第7話
――――ロッシナ・冒険者ギルド
季節は冬。ロッシナに集まる冒険者は、一時期に比べてかなり減った。
と言ってもギルド自体は暇にはならない。いつも後回しになる事務処理を、裏方総出で片付けている最中である。書類と格闘中のウィルに、部下の一人が声を掛けた。
「また来てますよー、代官さんちの使用人さーん。」
「ギルド長は?」「雲隠れでーす。」「……わかった。」
やれやれと、ウィルは重い腰を上げた。受付ロビー隅にある応接ブースに向かう。
簡易な応接セットに、神経質そうな男が座って待っていた。上等な毛皮の外套に包まれてなお、痩せすぎとわかる初老の男。彼を気にしてだろう、ロビーには話し声ひとつない。
「ご用件をお聞きします。」
声を掛けたウィルを、ぎろりと睨む。
「いちいち言わないとわからないか?あの件はどうなっている。」
「お探しの人物でしたら。ギルドへは来ていませんよ。」
男は、わざとらしくため息をついた。
「本当に使えぬな、冒険者ギルドとやらは。こうやって私が何度も足を運び、訪ねておるのだ。ギルド自ら探索しようとは思わんのかね。」
ウィルが答えずにいると、さも、今気が付いたように。
「そうだ、お前の連れ合いのいる薬師の館に、小人族がいるときいたぞ。まさか、それが該当する人物ではないのか?」
「その件でしたら存じております。先代薬師の長であるスピカ様ですね。彼女は小人族です。最近体調が良いようで、毎日のようにお見えになると妻が言っておりました。おっと、あなた様の着任は昨年でしたか。スピカ様を御存じですか。」
「…スピカか、ちっ。知っておるわ。」
男は不機嫌になり、そのまま屋外へ出ていった。挨拶の一言もなしだ。
周囲の冷たい視線は、一切感じないらしい。すぐ、馬車のガラガラいう車輪の音が聞こえてきた。
ロビーの会話が、再び始まる。
「スピカ様、お元気になられたのね。」
「よかった。心配していたの。」
「俺も見た、薬師の館においでになっていた。」
「何でも、子供の古い傷痕を治すため、若い薬師と協力しているんですってよ。」
「まあまあ、本当に心の広いお方だわ。」
「小人族だけあって、ユニークだけどな。」
「そうね。それにあのお顔でおばあちゃんとか。うらやましいわ。」
彼らの話を聞きながら、ウィルは仕事に戻った。
「代官側は、致し方ない。他はうまく行ってはいるようだね。」
◇ ◆ ◇ ◆
雪のちらつく大通りを、馬車が行き交う。
路面にもすこし積もり、街はすっかり雪景色だ。
その中を俺は絶賛散歩中だ。上等なフード付き外套に、裏毛皮のブーツでぬくぬく。顔半分にはスカーフ、もちろんヘアバンド常備。喋らなければ、良家の子息に見えるはず。
俺と一緒に歩いているのは、モルガンという青年で、褐色の肌で細マッチョ。ほら、連絡役の人だよ。薬師のローブ姿なんだけど、彼が着ると、すげえかっこいいんだよなあ。
モルガンは白い息を吐きながら、
「本当に君はよく歩くねー。オレも散歩が、日課になっちゃった。」
「嫌なら、ついてこなくていいよ。」
「だめだめ、君はすぐ狩りに行きそうだから、オレはお目付け役。」
「…いかないって。」
「よろしい。お、雪がひどくなりそうだ、さっさと帰ろう。」
モルガンの言う通り、みるみる道は雪で覆われだした。
このロッシナ、小人族の国だったのは昔の話。街並みなんてすっかり変わってしまったと、スピカが寂しそうに話していたっけか。
雪に塗れながら、薬師の館に着いた。
建物入口にいた数人に軽く目礼して、役宅へ向かう。
彼らの会話が、ちらと聞こえた。
「ああ、あの子」「完治するといいね」「本当に」
「ただいまー」「帰ったか―、寒くはなったかの?」
イライジャはリビング一杯に物を出したまま、お出迎えである。
役宅内は暖房がきいて暖かい。窓辺ではスピカが、のんびりお茶をのんでいる。付き人も、いつものように近くで待機中だ。付き人の方は、人族の女性で、スピカの秘書役でもあるんだってさ。
スピカはここへ通っているうちに、すっかり元気になっちゃってさ。今じゃ毎日入りびたりだよ。ついでに薬師の館へ、ちょいちょい後進の指導にいっている。
しかしなあ、毎度のことだけど……。
「なあ、人様の家だぞ。散らかすのは、借りた部屋だけにしとけって。」
「ついついのう、ほれ、一昨日、裏で警報が鳴ったじゃろう。」
「不審者が出たんだよね。」
「追い返すだけじゃつまらんからの。ちょーっと強力な「警報」に改造したぞい。」
「まさか、家主に無断でやってねえだろうな。」
思わず睨むと、そこでスピカが。
「ちゃんとジェニファには、了解を得ておりますよ。」
「それならいいけど。――こっちはもういいだろ。片付けるぞ。」
「まてまて、そこはまつのじゃ。」
スピカとモルガンから、笑い声が漏れる。
「見ていて飽きませんね。」
「アタシもそう言おうとしたところ。」
うっせーよ。
恥ずかしい大泣きのあと。提示されたのは、俺のやけどの治療だった。
現在、表向きにはこうなってるんだわ。
―――ジェニファ宅に、幼いころ大やけどをした少年と、治療のため彼を連れてきた祖父が滞在している。祖父は長旅ですっかり弱り、寝込んでいる状態。
少年専用の魔法薬の調合と、祖父の療養のために、長期の滞在が必要―――
以上、アイデアはジェニファ。筋書きはウィル。
つーまーりー。
「魔道具技師の小人族」には一切触れないでおいて、孫を連れた老人の話で上書きしてしまおう、って作戦みたい。実際、俺はやけどの痕があるし。いい隠れ蓑にもなるだろうって。イライジャ様の捜索も、このまま立ち消えになるといいね、とはウィルの言。
でもなあ、フリ、じゃないんだわ。実際に、調剤するんだってよ。
薬師の館って、普通の薬から、特殊な効果の出る魔法薬まで作っている。それを症状ごと、個人用に調合し、処置も立ち会っているんだってさ。ほぼ病院だよ、病院。
問題は、この魔法薬が超高額だってこと。
軽傷用だって、一服で何日も食えるくらい。まして、切断された手足をつなぐとか、欠損を復活させるとかになると、途方もない値段がつくんだ。過去の怪我なんかもそうで、症状が固定されているから難しいらしい。だから、とても高額だ。
そんな金、俺に払えるはずがねえじゃん。イライジャに頼む?俺のプライドが許さん。
出世払いも、借金みたいでやだなあ。
そこを見透かしたように、スピカからこんな提案がきたんだ。
「エルフの情報と引き替えにどう?」
役宅のリビングで、関係者全員集合中(ウィル以外)の時だった。
スピカはやっぱ、小人族だ。俺がエルフだってこと、とっくに見抜いていた。
ジェニファと助手さんたちは、当然びっくり仰天だったさ。
胡散臭い眼で見る俺にね、懇切ご丁寧に説明してくれたよ。
「情報というのは、薬に関係することですよ。ここ薬師の館には、各種族の薬関系の情報が集めてられています。同じ薬でも、種族によって効き方に多少差がありますから、重要な情報なのです。でも、エルフ族だけは無くて。
ですからアタシ達は、ヒューゴ君の情報が、喉から手が出るほど欲しい。実験、いいえ、各種検査をしていただき、この結果を魔法薬の対価にどうですか、と申しているんですよ。」
「賛成」「貴重、賛成!」「エルフなら、見るだけでも賛成!」
ごらあ、実験かよ。でも薬師の皆さんは、もろ手を挙げて賛成だ。
俺さ、体が元に戻るっていわれても、実感がないんだ。
そりゃ、うれしいけど、他人事みたいで。もうあきらめてたっていうか。考えるだけ無駄だって、思っていたんだよ。そんな俺に、
「エルフ族の情報が加わるだけです。種族といっても、みな人間ですから大きな違いはありません。例外は、ドワーフ族の極端にアルコール分解度が高い事くらいですか。特定の種族だけ作用する毒など、ありませんよ。
もちろん、治療目的以外に使用しません。薬師の神に、誓いましょう。できぬ時は、情報すべて燃やすだけです。」
そこにいた薬師全員が、力強くうなずいた。付き人さんもだ。
結局、――――作ってもらうことになったんだよ。
圧倒的な押しに負けた、ともいう。
調剤には時間がかかる。俺個人に合わせるから、なおさら。
事前の診察も、たくさんやっている。
魔力を流して、火傷痕の影響?とか調べたりな。
あと、アレルギーチェックに近いのもやったなあ。ま、色々だ。
ただなー、やっぱじっとしていられなくて。
それで散歩の権利をもぎ取ったのさ。ストレス解消とばかり、ひたすら街を歩き回っている。ごめんモルガン。あとは家の中で柔軟くらいかな。そうそう、冬が来るから、薪割するよ?と聞いたらさ。この冬分はたっぷりあるから必要ないって。ああ、体がなまりそう…。
イライジャは、魔道具さえあれば、何か月でも平気だからなあ、うらやましい。
そうそう、ジジイはノースランドへ行ってみたいって。どのみち、ロッシナに永住するつもりもないんだと。ここの代官にも、他の誰にも仕えたくないというし。
俺の治療が終わって、春になったら、出立しようか、なんて話しているところだ。
しばらくは、魔道具漬けって事かな。いいねえ。
ジリリリリーーーーッ。
警報が鳴り響いた。
1秒差で、「ぎゃ」とか「ぐえっ」とかいう叫び声が聞こえた。
俺が飛び出そうとするのを、モルガンが止める。
「オレの仕事だ。君はここで、万が一に備えてくれ。」
と言って、ショートソードを片手にすっ飛んでいったよ。
後で聞いたら、やっぱり不法侵入者ですと。電流のショックと火傷で行動不能、そのまま街の警備にお引き渡しされました。
犯人は貧民街の連中で、金で雇われたって白状した。滞在しているのは誰か、確認しろって。報告先は既にトンズラ。まあよくあるトカゲのしっぽだね。
完全に上書きとは、いかないみたいだ。
そうこうしているうちに、ついに、俺専用の魔法薬が出来上がった。
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