第6話

 聞いていた通り、スピカは体調が不安定のようだ。

 次の面会は、2日ほど開けてから。今日は調子が良いとか言って、役宅へ押しかけてきたよ。そのまま楽しく歓談へGO。俺も何故か、付き合わされている、はあ。

 その日はずーっと、子供の時の遊びの話だったね。

 デカい蚊を捕まえて、糸を括ったとか。何匹か集めてぶら下がり、そのまんま池に落ちたとか。年に一度、小島の王宮に入れる祭りはどうだったとか。

 エトセトラ。エトセトラ。

 それでやっぱり喋り疲れて、1時間程度でお開きになった。そういうのが3回ばかり続いたかな。


 お、か、げ、さ、ま、で。

 俺は、ゆっくりと休むことができた。同時に、時間を持て余すようになったよ。

 実は外出を控えてくれって言われてさ。当然、狩りもアウト。やっぱな、爺さんが王家筋ってのが引っ掛かるらしい。知られると、変な奴が湧いてくるのが目に見えてんだと。だから滞在はシークレット、なるほど。

 ジェニファにも、日中は薬師長の仕事がある。

 代わりっつーか、彼女の助手が交代で役宅に来るようになった。細マッチョの兄ちゃんと、兄ちゃんより背の高い姉ちゃんだ。護衛兼小間使い?二人とも気さくで話しやすいんだけどさ。監視されているようで、なんか落ち着かないや。

 空き時間は、ジジイと魔法の勉強とかやってるけど。

 俺、だんだん、しんどくなってきた――。


 そんなとき、ウィルから依頼報告終了のお知らせ。――時間がかかったなあ。でも、もう、いいよな。


 翌日、朝食はウィルを除く三人だけだった。彼は早出らしい。

 俺は改めて、ジェニファに頭を下げた。

「―――報告が終わったので。俺はここを出ます。お世話に、なりました。」

 ええー、と大げさにのけ反るイライジャに、ジェニファもちょっと驚いた顔をしている。

「なんでじゃー?」

「あのさあ。」

 一から説明しないといけないのか。先日、ウィルが、代わりに報告しておくって言ったとき、わかっていなかったのかよ。

「あんたを無事に、ここへ送り届けるまでが、俺の受けた依頼なの。その先は含まれていないんだよ。報告が終わったから、俺がここにいる理由は、なくなった。わかった?」

 単純明快じゃないか。なのに、爺さんはショックを受けた顔をしている。

「あんたは故郷に帰った。同族もいる。このままここへ住むんだろ?俺は冒険者活動を再開する。ほら、もう関係がないじゃん。」

 なんか自分で言っていて、悲しいわ。

 だから、さっさとお終いにしたいんだよ。


 テーブルにイライジャが身を乗り出す。おい料理…。

「ヒューゴはワシと居るのが嫌なのか?魔法の練習は嫌いか?」

「いや、そういう話じゃないってば。」

 ああ、らちが明かねえ。

「なぜじゃ、ワシはお主の言うとることがわからん。」

「そういうあんたの方が、わかんねえよ。」

「いっしょにいてもかまわんだろう。」

「変なんだって、それが。」

「どこがじゃ?」

「だって、俺は冒険者だ。魔物を狩るのが、仕事だ。

 今は、こうやって、家んなかにいるだけで、何もしていないじゃないか。」


 ―――俺が、俺になったあの日、一人で生きていこうと思ったんだ。

 そう決めて、村から出てきた。これからだって、ずっと、ずっと。

 あんたと出会わなかったら、きっと今も一人で冒険者をやってる。

 それが、本来のかたちじゃないのか?


「ではここからは、仕事抜きでええじゃないか。のう?」

「は?なにを……」

「ワシは、故郷への同行を依頼しただけじゃぞ。先の事は何も決めてはおらん。

 お主と旅を始めてからずっと、ワシは毎日が楽しいぞい。

 魔物をぶっ飛ばすのも、素材を拾い集めるの、わくわくするぞい。

 ここに厄介になっている今もじゃ。お主がいてくれて、楽しいんじゃ。

 おまえは違うんかの?」


「…楽しい…」


 楽しい。毎日、楽しいよ。

 仕事抜きでさ、一緒に居れるなら、きっと楽しい。

 でも、ここにいるとしんどいんだ。

 いる場所を間違えたみたいで、きついんだよ。

 

 ――――すっと、ジェニファがハンカチをさし出した。あれ、俺泣いている?

 ジジイの手が伸びて、頭をなでてくる。その体勢、かなり苦しそう……

「よしよしじゃ。」

「俺、赤ん坊じゃねえ。」

 ぽろぽろと、ハンカチに涙がおちた。

「でも、でも俺、今まで頑張ってきたのに。

 村を出た時も、すげー決意したのに。一人でも生きるって、決めてきたのに。」

「そりゃあ、こまったのう。」

「そうだよ。どうしてくれるんだよ。」

「でもでもどうしてって、まだまだ、子供じゃのー。」

「うるせーわ。」

 なんだよもう、顔がぐしょぐしょだ。

 朝っぱらからみっともねえな。くそう。


 そうやって、ぐずぐずやっていたらさ、ジェニファが遠慮がちに声を掛けてきた。

「お二人にはいらぬ心痛をさせましたね。最初からきちんとお話しするべきでした。」


 少し、俺が落ち着くのを待ってから―――ジェニファは話し始めた。

 ゆっくりと、優しい声音で。

「私たちはただ、お二人にゆっくり休んでいただきたかったのです。

 イライジャ様も、ヒューゴさんも、ですよ。そこに他意はありません。

 極力他人の目に触れないようしていたのは、安全のためです。」

 そこは、理解している。

 俺が頷いたのを見て、ジェニファは続けた。


「理由は、大きく二つございます。

 まず一つ、以前お話ししたように、イライジャ様が、王家の血筋でいらっしゃるから。


 もう一つは、イライジャ様が、類まれな魔道具技師だからです。お名前が、こんな田舎にまで届いているんですよ。

 そんなお方が、後ろ盾と思われたご貴族から離れられた。その噂が静かに広がっています。これから先、貴族や商人ほか諸々が、あなた様を取り込もうと動き出すでしょう。実を言いますと、当地の代官ロッシナ伯爵も、その一人です。」

 先ぶれのあの人だな。あのドケチな強盗伯爵。


「つい先日、閣下はロッシナにお戻りになりました。イライジャ様の情報を、何処からか得たようですね。あなた様をご自身の魔道具技師として、取り込みたいのでしょう。でもロッシナにも、王都と結ぶ街道にも、それらしい姿が見当たらない。たいそうお怒りのご様子で、王都へとんぼ返りされましたよ。」

「ワシらを探しておったんか。」

「あんたを、ね。」

「うーむ。ワシは籠の鳥は御免じゃが。」

 ジェニファは少し笑って、

「小人族の方は、皆さんそうおっしゃられますね。そういう彼らの質を、閣下は御存じありません。

 また閣下は、他の貴族に知られたくないのでしょう。ご自身が動いたのも、知る人間を増やさないためと思われます。現在、ロッシナには、直属の部下が数名いるようです。彼らはイライジャ様の居場所は知りません。あなた様が現れるのを、今か今かと待っているそうですよ。」

「でも、街に入った記録は残っているよね。」

「その通りです。イライジャ様がロッシナへ来た事実は消せませんね。」

「ギルドに報告もしたし。」

「ええ、でもその後の足取りは、わからない、でしょう?」

 ジェニファ、ものすごくいい笑顔である。

「えー、それどういう…」

「報告の後に、何処へ行ったかまでは、誰も知らないという事ですよ。宿も泊っていないですからね。

 ですから、事情が許す限り、ゆっくりしていただこうと思いまして。平民街の役人とも、そう話していたんです。

 でも、こちらの都合ばかり、押し付けた形になってしまいました。申し訳ありません。」


 ジェニファは居住まいを正し、俺に向き直った。

「それで相談なのですが。

 ヒューゴさん、先ほど仰っていた、あなたがここにいる理由なんですけど。

 やけど痕を治療するため、というのはどうでしょうか?」

「え」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る