも背が高いので教室の一番後ろで、隣の席だった。


廃田はいでんさん! さっきはありがとう」

「い、いえ、私は何も……」


 物静かで真面目な彼女が、クビキちゃんに同意するとは意外だった。モデルのような長身に、なめらかに流れるロングヘアと、長いまつ毛に縁どられた黒い瞳。控えめな言動にも関わらず人目を惹く容姿で、入学当初は様々な部活や生徒から声を掛けられていた。彼女がそれを望まないということが知られていくにつれ、徐々に下火となり、最近は一人で読書する姿が定着している。


 クビキちゃんは一年七組の出し物とは全く関係のない話を始めた。


廃田はいでんさんも転生者に興味あるの?」

「ええ、まあ、少し……」

「もしかして、そういう本読んでたりする?」


 そう言って、クビキちゃんは自分のスマホの中の本棚を廃田はいでんスタリに見せた。


「あ……これと、これと……これ、読んだことあります」

「ほんとに!? ガチ勢じゃん!」


 共通の話題を得られたことにクビキちゃんは喜んでいるようだ。

 廃田はいでんスタリの方も、普段より滑らかに話し始めた。


「ガチ勢というほどではないんですけど、既知の世界ノウン・ユニヴァースに興味があるんです」

「同志!」


 クビキちゃんは両手を広げて抱きつくような仕草を見せた。実際にはしなかったが。


 廃田はいでんスタリが指示したタイトルは、どれもゴシップものではなく、異世界学の基礎となる物理学と数学の書籍だった。もしかしてそういう進路を希望しているのか。

 クビキちゃんは勝手に仲間意識を持って喜んでいるようだ。だが、クビキちゃんは転生の仕組みの研究者を目指しているのに対して、廃田はいでんさんは既知の世界ノウン・ユニヴァースに目が向いている。隣接しているが、全く同じ方向ではなさそう。


 盛り上がるクビキちゃんの背後に、級長の佐藤ハルトがやってきた。彼の体は縦にも横にも大きく、クビキちゃんと並ぶと大型犬と小型犬のような体格差がある。


「おまえら、ちゃんと文化祭のことを話し合ってくれ」


 おまえらという呼びかけの対象には、僕も含まれているようだった。会話していたのは廃田はいでんさんとクビキちゃんだけなのに。


 クビキちゃんが素直に頭を下げたその時、僕の手にしていたスマホが震え、同時に教室内がざわついた。


 スマホのヘルスケアアプリに通知が表示されている。

 通知の件名は「覚醒者脳波型測定についてのアンケート」。国内一斉送信のアンケートだ。

 学用端末ではなく私物のスマホで文化祭の調べ物をしていた者も多かったので、クラス中が通知に気付いた。


 このアンケートは全国民を対象に年二回定期的に実施されるものなので、今さら珍しさはない。しかし高校生にとってはいちいち話題にするに足る項目がある。


 * * *

 覚醒者脳波型測定(通称、転生者診断)について、アンケートにご協力をお願いいたします。回答は任意です。


 Q1.あなたは測定結果を家族に開示していますか?

  ○はい

  ○いいえ

  ○答えない


 Q2.あなたは測定結果を友人・職場に開示していますか?

  ○はい

  ○いいえ

  ○答えない


 Q3.あなたは測定結果をその他の知人に開示していますか? 匿名のソーシャルアカウントでの開示も含みます。

  ○はい

  ○いいえ

  ○答えない


 Q4.未成年の方にお伺いします。進学・就職において覚醒者専用の非公開求人の情報を希望しますか?

  ○はい

  ○いいえ

  ○未定


 設問は以上です。ご協力ありがとうございました。

 * * *


 転生者診断の結果は、本人と厚生省転生管理局しか知りえない。保護者や後見人にもアクセス権のないプライベート情報だ。一方で、未成年者は進学や就職に際して親権者の同意が必要になる。

 その不具合を解消するのがQ4だ。「はい」と回答した者には、本人の国民アカウント宛てに覚醒者専用の非公開求人の情報が送られる。そして一般のルートにまぎれて裏口で選考されるように転生管理局が手配することになっている。


 誰でもいつか前世の記憶が蘇って覚醒する可能性を秘めている。そのために、非覚醒者でもQ4で「はい」を選ぶことができる。僕としては、将来の進路を広げるために「はい」がセオリーだろうと思っているのだけれど、この世界の外が無限に広いがゆえに、恐怖感や不気味さを覚える方が一般的らしい。Q4については、たびたび世間の議論を呼んでいるのが実情だ。


 そんなアンケートが、たまたま教室内でみんながスマホを見ているタイミングでやってきたものだから、文化祭の話題は一気に教室の外へ追い出されてしまった。


 級長か担任が怒って一喝するかと思いきや、二人とも肩をすくめるだけだった。そのまま学級会は終わり、装置の設計図は週明けの月曜日に決めようということになって解散した。


 クビキちゃんは相変わらず廃田はいでんスタリにからんでいる。


廃田はいでんさんって部活何?」

「私、帰宅部なんです」

「レイジと同じだね。ねーねー、バドミントン部入らない?」


 いきなり強引過ぎるだろ。


「ごめんなさい、私、こんななりだけど運動苦手で……」

「そっかー。じゃあ今度お茶しよ!」

「あ……はい……」

「やったー! あとでメッセするね!」

「クビキちゃん、廃田さん引いてるっぽいぞ」


 一応つっこんでみたが、一蹴された。


「レイジは黙ってて! ねえ、廃田はいでんさんのこと、スターリーって呼んでいい? 星みたいでかわいい!」

「あ……はい……」

「スターリーはQ4どうした? あたしは『はい』一択!」

「私、『いいえ』なんです……。進学するかどうかわからないし、あんまり突拍子もない就職先も選べないと思うので……」

「そうなんだー。そっか」

「あ、なんか気を遣わせてしまってごめんなさい。お茶するの、楽しみにしていますね! じゃあ今日はお先に失礼します!」


 そう言って、廃田スタリはそそくさと帰っていった。

 うちの高校で進学しない生徒は非常に珍しい。というか多分、過去にもほとんどいないのでは。

 起業でもするのだろうか?


 その夜、僕とクビキちゃんは、廃田さんのことをあれこれ想像するテキストチャットを交わしたのだった。

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