第7話

「いざとなったら、ひっさらって逃げるからの!ええか!」

「りょーかい」


 俺は少し離れた丘に降ろしてもらった。大顎もいない。イライジャは空中待機だ。

 トレントは、ここを目指して来るだろう。俺に狙いをつけているからね。


 さて、腹をくくるか。


 やれることをしよう。

 集中だ。風を自分の思うまま動かせるように。

 同時に、言葉を探そう。

 俺は、正しい呪文を知らない。

 だが、何をやりたいのか。それを言葉で形にすれば、魔法の形を作りやすくなる。

 それは、わかった。

 小さな水の玉を作った時に、わかったんだ。


「風よ、風よ、吹け、吹け、強く、強く」

 空気が重い、大きく動かそうとすると、恐ろしいほど重い。まるで水中で闇雲に動かす櫂のようだ。重くて重くて、ちっとも動かない。

「風、風、風よ。集まれ。集まって、トレントに向かって吹け。」

 さわさわと、髪の毛が揺れる。こんなんじゃない、もっと強く。

 空気を動かせ、魔力の櫂で流れを作れ。風を作れ。もっと。もっと。


 びゅるうううう。ひゅぅうう。

 強めの風が、俺の周囲に吹き始る。

 流れろ、流れろ、水のように、トレントに向かって流れろ、風よ。


 イライジャは空中で、徐々に近寄るトレントを見ていた。


 彼は先だって、前回使用した砲弾を試した。

 結果、まったく歯が立たなかった。瘤のせいかどうか、幹はさらに強靭となっている。

 ファイルから、一枚のカードを取り出す。

「リバース」

 現れたのは、幅50約センチもある黒い六角形だ。厚さは30センチ、この分厚い六角形の側面に金銀のラインがあった。それがふっと浮き上がると、三重のサークルとなって六角形の周囲を回りだした。中央の物体は、鈍く光っている。

 中央部分をイライジャが触ると、一面全体に小さな六角の窓が開いた。まるで蜂の巣だ。六角の窓の中が、すべて満たされていることを確認したのち、彼は窓を閉じた。そのままそっと、空中に送り出す。

 周囲の円環がくるくると回り、トレントの上空へと飛んでいく。蔓の届かない位置だ。

 アレを落とせば、ヒューゴの望むものが得られるだろう。ただし、あれ自体は、二度とカードの形に戻れまい。本音をいえば、一枚でも失いたくはないのだが。

だが、今、必要なのはカードではなく、六角形のアレのほう。

 イライジャの周りにも強風が吹き始めた。この強風でも、浮遊盤やあの武器が安定しているのは、障壁を張ってあるからだ。だが、これもいつまで持つか。

 ごおおおおと、さらに風が強く鳴りはじめた。

「…ころあいかのう」

 トレントの位置を確認し、イライジャは「魔力」を操作して、武器の「スイッチ」を入れた。


 六角形が分裂した。ハチの巣が縦に割れるように、六角柱が一つずつ落ちていく。

 のしりのしりと歩む、トレントに向かって。

 ドオォォォォーン。それは接触と同時に爆発を起こした。

 炎は飛び散り、風が火の粉をまき散らす。

「GYOOOOOOO―――――」

 巨体が身をよじった。答えるように、蔓が火を叩き落とすが、ままならない。

 その後も分裂しては落ち、弾け、幹を蔓部分を燃え上がらせていった。

 六角柱すべて落ちた時には、火の勢いは蔓ではもう、どうにもならなくなっていた。

 仇敵を前に、遂にトレントの前進が止まった。

 川の方へ、戻り始めたのだ。


「煽れ、煽れ、炎を育てろ、もっと大きく、熱くなれ。」

 強風が吹き荒れている。でもまだ、もう少し。もう少し足りない。

 足りないのは、風か?魔力か?言葉か?でもあと少しなんだ。

「風よ、風よ、仲間を呼べ、そして炎と共に、天に駆け上がれ!」

 ぐんっと、何か引っこ抜かれる感じがした。


 ゴオーーーーーッ。

 上昇気流だ、周囲から風がさらに呼びこまれてくる。


「――――火災旋風!」

 

 ドオオーーーーンン。


 巨大な炎の柱が、川辺に立ち上がった。

 炎の柱は、炎の竜巻となって、渦を巻き、天に昇っていく。

 燃え盛るトレントの幹から、なにかが剥がれ落ちていった。一体化していた大顎だ。燃えながら、ぼろぼろと落ちていく。ぼろぼろと、はげ落ちて、灰になった。やがて傷だらけだった幹を守るものは、何もなくなった。

「――――GYOOOOOO――――」

 トレントは、ついに動きを止めた。


 業火が、幹も根も蔓も、すべてを包みこんでいた。

 太い幹のその芯にまで熱が入り込んでいる。

 すべてを燃え尽すまで、消えることはないだろう。



 GUOOONN――

 ――――GOOOOONN。

 炎の柱から、地の底で響くような音が聞こえる。

 それも、だんだんと小さくなっていく気がする。


 その音を聞きながら、俺は座り込んでいた。

 魔法が発動?した後、俺は立っていられなくなったんだ。

 はじめてだよ、こんなのは。ここに魔物でも来たら困るなあ。弓はどこかへ落した、今は魔法を使えないと思う。直感だけど。ナイフは、どこだっけ。

 そこへイライジャが、低空飛行でやってきた。掬うように抱えられ、くるんと彼の背中に回される。おんぶみたいな恰好だ。爺さん、やっぱちっこい、とか思ってたら、雷が落ちた。

「馬鹿者!なんという魔法をやりおるんじゃ。」

「…えーと。燃えただろ?」

「燃えすぎじゃ、アレは一体何じゃ。」

「火災旋風、かな。すげえ疲れた。」

「当然じゃ、めちゃくちゃに魔力を使いおって。」

 死ぬぞ、とささやかれた。ほんと?


 風はまだ強く吹き荒れている。炎の柱も、いまだ形を保っているが、もう、アレからは魔力を感じられない。

 今は少しずつ、その形を崩しているようにも見える。

 今度こそ、あの巨木が動くことはないだろう。


 浮遊盤に乗ったまま、向こう岸へ向かう。ぽつぽつと、雨が降り出した。

 まだ炎の柱は見えている。徐々に力は入るようになったけど、だるいな。

「まったく。末恐ろしい奴じゃのう。あんなもの発動しおって。」

「俺一人じゃ無理だったって。」

 俺は、風を操っただけ。上昇気流を起こすように、しただけ。

 最後にちょっと、炎がでかくなるように煽ったけどさ。

「火をつけたのは、イライジャだよ。相変わらずすげえ武器だわ。」

「そうじゃろう、そうじゃろう、ワシの秘密兵器じゃからの。」

「…アンタさ、いくつ持ってんの。」

「それは秘密じゃ!制限時間が来る、急ぐぞい。」

「ん、よろしく。」


 やがて雨は本格的に降り出した。

 豪雨のカーテンは、何もかもを覆い尽くし、やがて何も見えなくなった。

 



 ケイトリンの手記


 〇月〇日、南東方面の街道が通行止めになりました。

 大顎が川から上がってきたと報告があったためです。今回は予測外でしたわ。

 同時刻に、大顎の上がった地点で炎柱が上がりました。巨大な炎柱で、遠くからでも見えたそうです。しかもかなりの時間、存在していたといわれています。

 その場所に冒険者達がいた模様で、同時に大型トレントの出現報告もありました。彼らがほぼ全滅したため、確認はとれておりません。彼らは大顎と出合い頭に襲われたと思われます。残された遺体は、原型をとどめていませんでした。行方不明者も多数で、数名が逃げのびたものの、怪我がひどく冒険者復帰は難しいと思われます。

 残りの大顎は、他の冒険者たちによって無事、討伐されました。やはり、準備なしで狩るには、危険な魔物でございます。

 今回納品された大顎は、食肉には回されません。人を食べた可能性が大ですので…皮と油のみとなります。

 同日、何組かの旅人と住人が街を出ております。こちらも安否の確認が取れておりません。

 なお、炎の柱が何だったのか、いまだに不明です。

 炭のようなものが残されおりましたが、その後の雨と川の増水で流されました。

 二日後、通行止めは解除となりました。


 私は確信しております。

 炎の柱は、きっとイライジャ様がなさったのでしょう。大顎はよく燃えますもの。脂が欲しくて、誰も燃やさないのですから。イライジャ様ならきっと大丈夫。いつかまた、ツインレイクにお立ち寄りになると思います。私はお待ちしています。




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