5章 オカエリ サヨナラ

第1話

 早朝の宿の一室。

 俺は今、ベッドの端に座りイライジャと手を繋いでいる。

 これ、手遊びじゃないからね。爺さんが俺に魔力を流して、体ん中をチェックしてんだよ。少しだけ、こそばゆく感じる。俺、このあいだ魔法使いすぎて体調を崩しただろう?ここんとこ調子はいいんだけど、魔法は使うなって言われているよ。

 しばらく経って、イライジャはうむ、と頷き手を離した。

「すっかり治っておるようじゃ。よう我慢したの。」

「ほんとに?」

「本当じゃ、もう魔法を使ってもええぞ?」

「――――水球。」

 俺は、恐る恐る魔力を集めた。――手のひらに現れた、ビー玉大の水の玉。

 その水玉を通して、爺さんが逆さに映る―――。

 ああ、また、魔法が使えるんだ。

 長かった。すげー長かった。くそう、鼻の奥がツンとする。

「前と同じように、使ってもいいのか?」

「徐々にじゃぞ、いきなりでかいのは、ダメじゃぞ。」

「信用ないなあ。」

「前科があるからのー。」

 ジジイめ、にやにやしやがって。こっちはホントしんどかったんだから。まー、自業自得なんだけどさ。俺は水玉を消すと、荷物を手に持ち立ち上がる。

「じゃあ、行こうか。」

「そうしようかのう。」

 さあ、今日も旅を続けよう。



 やあ、俺はヒューゴ、8級の冒険者だ。

 俺に杖を引っ掛けて、浮いたまま移動してんのが、イライジャだ。彼は魔道具技師、見た目ジジイの小人族だよ。現在俺達は、イライジャの故郷へ向かっているところ。

 イライジャと一緒に旅を始めて、どれぐらい経ったかな。寄り道も多かったし、お互い反発して喧嘩もしたけどさ。今じゃいいコンビだと思っている。


 俺、しばらく前に、自分のキャパ以上の魔力を使っちゃってね。その時、体にすげー負荷が掛かったんだって。だるいし、しんどいし、ふらふらするし。ジジイから、「これ以上魔法を使ったら死ぬぞ」って脅されたわ。それでずっと、魔法禁止だったってわけだ。

 以下、ジジイの説明によると―――――。

 魔法使いってもんは、何年、時には何十年とかけて、体を作っていくものらしい。赤ん坊が、寝返りをうって、ハイハイして、やがて立って歩くように。魔法も同じ、より大きな魔力を使い、魔法を行使するために、ある意味専用の体を作り上げなきゃいけない。

 魔法に目覚めて一年の俺は、赤ん坊の範疇なんだとさ。赤ん坊が、重いダンベルを持ちあげちゃあダメよ、ってこと。筋肉つけろって言ってんじゃねえ、例えだ、例え。

 まあいいや。それで魔法禁止の間は、座学の方を叩き込まれていました!呪文とか、魔法文字とか、その関係性とか!その前に、書き取りとか!毎日、頭が爆発したぜ……。


 草原を通る街道を、調子よく走る。

 結構通行人が多いね。ぶつかりたくないから、たまに歩いたり追い抜いたり、いつもよりスローペースだ。

 周囲の草木には、赤や茶色と言った色が目立ちだした。もう秋なんだなあ。トンボが飛んでいるのも、風情があるじゃん。群れを作って、ぐるぐる回ってさ。

 ん?なんか俺たちの真上で旋回しているな。だんだん、高度が下がってきて……ちょっと!コイツら、めっちゃくちゃデカいじゃないか、って魔物かよっ。

 特大の複眼に、ガチガチ鳴らす顎、ブォーンとか、ブォーンとか、羽音で耳が痛てえわ。

 おっと、攻撃態勢になったな。ターゲットは俺たちかい。

 そりゃどっちも小柄で、弱そうに見えるけどさ。

 おまえたちみたいな野郎まものを、みんなぶっ飛ばしてきたんだよっと!


「ウォーターボール!」

「徐々にと言ったぞい!」


 水球連発、同時にイライジャの電撃が魔物に炸裂した。

 俺たちコンビの最強パターンだぜ。喰らったら最後、墜落するだけだ。トンボども、地面にぼとぼと落ちて、ぴくぴくしている。運よく直撃しなかったやつは、蜘蛛の子を散らすように逃げやがった。

 おお、落ちた奴のなかに、マジで大きい個体がいるじゃんか。コイツ、胴体だけで4~5mありそうだ。複眼はボウリング玉だし、三つもあるし。翅は三対だし!痺れてるくせに、飛ぼうとしてるし!


「シャアア――――ッ」


 デカいだけあってしぶといな。早くにとどめ――――あ。

 ジジイが、お化けトンボを舐めまわすように見ている。…まさか…

「ヒューゴ、そのデカブツの翅を所望するぞい。傷つけんようにな!」

「無茶を言う……。」「欲しくなったんじゃもん!」

 やっぱりなあ、ジジイの性癖が出ちゃったよ。虫系は初めてだったっけ。

 でもどうしよう。傷つけるなと言われても、このままじゃ危険で近寄れないし。うーん。

「よし、虫だって呼吸する、よな。―――水よ。」

 ぽこぽこと水球が湧いて出た。そのままトンボの胴体部分にまとわりついて繋がり、一つの細長い水隗となる。分厚い水の鞘で、トンボを包んでいる感じ。うんうん、水の操作もすっかり元通り、それ以上だね。

 でも魔物も必死だ、水から抜け出そうとしてもがいている。

 じゃあちょっとだけ、水圧をかけてみようか。うし、抑え込めたから、捩じってみよう。いけね、頭が取れた。は、翅は?無事だね、はぁ~ヒヤッとした。お化けトンボは動かなくなったから、万事オッケーってことで。

 念のために、他の痙攣しているヤツも水につけとこう。これでひと安心だ。

 ん?イライジャが、盛大にため息をついているけど、なんで?

「お前、結構容赦がないの?」

「―――あんたには言われたくない。」

 ふと視線を感じたんで、そっちを見たら。

 近くに隠れていた旅人たちが、あんぐり口を開けて見ていましたとさ。



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