第5話
赤みのさす白髪に、朱色の瞳。抜けるような白い肌とバラ色の頬。
どう見ても、人族でいう10歳未満の少女だ。SFチックな丸いフォルムの椅子は、おそらく車いすの類だろう。ほんの少し浮いている。ひじ掛けにおかれた手は、紅葉の様でかわいらしい。
イライジャは、軽く礼をした後、
「お初にお目にかかる。ワシはイライジャと申す。スピカ殿には、会うたことがあるかの?」
「いいえ。アタシは平民ゆえ、お目通りはしておりません。」
「そうか。ジェニファ殿から、この街に同族が住んでおられると聞いたが、ご老人とは思いもしなかった。」
スピカの目が、すっと狭められた。
「ほう?初対面の女性に、老人と?―――このクソガキ。」
「ゆうて何が悪い、ババアには違いなかろう。」
「ほおお?」
ははは、「ガキ」と「ババア」の罵りあいだよ。
確か小人族って、見た目の老け方が逆なんだよな?しわくちゃジジイは、111歳で若者。どう見てもヒトケタ少女のスピカって、かなりのご高齢??いかん、混乱してきた。
そんな二人を、ジェニファは止めるでなく、ニコニコして見ているよ。
「小人族って、いつもああですから。ご心配には及びませんよ。」
「ソ、ソウデスネ。」
言い返せぬ、思い当たる節があるだけに。
ま、二人とも気は合うんでしょ、怒鳴りながらも楽しそうだもんね。
そしてほどなく、口げんかは終わった。
自己紹介からやり直し。
「イライジャじゃ」「スピカと申します」
スピカは先代薬師の長で、ジェニファの師でもあるそうだ。
「今のワシはしがない魔道具技師ゆえ、敬語はいらぬぞ。」
「そうはまいりません。今でも王家への敬意は、失っておりませぬ故に。」
「頭が固いのー。“様”もいらん、ヒューゴなど、最初っから呼び捨てじゃぞ?」
そう言って俺の方をみるので、試しに言ってやった。
「イライジャ、さま?」
「やめんか、気持ち悪い!」
嫌そうな顔をするなよ、俺だって気色悪いんだから。
ま、ジジイは腐っても元王族だ。ある程度の言葉遣いは、勘弁してくれってさ。
お互い一息ついたところで、イライジャが切り出した。
爺さんはどうしても、スピカに聞きたいことがあるという。
「ワシは、知りたいのじゃ。国が滅んだというあの日、何があったかを知りたいのじゃよ。人伝にしか聞いておらぬ故。頼む。」
「一市民の立場でよいのなら、お話しいたしましょう。」
「ああ、十分じゃ。」
スピカは目を閉じ、ゆっくりと話し始めた。
それは、こんな内容だったよ。
――――およそ80年前。
あの日、急に現れた隣国の軍隊が、城下を占領した。あっという間だった。山の中にでも軍隊を隠していたのだろう。
一般市民が人質に取られた形となり、王はすぐ降伏を決めたようだ。市街戦はごく一部で、混乱も少なく、市民の多くはいくつかの建物に集められた。
隣国の目的は、小人族の技術だろう。特に魔道具と魔法薬が、近隣諸国では有名だったのだ。
しかし占領に成功したものの、思うような成果は得られなかったとおもわれる。
理由として、市民が非協力的なこと、また周辺各国からの圧力もあったらしい。
また市民の一部は、集団脱出に成功していた。王族だけが知る抜け道が存在し、王家筋の誰かが市民を逃がしたのである。スピカと彼女の夫も、逃亡したうちの一人だった。
その後、国がどうなったかは、逃げた先で聞くことになったそうだ。
国王を始め、王族や貴族たちの行方は、今もってわからない。
噂では、他国へ連れ去られそこで儚くなったとも、また、ノースランドの王が介入し、保護したとも聞いた。だが、スピカの立場では、どれも確認することがかなわなかった。
一方、国を出た小人族は、徐々にノースランドへ移っていったらしい。
故国は、何度も国名が変わり、ついに数十年前この国の領土になった。だがすでに、故郷へ戻る小人族はおらず、スピカたち夫婦も、ノースランド行きを決めていた。最後にふるさとの土地に別れを告げようと、ここを訪れたという。
そして、帰ってみれば……やはり同族はいない、人族ほか、様々な他種族だけだが暮らす街となっていた。そしてひどく、寂れていたという。
これを見た時、彼らはノースランド行の、中止を決めた―――――
ここまで語ると、スピカは大きく息を吐いた。
「ありがたいと思いました。薬師だった私たちは逃げたというのに。薬師と、魔道具の小さな工房が、細々と続けられていたのですよ。私たちの技術を受け継いで。だから、彼らの力になろうと思ったのです。」
そういって、スピカはジェニファの方へと視線を移した。
「そうやって、あれこれやっているうちに、すっかり居心地がよくなってしまいまして。主人は10年前に、天に召されました。アタシも年を取りました。今ではここに、骨を埋めるつもりでございますよ。」
スピカはそう言うと、ニコリと笑った。満足気な、かわいらしい笑顔だった。
反対に、ジェニファは眉間にしわを寄せ、
「そんな気弱なことをおっしゃらず、長生きしてくださいませ。」
「こればかりは、自分の自由にならない……ふぁ…」
不意に出た生あくびを、スピカはかみ殺す。
「ああ、少し疲れたみたい。」
「今日はここまでにしましょう。」
ジェニファが告げ、付き人がそそとスピカの方へ近寄る。
椅子は浮いているから、移動は楽なようだ。部屋を出る前に、スピカはこっちを振り返ると、
「イライジャ様。ここは暮らしよい良い街です。ゆっくりなさってくだされ。」
「そうさせていただこうかの。スピカ殿。」
そのままスピカ達は退室した。近くにある自宅へ戻るという。
その後姿を見送りながら、ジェニファは涙ぐむ。
「このところ、急に弱られて。ひどく疲れると、数日は寝込まれます。
でも今日は楽しそうでした。本当に、よかったわ。」
俺、お話が終わったら、すぐ宿に移るつもりだったんだけど。
お昼をどうぞ―、部屋も準備してあるからどうぞ―って、なし崩しで滞在する羽目になっちゃったよ。
用意された部屋は、イライジャと一緒の客間。何時も泊る宿より、上品で居心地が抜群なんだよ。シーツも洗い立て、気持ちがいいね。て、爺さん、もうテーブルに物を広げて、ごそごそやってる。そりゃあ旅の空だと、作業なんざできなかったけどさ。人の家なんだから、もうちょっと我慢とかしてくれないかな。節操なさすぎ。
夕食は、ジェニファお手製の家庭料理だった。
食卓は何と、ジェニファの御主人が一緒―――。
彼はウィル。メガネ男子の金髪イケメン。ジェニファと同年代かな?優しそうな旦那さんで、とってもお似合いのカップルだ。
おまけに二人とも、話し上手の聞き上手でさ。
俺たちの旅の話をね、にこにこして聞いてくれるんだ。トレントの一件なんて、ぜひ種を譲ってほしいって言われてね。たしか薬の材料にもなるんだよな。もちろん、代金をいただけるそうです。
ついでだから聞いてみた。ノースランドって?
「大陸の北半分の国々を、まとめてノースランドと呼ぶね。」
「そうなんだ。じゃあ南半分はサウスランド?」
ウィルは、笑いながら。
「それは、あまり言わないかなあ。」
「ですわねえ。そうそう、夕食はヒューゴさんも、手伝ってくださったんですよ。」
「ほう、君は多才なんだね。」
「そうじゃろう。うちの護衛は、いろいろできるんじゃぞ。」
「うらやましいですわ。うふふふ。」
「ほ、他に家事する人、居ないからさ。」
手伝ったの、ちょっとだけだから。
そんなに褒めることないじゃんか。こっぱずかしい。
あと、ウィルはロッシナ冒険者ギルドの事務長をやってんだとさ。
「夜勤があるから、毎日はいないんだ。僕がいない時は、妻を頼むね。」
ここでウィンク。くそ、しぐさ一つ様になってかっこいいな。あ、いけね、おかげで思い出したぞ。
「俺、ギルドへ報告をしないと。」
「ああそうか。でも期日を決められていないのなら、急がなくてもいいよ。」
「すみやかに報告とか、書いてあったし。」
「ヒューゴは、頭に馬鹿が付くほど、真面目でのう。」
なぜそこで、申し合わせたように顔を見合わせる。なぜ頷いて、納得する!
「では僕が代わりに報告をしておこう。」と、事務長さん。
「ワシの時はサムに頼んだじゃろ。任せればええんじゃよ。」
「そうかな?」
ウィルはにっこり笑って、ジェニファと目配せしている。
なんか…言いくるめられた感じがするけれど。
楽できたと思えばいいか、ってことで。
その日は、ゆっくり寝ることにした。昨夜もろくに寝てねえし。
が、夜中にガチャガチャうるせえから目が覚めたらさあ。ジジイのやろー、テーブルで何か作ってやがる。少しは人の安眠を気にしろっての!
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