第3話 マリルホーンはどんな色

 ヒューと一陣の風が吹く。

 風は屋上にいる僕らの制服や髪を揺らし、すぐに止んだ。


「Dの世界の地球ではさ、常にこういう軽い風が吹いてたんだよね」


 あかつきヨアケはつぶやくように述懐する。


「気候の変動が少なくて、ずっと過ごしやすかった。私は比較的、好奇心強めの個体だったから、住み慣れた共同体を離れて遠出とかもしてたんだけど、どこに行っても同じような気温と湿度だったね」


 三年前にビットワルツの短尺動画でSHINONOMEが語っていたことと同じ内容だ。

 ここでちょっと僕の方から質問してみようかな。


「移動は、どのような手段で?」

「私は自力で移動してたよ。這う感じかな。私の種族には、手に相当する器官がなかったから『手段』っていうのもおかしいけどね」

「遠出は一人でしてたんですか? 仲間はいた?」

「一人のことが多かった。一度だけマリルホーンのお腹に入って運んでもらったこともあったんだけど、臭いが苦手だったから、それからはずっと一人で移動してた」

「マリルホーン?」

「私たちと共生してた大型の生物。ちなみにマリルホーンっていう名前は私が勝手にそう呼んでるだけ。今のこの体の声帯で発声したらそんな感じかなって」


 暁ヨアケは僕の質問にすらすらと答えてくれる。この対話を喜んでいるようにも見えた。

 異世界の話を聞くのは僕としても楽しいのでずっと会話のラリーを続けたいけど、十六時半で屋上が施錠されてしまう。あと十分しかない。

 本題に入ろう。


「マリルホーンはどんな色だったんですか?」

「……っ」


 暁ヨアケは開きかけた口をすぐに閉じて、下唇を噛んだ。両方の手が、制服のスカートを握りしめている。


「暁先輩、追い詰めるような質問をしてしまってごめんなさい。前世の風景を覚えていないSHINONOMEは、ファンの寄せてくるこういった質問コメントに答えられなかった、ということですね?」

「そう、だよ」


 悔しそうにうつむく暁ヨアケは、いつものクールな彼女とは別人のように頼りなげに見えた。


「それが引退の理由にどうつながるんですか?」

「ちょっとレイジ! もう少し言い方どうにかなんないの!?」

軛丸やくまるさん、いいよ。話しにくいけど、話すと私もすっきりするから」


 暁ヨアケは短くスッと息を吸ってから続きを語り始める。


「私がDの世界の記憶を語ってショート動画にしてアップするとさ、『前世ではどんな姿だったの?』とか『Dの世界の絵を描いてみて』とかコメントがつくんだよね。それ読んで気が付いたんだよね。私、前世の感触もにおいも味も音も覚えてるのに、ビジュアルを何も覚えてないのね。もしかして覚醒の脳波は検査のミスで、本当は転生なんかしてない、ただの中二病的妄想の患者なのかなって思ったよ。覚醒したのがちょうど中学二年の時だったし。それなのに海外まですごい勢いで動画が広まっちゃったから、いつか身バレして偽物だって言われて炎上するんじゃないかって思って、怖くなってアカウント消したの」


「え、真似して自殺する子が出たから引退したんじゃなかったんですか?」


 クビキちゃんは、巷間に流布する俗説をSHINONOME本人の前で堂々と唱えた。クビキちゃんのその神経もどうかと思う。僕のこと言えないじゃないか。

 その俗説を耳にした暁ヨアケは、きょとんとした顔で言い放った。


「転生のために死んだんだから、それはその子たちの判断でしょ。なんでそれが私の引退と関係あるわけ?」


 あー、なるほど。

 そう来たか。


「はあ!? 先輩!? それ本気で言ってます!? ヤバいですよ!」


 クビキちゃんは暁ヨアケの倫理観に疑義を呈して叫ぶ。


「クビキちゃん、大丈夫だよ落ち着いて」


 僕はクビキちゃんの両肩を手で押さえて鎮め、暁ヨアケに向き直った。


「暁先輩も、大丈夫です。心配しなくていい。あなたは典型的な転生者だ」


 そこで時間切れだった。

 十六時半きっかりに巡回の教員が屋上に現れて、僕らに立ち去るよう促した。


 さすがにここで話を切り上げるのは中途半端なので、続きは下校の道すがら語り合おう。

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