第4話

 ケチのついた街を出てから、俺たちは予定通りに道を進めた。

 道は平原から山へ、だんだんと険しくなっていく。

 一歩ごとに、イライジャの故郷に近づいているんだ。そう思うと、あれこれと考えてしまう。でも、言葉にはできなくてさ。

 何時ものようにジジイと軽口を言い合い、道に出てきた魔物を狩り……。


 山を登るにつれ、気温も下がってきたようだ。

 山道は片側断崖絶壁とかざらで、道幅があるだけましって感じ。つづら折りに登っていく場所もある。そんなところも、イライジャは俺と一緒に登っていった。

 そして、ついに峠の関所にたどり着いた。

 独立国であった頃の名残だろうか。年季の入った石造りの建物だ。

 俺たちは1人ずつ審査され、タグを確認された。

「本人で間違いないな。イライジャ殿は―――小人族ですか?」

「うむ。」

 警備たちの言葉遣いが変わる。

「この街へ来た目的を、お聞きしてもいいですか。」

「墓参りじゃよ。」

「承知しました、通られて結構です。こちらは?」と、俺の方を見るので、

「護衛じゃ、ギルドの依頼書もあるぞよ。」

「―――確認しました。どうぞお通りください。」

 どうも、この地を訪れた小人族への対応みたい。

 全員から一礼され、俺たちは関所を後にした。

 


 峠を過ぎれば道は下り坂で、ある程度進むと街が見えてきた。

 街は大きな盆地の中にあるようだ。緑の山々に囲まれ、いくつかの湖が点在している。大きめの湖には小島がある。防壁や建物がはっきり見えてくると、イライジャから言葉が消えた。


 無言のまま歩く。俺は、ただイライジャの後を付いて行くだけだ。

 特に止められなかった門を抜け、街の中へと入る。

 イライジャは、どんどん街の中心部へ進んでいく。商店が立ち並ぶ大通りらしき場所を過ぎた。住宅地らしい区域も通った。建物にはどれも木材がふんだんに使われ、暖かい感じがした。街は清潔で、なにより緑が多い。すれ違う人たちは、おや、という顔をするが、それだけだ。声すらかけられず、行く手をふさがれることもない。

 イライジャはそのまま進み、いつの間にか、あの大きい湖の畔まで来ていた。

 中央の小島には廃墟が見える。崩れた石組みもすっかり緑に占領され、島とこちら側を繋いでいたはずの橋は、壊れた橋脚だけが残っている。

 その様子を無言で見続けるイライジャに、俺は声をかけることができなかった。


 やがて日が傾き、夜を迎えた。だが、イライジャは動かず、何も話さない。

 あまりに動かないので、俺は近くにタープを張って、そこへイライジャを誘導した。彼は何も言わず、そのまま敷物の上で横になった。

 ジジイ、小さいなあ。魔法の灯りが、さらに小さく見せているよ。

 今、何を考えているんだろう。

 俺は灯りの近くで座り込んで、目を閉じた。

 だって俺、何をしていいのか、話かけてもいいのかだって、わからないんだ。でも今は、できるだけ近くにいようと思ってる。

 そのうちに俺もうとうとして、そのまま朝を迎えた。


 朝の光で、ぼんやりと湖面が光る。

 その湖を背にイライジャは、白湯を飲みながら、

「昨夜はすまんかったの。」

「―――いいよ。」

 目の前には小さな火球。ほわっと浮いて、ちょっとだけあったかい。もう本物の炎が欲しい季節だね。ビスケット型の携帯食は、何時にもまして味気がないや。ジジイが食べ終わるのを待ってから、俺は話を切り出した。

「イライジャ。まず宿でゆっくり休もう。その後でいいから、ギルドの報告に付き合ってくれ。護衛対象の本人がいないと、達成にならない。」

「うむ。」

 爺さんは短く返事を返してきた。

『イライジャとロッシナまで同行し、道中は彼を護衛する』、これで完了だ。

 ……終わり、なんだ。


 湖を離れ、昨日とは逆の道順で街中へ戻っていく。

 メインストリートらしき通りで宿の看板を探していると、正面から集団が近づいてきた。女性を先頭にした男女で5名ほど、皆揃いのローブを着ている。彼らは俺たちの近くまでくると、先頭の女性が優雅に一礼した。


「ようこそお戻りになられました、イライジャ様。」


 彼女に倣い、後ろの男女も頭を下げた。

「私はジェニファと申します。この街の、薬師の長をさせていただいております。

 また、街においでになった小人族の方の、案内も任されております。」

 ジェニファと名乗ったこの女性、人族で30代半ばと思われる。紫紺の髪を後ろでまとめた、きりりとした感じの人だ。印象は学校の先生かな、なんかごめん。

「お主が?」

「はい、私は在住の小人族の方とも親交がございますので。ぜひ、その方ともお会いになられてくださいませ。とりあえず、私ども薬師の館へご案内します。」

「そうか。では参ろうかのう。」

 お連れ様もどうぞって、俺も同行することになった。


 歩きながら、ジェニファは色々なことを話す。思ったより、気さくな人らしい。

 小人族が来訪したときは、街で対応することになっているんだって。

 だから昨日イライジャが来たという情報は、もう係のジェニファには伝わっていたんだと。だが宿に泊まった形跡がなくて、探していたらしい。そのあと、街はずれで野営していることがわかり、今朝までそっとしておくことになったという。

「小人族の方はよくあるんですけども。本来、街中での野営は禁止なので…」

「すまんかったのじゃ」「もうしません」

 同時に頭を下げた俺たちに、ジェニファは慈母の笑みで答えてくれた。


 日が高くなると、通りの人も増えてきた。同行の男女はさりげなく、俺たちを周囲の視線から遮っている。それを不思議に思いながらも、ジェニファの話に耳を傾ける。

「今のロッシナは、地方の一都市扱いです。一国どころか、やっと街の規模ですね。住人は、人族は三分の一以下で、他は獣人族の各部族、ドワーフ族、天空族など多種多様ですよ。これだけ多くの種族が一緒に暮らしているのは、人族の国で珍しいと聞いています。トラブルはありますが、それなりにうまくやっていますよ。

 小人族の方は、時折いらっしゃいます。単に旅人であるか、過去ここに住まわれていた方ですね。後者はめっきり減りました。直近は何年前でしたか。」


 薬師の館は、通りに面した大きめの建物だった。周りに比べるとどことなく無機質だ。病院みたいだと思ったら、まさにその通り。店舗の他に、処置室、調剤室や病室もあるんだって。薬草かな?独特な香りが漂っている。

 その建物横の通路を抜け裏手に行くと、中庭を挟んでジェニファの役宅がある。こちらも二階建ての、なかなか立派なお宅だ。街の小人族の人は、こちらで待たれているという。


 通された、応接室らしい場所。

 繭を斜めに切ったような椅子に座っていたのは、赤みかかった白髪に、印象的な朱色の瞳の少女だった。

 少女はにっこりと笑うと、花びらのような唇をひらいた。

「イライジャ様。よくお戻りになられました。アタシはスピカと申します。」



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