第2話 前世の景色を覚えていない
授業の合間の教室移動の最中にも、クビキちゃんは
「そんなに気になるなら暁先輩に直接聞けばいいじゃないか」
「できるわけないじゃん」
「行動第一だよ」
「いやいやいや無理。あたしだって転生者なんだから、『勇者とゴブリン』状態になったら困るし」
そこで僕はクビキちゃんの発言に疑問を呈する。
「クビキちゃんは転生者なの?」
「クビキちゃんは転生者なの!」
ちょっと憤慨したような顔のクビキちゃんは、そっくりそのまま同じ言葉を返してきた。まあ、これは僕らのお約束のやり取りだ。
クビキちゃんの言っていた「勇者とゴブリン」というのは、現代の寓話だ。元勇者の転生者が、現世での隣人に前世を尋ねてみたら、勇者に退治されたゴブリンだったというもの。どんな地雷が隠れているかわからないから、むやみに前世を尋ねるのはよろしくない。それが
無駄口をたたきながら歩いていたら、他のクラスメイトたちからだいぶ離れた最後尾になってしまった。
クビキちゃんはそれに気付いて歩みを速める。勢いよく廊下を曲がった彼女は、音楽室前の廊下に滞留する人だかりにはじき返された。
「うわっ」
クビキちゃんの口から間抜けな声が漏れる。真後ろにいた僕は、よろめいた彼女の背中を受け止めた。
「ごめん、ありがと。前のクラスが終わったばっかりみたいだね」
出る者と入る者がぶつかり合って、音楽室の前はざわついている。
落ち着くのを待っていると、音楽室から出てきた暁ヨアケと僕の目が合った。
先輩はすいっと視線を横に滑らせて、僕の横のクビキちゃんの方へつかつかと近寄ってきた。そしてクビキちゃんの耳元で囁く。
「
暁ヨアケは抑揚のない声でそれだけ言って、去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、僕はクビキちゃんに聞いてみる。
「
「もちろん。むしろ来て。絶対、いっしょに来て」
クビキちゃんは不安げな顔だ。ツインテールがぷるぷる震えている。
不用意に他人の前世を憶測で語ったからだろうが。自業自得だ。
* * *
午後三時の屋上は少し西に傾いた日差しに照らされて、なんだか切ない場所だった。フェンス越しに見下ろすと、下校していく生徒たちの姿がよく見える。それが今日という日の終わりを感じさせる。僕はこの時間帯が嫌いだ。ずっとずっと活動していたいのに、この体は休息を欲する。
一学期の中間考査が明日から始まる。すべての部活は休止で、校内に残る生徒の少ない放課後だ。屋上には僕とクビキちゃんの二人だけで、まだ暁先輩の姿はない。
クビキちゃんはずっと僕の手を握っている。
「クビキちゃん、手汗すごいね」
「え、ほんと? ごめん」
ごめんと言いながらも手を離す気はないらしいクビキちゃんは、片手で僕と繋がったまま、ガシャンと音を立てて屋上のフェンスに寄りかかった。
「暁先輩とクビキちゃんって部活ではどのくらい会話するの?」
「まったくない」
「まったく?」
「あたしみたいなバドミントン経験ゼロの新入生は別メニューなんだよね。だからその担当の上級生としか話す機会がないの」
「なぜバド部に。そういえば理由聞いたことなかったけど」
「見学の時に対応してくれたのが暁先輩で、この人SHINONOMEじゃん! って思って速攻で入部届書いた」
早口でまくしたてたクビキちゃんの口が、「た」を発音した形のまま固まった。
暁ヨアケさんのご登場だ。
僕の後ろから現れた暁ヨアケは、顔にかかる髪を掻き上げながら、クビキちゃんに向かってこう言った。
「
え、そんなあっさり認める?
これは予想外だったな。
「嘘だと思うなら、ほら、これが健康診断の結果。覚醒者の脳波型が出てるでしょ」
あっけにとられる僕たちに、暁ヨアケはスマホのヘルスケアアプリに連携された健診結果を見せてくれた。
直近の覚醒者脳波型測定日は2026年5月15日で、結果は
初回の+検出は2023年となっていた。三年前だ。
覚醒者脳波型測定は健診の義務項目だけれど、学校や職場にも、保護者や後見人にも開示されない。本人と、厚生省転生管理局だけが閲覧できる情報なのだ。プライベート中のプライベート情報。
「本物の覚醒者だ!!」
クビキちゃんは目をキラキラさせて、暁先輩のスマホを覗き込んでいる。
対して、僕はクビキちゃんほど純粋に驚けなくて、少し意地悪な感想を述べてしまった。
「転生系の配信者って、みんなこの脳波測定の結果を上げるよね」
「ネットの画像はフェイクも混じってるけどさ、今、暁先輩が見せてくれたのは本物だったじゃん! 目の前でちゃんと生体認証して起動してたし!」
「まあ、そうか」
転生者には二種類の状態がある。
覚醒者と、非覚醒者。後者は未覚醒者とも言う。
覚醒とは、前世の記憶を思い出すこと。当事者は脳の特定の部位が活性化するため、脳波測定で見出すことができるのだ。生まれながらの覚醒者の場合は出生時診断で検出され、それ以降の覚醒者は健康診断で捕捉されて、厚生省転生管理局の覚醒者リストに加えられる。
覚醒者はマイノリティだけれど、学校に一人くらいの割合でいるらしいので、すごく珍しいというわけでもない。暁ヨアケはその一人だということだ。
一方で、未覚醒の転生者を検出する方法はなく、どれほど存在するのか、わかっていない。
「ほんものだー! ほんものだー!」
ツインテールをピコピコ揺らしてクビキちゃんは興奮している。たしかに他人の健診結果を見ることなんて、そうそうないからな。
クビキちゃんに任せていると話が進まなそうなので、勝手ながら僕が暁ヨアケに話しかけてみることにしよう。
「
「その前に、君、誰?」
「失礼いたしました。僕は一年七組の
「私が呼び出したのは
「御覧のとおり、
「君、
「付き添いです」
「彼氏?」
「付き添いです」
国語辞典の意味通りの付き添いだ。恋人などではない。
「ふーん、で、君もSHINONOMEについて調べてるの?」
「調べてるというより、単純に興味本位で聞いてみたいことがありますね。僕は」
「どういうこと?」
「SHINONOMEの引退の理由を知りたいんです。世間で言われているように社会的な影響を苦にしてアカウントを閉じたのか、それ以外の別な理由だったのか」
「……」
暁先輩は眉をひそめて口を閉ざした。
それを見て慌てたクビキちゃんが、取り繕うように会話に入ってくる。
「あ、あのっ、連れが失礼なこと言ってごめんなさい!」
クビキちゃんは、自分のしたことじゃないのに頭を下げた。この子、マイペースなのに人並みに常識っぽいふるまいを気にするんだよな。
後輩の気遣いをよそに、暁ヨアケは正体を認めた時と同様、あっさりと承諾した。
「別にいいよ。私が
「え、ほんとに!?」
一転して明るく食いついてきたクビキちゃんに、暁ヨアケはしっかりを目を合わせる。
「新入生の
「て、転生者同士、ね……。あ、あはは、こ、光栄です!」
上ずった声で目をそらすクビキちゃんが冷や汗をかいていることに、暁ヨアケは気付いているのだろうか。
「嫌だったら答えてくれなくても構わないんだけど、
「い、いやー、どマイナーな辺境の世界だから、言ってもわからないと思うんですよねー。あはは……」
「そっか。そうだよね。言われてみれば、私も
「いえいえいえ、こちらこそ! ごめんなさい!」
クビキちゃんの変な設定のせいでなかなか本題に入れない。
そんな僕のしらけた視線を受けて、クビキちゃんは会話を軌道修正した。
「それで先輩、本日はどのようなご用件で?」
「私さ、転生系動画なんか配信してたけどさ、自分が本当に転生者なのかどうか、だんだん自信がなくなってきちゃったんだよね」
「?」
「どういうことですか?」
無言で首を傾げるクビキちゃんと、代弁して尋ねる僕。
そして暁先輩は打ち明けた。
「私さ、覚醒者の診断出てるのに、前世の景色を覚えてないんだよね」
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