第2話

「素晴らしい!なんと大きいオオルリアゴヤンマでしょう!しかも翅がほぼ原形をたもっているとは。これは奇跡ですっ。」

 ギルド担当者、開口一番がこのセリフだ。なーんか、ジジイと同じ匂いがするぜ…。


 街に着いた後、俺たちは冒険者ギルドへ直行した。お化けトンボは、イライジャが浮遊魔法をかけた上で、俺が引っ張ってきたよ。もっとも回収できたのは、原形をとどめていた二体のみだ。5m級と、1m未満のやつ。小さい方は損傷が大きいな。他の撃ち落とした奴はバラバラだったので、その場に埋めるしかなかったわ。魔石は見当たらず、吹っ飛んだかもともとなかったか。

 さっそく納品、鑑定、となったわけだけどさ。

 担当は厳つい顔の大男で、でも魔物を見る目が、妙にキラキラしているんだわ。それであのセリフだろ?やっぱヘンタイにちがいない。俺の冷たい視線に気が付いたのか、担当の職員は、慌てて居住まいを正した。

「失礼しました。このオオルリアゴヤンマは、翅が無傷で納品されることが、滅多にありませんから、つい興奮してしまいましたよ。あなた方が討伐されたのですね。」

「ああ。これは、珍しい魔物なのか?」

「ええ、ええ、ええ!」

 だ、か、ら、目をキラキラさせるなって。

 職員は手袋越しで、翅をなでている。そりゃあ、いとおしそうに。

「オオルリアゴヤンマは、小さい個体は比較的多く納品されます。ですが大型となるとなかなか。さらに翅に至っては、討伐時に破損しますので、納品されも良くて元の半分、大抵はかけらのみなのです。このサイズのものが無傷だった例は、ここ数年記憶にございませんね。」

「そうなんだ。」「なるほどのう。」

 あらためて見るとさ、確かに、綺麗な翅なんだよね。

 翅全体は玉虫色で、翅脈で区切られているせいか、ステンドグラスにも見える。加えて、一枚が畳一枚以上のサイズとくる。それが三対でしょ、担当さんが興奮するのも、当然かもしれない。

 他の部分にも値が付くんだけど、翅に比べればかなり下がるらしい。

「これだけのものになると、買い手が殺到しますよ。」

「いや、翅は売らんもん。」

「え、ええ?」

「こんなに綺麗なんじゃもん、なんか作れそうじゃもん。」

「まさか、全部引き取るとか、おっしゃいませんよね?」

「その全部じゃ。こんな面白い素材、人にはやれんわい。」

 でた、素材マニアめ。こうなったら、爺さん、止まらないんだよなあ。しかし、ギルド職員も必死で食らいつく。

「いやいやいや、6枚もどうなさるんです。持っていけますか?ここまで運ぶのも大変だったでしょうに。」

「その辺は、どうにかするぞい。」

「どうにかするってお客様。取り扱い方を間違えたら、すぐボロボロになってしまいますよ。価値も品質も下がります。ここは専門である私たちに、ぜひ、お任せください。」

「いやじゃー、ワシも欲しいんじゃもーーん。」

「そこを何とか!」

 似た者同士の争いが始まったよ……どっちも引けないんだろうなあ。よくわかんない世界だわ。それから約30分後、イライジャとギルド職員の攻防の結果は、というと。

 爺さんの取り分が、大型の翅一枚に小型の翅を全部。残りはすべて、ギルドのお買い上げで決まった。どうやら爺さん、途中で気が付いたと思われる。どうやったって、畳大のやつは魔法の鞄に入らない。そのまま外気に触れたまま運ぶのは、品質管理が難しい、とね。

 激しい戦いを終えたギルド職員は、滝のような汗を拭きながら、

「ありがとうございます。さて、お支払い並びにお引き取りについてですが、当ギルドは御覧のように小さい支部でして。解体に少々お時間をいただきます。明日までには、完了させておきますので。」

 手付金と引き替え書をもらって、俺たちはギルドを出た。残金と素材引き取りは明日、ってことだよ。出てすぐに、イライジャがぶつぶつ文句を言い出す。

「いつものように、お主が切り取ればええのに。」

「俺、虫の解体はやったことねえんだって。」

 俺が解体すると、あの翅はバラバラかもよ?って言ったら、やっと納得したよ。

 それよりも、また浮かせたまま運ぶのかなあ。

 俺、引っ張る物が増えるのか、まあいいけどさ。まず、今夜の宿だ、宿。



 取った宿は、街道にいた旅人さんたちと同じ所でした。

 この街は小さいから、当然と言えば当然だね。

「おお、命の恩人と同じ宿とは!なんという運命。」

「聞いてくれ、爺さんの魔法は、そりゃあすごかったんだぜ。」

「電撃がこう、バリバリドッシャーン、てな。」

「それはぜひ聞きたいわね。」

「うひょひょひょひょ。」

 早速、宿の他の客も巻き込んで、どんちゃん騒ぎになっちゃった。

 恰幅のいい宿のおかみさんも、仕方ないねえと言ってくれたからいいけどさあ。

 結局、男性も女性も、みんな笑って、機嫌よく食べたり飲んだりして、楽しい酒になったよ。いい店だねえ。俺?俺はお茶でーす。見た目子供だから、お酒はダメだってさ。ふんだ。


 オオルリアゴヤンマの話も出たぞ。でかいのが雌、小さいのが雄。今日は、番探しにでも集まっていたんじゃないかってさ。

「期待していいぞ、査定は高いと思う。であるから、俺に奢るのだよ、爺さん。」

「トレントとどっちが高いかのお、ひゃひゃひゃ。」

「あらまあ、そいつまで狩っちゃったの?すごいお爺ちゃんなのね。」

「実はそうなんじゃよ、ほっほっほっほ~。」

 爺さんはおだてられて、すっかり上機嫌だ。


 そんな調子で楽しくワイワイやっていたら、いきなり店のドアが叩かれた。

 入ってきたのは、街の警備。

「通達!」

 男の大きな声が、店内に響く。


「先ぶれがありました。明日、ジャロウ伯爵の御用馬車が通過されます。よって、明日は街からの出立、並びに日中の外出を禁止します。期間は未定です。事故防止のため、ご協力をお願いします。」


 なんですと?



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