第3話

「先ぶれがありました。明日、ジャロウ伯爵の御用馬車が通過されます。よって、明日、街から出立、日中の外出を禁止します。期間は未定です。事故防止のため、ご協力をお願いします。」


 警備の男は同じ文言を繰り返すと、すぐさま宿を出ていった。

 これから各所に連絡して回るのだろう。

 連絡係が出て行ったあと、一気に店内の空気は急降下。明日一日の足止めが決まったんだ、無理もないよなあ。

「あー嫌だ嫌だ。お貴族様ときたら好き勝手しやがって。」

 噴き出す不満と、ここだけの愚痴。気になったんで、宿のおかみさんに伯爵のことをきいてみたところ、ロッシナという王家直轄地の、代官らしい。ロッシナ? おいおい、俺たちの目的地じゃんか、やな感じ。

 ちなみに、このジャロウ伯爵とやら、つい一週間前にも大々的におふれをだして、ロッシナへ向かったらしい。それで、もう明日には王都に向かってご出立。忙しいってゆーか、はた迷惑ってゆーか、ホント、お貴族ってなに考えてるのかわらん。

「ロッシナには、ここの街を通らないと行けないからね。」

「都に戻ったなら、次のお戻りは半年後かな」

「あー残念、実に残念だよー。」

 うーん、気持ちよく嫌われてますなあ、ジャロウ伯爵さんとやら。


 でもさ―――よりにもよって、ロッシナかよ。

 ロッシナ、かつて小人族の国があった場所。今はこの国の、辺境の一都市だ。なんかのフラグが立ってないか?客達の噂話は止まらない。

「ここらも昔はもっと栄えていたんだが、昔戦争があってね。」

「えー、知らなかったぞー」「若いもんは、知らねえか」

 お客さん方、アルコールが回って、タガが外れてきたなあ。

 どんどん飲む。喋る。愚痴る。そんで泣く。

 酔っ払いの会話ってさ、ひたすらループするんだよ。やだ、俺、しらふなのに。

「虫が夏の間いっぱいで」「やっと落ち着いて行商に」「やっつけたって?」

「そこの坊主も、すげえぞ」「腕の立つ護衛なのじゃー」

 イライジャは真っ赤っかのべろんべろん。

 いい加減、部屋へ引き上げよう。いらんことまで喋りそうだ。

「俺たち、お先に失礼しまーす」「おー、子供は早く寝ろ」

 皆さんも、ほどほどにね。


 部屋に“灯り”をつけて、イライジャをベッドに放り込んだ。ジジイはすでに夢の中。むにゃむにゃ寝言を言っているよ。背の鞄を下ろしてやってると、浮遊盤がぽろっと足から外れた。どういう仕組み何だろね、これ。

 さあて、俺は地図でも見て、先のルートを確認しておこうかな。

 それにしても――待機が一日で済めばいいけどさ。こればっかりは、ご貴族様のご気分次第だもんね。無礼打ちが普通にある世界だし。ほんと、やだやだ。


「ふんがあ…ぐおおうう……ふんがあ…」

 能天気にイビキかいて……爺さん、飲みすぎだよ、酒に弱いくせにさ。それにしても――。

「……あんたの寝顔を見るのも、あと何回だろ……」

 あれ、俺、今何を言った?まさか、もっと一緒に居たいとか、思った?

 いいや、こんなわがまま爺さんは、もう御免だってば。わがままじゃない時は楽しい爺さんだけど。うん、そこは間違いない。間違いないけどさ――

 頬をパンパン叩き、俺は気合を入れなおす。

「ジジイを無事に送り届ける、今はそれに全集中。」



 翌日。街は不気味なほど、静まり返っていた。

 貴族らしき一行が現れたのは、昼前になってからだ。

 砂煙を上げて、二頭立ての馬車が3台、護衛の騎馬が10数騎、門をくぐり街へと入ってきた。一行は広場近くまで進み、整列しなおす。立派なしつらえの馬車に、護衛たちも美麗な鎧ときて、すげー様になっているよ。さすが、お貴族様。

 そんな光景を、俺は鎧戸の隙間から見ている。小さい街で、メインストリート沿いに建物が集中していてさ。此処からでもほぼ、通りを見渡せるんだ。西部劇の街並みたい、って言えばわかるかな。

 それにしても、あれ、魔馬だ。体に豹みたいな斑点があって、耳の代わりに角が生えている馬。魔物に近いって聞いたけどな。街道でも一度、すれ違った事があったっけか。

「あれだけ魔馬をそろえるたあ、さすが王都のお貴族様だぜ。」

 一緒に覗いていた壮年の男性が、うらやましそうにぼやく。

「普通の馬と違う?」

「そりゃあ違うさ、並みの馬に比べたら、スピードとスタミナが桁違いだ。日に500キロを走る奴もいるらしいぞ。俺だって欲しいわ。」

「俺もだ―」どこからか、同意の声がする。

「もっとこっそり覗きな。見つかったら怖いじゃないか。」

「はーい。」「ほいほい。」

 おかみさんの注意に、俺たちは窓から離れた。宿の食堂は他にも、待ちぼうけを食らった旅人さん方が、そろってたむろしている。朝から向い酒だってさ。

 イライジャはというと、椅子の背もたれに、全体重を預けぐったり。こちらは二日酔いでダウン中…。


 つまり、俺達はやることない。騒がず、ただ、お貴族様が通り過ぎるのを待っているだけ。

 そうやって、息をひそめて、どのくらいたったかなあ。再び通りの方が騒々しくなった。馬の嘶きも聞こえる。また覗きにいくと、まさに騎馬と馬車が、街から出立するところだった。

 最後の一騎が門から出れば、どこからともなく、安堵のため息が聞こえた。

「おかみ―、一杯くれ。緊張で喉が渇いた。」

「こっちにも、一杯。」

 あーれー、さっきまで飲んでたのは、何かなあ。

 ともかく宿屋に喧騒が戻って、皆の緊張がすっかり緩んだ時。

 バンっと、宿正面のドアが開いた。またか、と思ったが、ドアの所にいたのは、昨日の厳つい顔のギルド職員だ。何事だろう、職員は俺の姿を認めると、

「ああ、きのうオオルリアゴヤンマを納品した冒険者さん。よかった、こちらにお泊りでしたか。申し上げなければならないことがあります。実はですね。ジャロウ伯爵がオオルリアゴヤンマをご所望となりまして。結果、すべて献上となりました…。本当に申し訳ございません。」

 そう言って、職員は深く頭を下げた。俺は素で「は?」と言ってしまったよ。


「詳しく説明をさせていただきます。」

 職員のいう、事の顛末はだね。

 街に入ったジャロウ伯爵に、誰かがお化けトンボの話を耳に入れたらしい。伯爵はすぐ、現物を取り寄せ、その場で献上させたという。大型も、小型も根こそぎ持っていったとか。献上品なので、御代の支払いは一切なし。「褒めてつかわす」というお言葉のみ頂いたと。なんじゃそりゃ。

「結果として、あなた様へ代金を支払うことも、素材をお渡しすることもできなくなりました。本当にごめんなさい。」

「うっそー。」

 そりゃあないわ。いくら特権階級だからって、人のモンを横からかっさらうとか。しかもタダとか。貴族のくせに、ケチ、強盗、極悪人!

 この話を目が覚めたイライジャが聞いていた、不味い!

「わ、わ、ワシの素材をおおお。どこの伯爵じゃあ、電撃を食らわせてやるぞ!」

「わわわわわ」「爺さん早まるな!それだけはやめてくれええ!」

 ナイス!お客さんズ!飛び上がりかけたイライジャを、いち早く抑えこんでくれた。そういや昨日、電撃を見たっけ。そりゃあ不味いよね!ご当地で代官暗殺とかね!

「イライジャ、落ち着け、あいつら魔馬だから。追いつけねえから!」

「ぐぬぬぬぬ。」聞こえてねえ~。目が血走ってるう~。

「あー、狩り。明日、狩りに行こう、な、狩り!」

「…狩り?」

「狩りだ!大物をぶっ飛ばそう!トンボがいるといいな!」

 ジジイめ、徐々に興奮が収まり、すとんと椅子に座った。

 お客さんたちと俺は、はああと、でっかいため息だ。

 うし、当面の危険は去ったな。俺は振り返り、真っ青になっているギルド職員を睨んだよ。嫌みの一言くらい、いいよなあ。あ?

「―――冒険者ギルドって、独立した団体じゃなかったっけ?」

「建前ではそうです。でも、働いているのは地元の人間なんですよ。トラブルは起こしたくないんですう。」

 じゃあ、本部へ報告を入れるのかと聞けば、貴族相手にそんなことしません、ときた。

「黙って泣き寝入りしろって事かよ!」

「坊主、あんまいじめてやるな。」

 ここで他のお客さんから、ストップがかかっちゃった。

 俺の気持ちもわかる、だけど、ここは押さえろと。俺たち平民が、貴族相手にどうこう言ったって、覆ることはないからってさ。そして、心配そうにみんなが俺を見るんだよな……

 わかってる。我慢するしかない、ってさ。わかっちゃいるけど。腹が立つじゃねえかよ。


 ―――結局、引き替え書は、ただの紙くずになっちゃった。手付金も返せだって!


 そうそう、ジジイのご機嫌はなんとか復活できたよ。

 翌日の狩りの成果は―――全長50cmのトンボが1匹と、猫くらいのバッタが2匹のみだったね。

 残念。

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