第6話
翌朝、空は曇り。
俺たちは足早に街を出た。門にいる警備は、まったくこっちを見ない。
すっきり解決とはいかなかったけどさ。自分の中で、折り合いはついたと思う。これからもきっと、こんな事があるんだろうな。
イライジャは浮いたまま、走る俺に引っ張られているって形だ。これが一番早いよね。
道は蛇行して、かなり見通しが悪い。通行人は、ぼちぼちいるなー。
しばらく走っていると、三叉路にでた。ここにも道標がある。ふむふむ、この先の橋を渡れば、いよいよ南方の街道に通じると。さあ、行くか。
道標通りに進めば、やがて川が視界に入ってきた。
そのまましばらく、川沿いの道を走ったんだけどさ。いっこうに、橋にたどり着かない。おかしいな。
「なあ、道はこっちであってたよな?」
「さっきの分岐点かの?矢印通りじゃったぞ。」
「――何時まで経っても橋がない。」
岸から覗いてみても、上流下流とも見える範囲に橋はない。川は結構幅があるし、深さもありそう。かなり水も濁っているね。これはちょっと、渡れないなあ。
そういえば、道標は以前と同じタイプだった。地名の板と、矢印の板を、杭に打ちつけてあるやつ。同じタイプ?……あれ?
「もしかして、俺、又、引っかかったあ!?」
―――膝から崩れ落ちたわ。爺さんが慰めてくれるけど、ダメージがでかい。この期に及んで嫌がらせとか、ほんとせこいな!
仕方ない、回れ右だ。無駄な時間を食ってしまったよ。
次は、乗合馬車を利用してみようかなあ。少なくとも、俺と違って道を間違わないよね。なんて、自虐ネタに浸っていたらさ。前方に気配がある。
――そう来たか。これ、嫌がらせの範疇を越えてね?
ほどなく現れたのは、冒険者らしいいで立ちの男ども。10人以上はいるな、知っている顔があるじゃん。体格の良い濃いめのイケメン、クラークだ。
クラークは、さも馬鹿にしたようにせせら笑った。チームの仲間、いや、手下だな。彼らも追従して笑う。
「ああ、面白かったぜ。毎回引っ掛かるんだもんな。いい見世物だったよ。」
そういって、大げさに手を叩く。セリフもずいぶんと芝居がかってやがる。
せっかく手が切れたと思ったのに。ほんと、めんどくさい奴だ。
「なんの用だよ。暇人。」
「ガキは黙れ。」
おっと、俺には用がないんだってさ。
「爺さん、イライジャって言ったか。あんたに最後のチャンスをやる。俺のチームに加われ。
もっと名を上げるためにも、魔法使いが必要だ。マジックバッグも欲しいんだよ。あんた、持ってるよな?警備はうまいこと騙したようだが、俺の目はごまかせないぜ。今ならあんたの取り分を、多めに設定してやる。どうよ?」
イライジャはやれやれと頭を振り、
「頭が悪い男じゃの、断ったことを忘れるとは。」
「この、モウロクジジイが……」
クラークの端正な顔がゆがむ。手下に向かって大仰に両手を広げると、
「仕方がない、痛めつけて言うことをきかせる事にしよう。
いいか、ジジイは殺すな、捕らえろ。鞄も壊すな。ガキは好きにしていいぞ。やってしまえ。」
「へへへ、」「そうこなくっちゃ。」
連中はもう、各々手に武器を持っている。やる気満々だね。いきなり突撃してこないのは、やはり魔法を警戒してだろう。一応、念を押しておこうかな。
「やめとけ、こっちには魔法使いがいる。」
「へっ、どうせファイアーボール数発でおしまいだろ。」
「ジジイの魔法なんざ、躱してやる。」「すぐ魔力切れだ、あっはははは。」
うーん?普通の魔法使いってそんなもん?
お、退路を断つつもりだな。一部が俺たちを川の方へ挟むように動いている。
「ヒューゴよ。賊に情けは無用ぞい。」
「…わかってるよ。」こんな場面で、きれいごとなんか言わない。だから…。
予告なく、複数の矢がこちらへ放たれた。
――だから、思いっきり魔法をぶっ放す!
「エアクッション!多重!」
飛来した矢は急速に勢いを失い、ヘロヘロと地面に落ちた。
固めた空気の壁だ、何重も重ねりゃ、そうそう突破できるもんか。
「???」「ガキが?なにしやがった?」
「ウォーターボール!連発!」
何が起こったか、わからないなら好都合!片っ端から、水球をぶっつけてやる。
スピードの乗ったバスケットボール大の水塊だぞ。形も崩れず直撃すりゃあ、痛いどころじゃねえよな。躱すとか言った野郎、やってみろや。
「こいつ、何発撃ちやがる」「底なしかよ、こんガキ」
「何をやっている、たかが水だろうが!」
クラークが怒鳴ってるね。げ、水球を切り飛しやがった。腐っても中級か。くっそお。
でもここで、イライジャへバトンタッチ。
ウォーターボール連発で、あたり一帯は水浸しだ。わかるよね?
軽くイライジャが、杖を振った。
バリバリバリッ、ドッシャーン。
イライジャお得意の電撃の雨だ。円盤が大活躍だよ、こうでなくっちゃ。
ごろつきの連中は仲良く感電して、まんま陸に打ち上げられた魚状態。ザマアミロ。ちょっと、出力高めかな?奴らの心臓が止まってないといいけど。そうそう、杖はリバースの目くらましで使い始めたんだ。すっかり様になってるよ、爺さん。
クラークは、立ちすくんでいた。
たった今、仲間の全員が戦闘不能にされてしまった。ひ弱そうなジジイと、気味の悪いガキの二人に。魔法使いなんて、火球数発で魔力が切れるようなものだろ?火種か給水係しか役に立たないだろう?雨の様に降り注ぐ雷など、どこかの英雄譚でしか、聞いたことがない。まさかあのジジイが、そんな高位の魔法を、使いこなせるなんて思わなかった。あのガキもそうだ。たかが水の玉で、大の男をぶっ飛ばすなど。ありえない。
俺を、騙したんだな。奴ら、無力なふりをして、俺を。俺様を。この俺様をだましやがったんだな!
「うおおまえらあ、ゆるさんぞおおおっ。」
絶叫と共に、クラークが突進してきた。その手にはロングソードがある。
イライジャは急速上昇、俺はボーラを投げて、飛びすさった。
三股のボーラは、狙い通りクラークの足を絡めとった。つんのめった彼は、顔面から泥水の中へダイブ。
呻きながら起き上がろうとしたクラークへ、俺は矢を放った。
矢は吸い込まれるように、彼の目へ―――。
「ぐわあああぁぁぁぁあっ」
う、当たっちまった。蹲って喚くクラーク、そういやこいつだけ感電してないぞ。
魔法耐性がある防具かな、めんどくさい。
そこへふわりと、イライジャが降りてきた。
「ヒューゴ不味いぞ、魔物じゃ。」
「は?」よりにもよって、この非常時に?
「えらく強い魔力が来よる。離脱するぞい。」
「わかった。」
クラークがもたついている間にさっさと逃げよう。魔物と三つ巴とか、絶対嫌だ。
一方、感電した連中は、泥水の中で唸っていた。何とか命は拾ったが、もう一度、あの電撃が来たら、死ぬ。リーダー?命令?知るか、自分の命の方が大切だ。さっさと逃走したいが、肝心の体がうまく動かない。それでも何人か、よろよろと動き出したころ。
川の方から、大きな水音がした。
まさか、大顎が上がってきたのか、大雨でもないのに。
だが彼らの瞳に映ったのは、大顎ではないもの。
ソレは、水から這い上がろうとしている、巨大な何か。姿は太く、歪な瘤だらけの円柱のようだ。複数の触手が伸びて、ずり、ずり、と本体を陸に引き上げている。
男たちはゴクンとつばを飲み込む。
その彼らの前で、触手がソレを支え、ゆっくりと直立した。
体中を瘤におおわれた、醜悪なソレは……。
「ト、トレント!」「なんで、トレントが、川から上がってくるんだ!」
「GYOOOOOOOO」
吠えた。空気が割れるような重低音に、無法者たちは耳を抑えた。
俺の耳は、彼らの声を拾った。トレントだって?
振り向けば、川辺に巨大な木のようなものが、ある。
瘤だらけのぶっとい本体に、枝葉代わりの触手。なぜか瘤は、大顎の形?。
その瘤は、もぞもぞと動いて……まさか、大顎が、生きたまま、トレントの一部になっている?
わけがわかんないよ!
トレントのあとから、並みの大顎も川から上がってきているようだ。
川から離れよう。此処から離れて、街に助けを求めるのが最善のような気がする。
くそ、コイツに効く毒が何か、聞いときゃよかった。
「ヒューゴ!」「げ」
「シャアアーーーッ」
俺は、イライジャの浮遊盤に飛びついた。
左右に全開されていた口がスパン、と閉じる。あっぶね。俺がいた場所じゃん。
いつの間にか近づいていやがったか。川から距離があるって、油断してたかも。獲物を狩り損ねた魔物は、ガチガチと歯を鳴らす。その場を急上昇で離れた。
両手でぶら下がったまま、イライジャに声を掛ける。
「助かった、すぐ降りるから。」
「大丈夫じゃ、重量制限をあげたからの。」
「お、さっすが。」
「15分が限界じゃぞ、回路がショートするでな!」
「わかった!」
浮遊盤は上昇していく。空中からは、現状がよく見えた。
トレントはゆっくりと、移動している。そのトレントのあとを、大顎の大群が川から這いあがってきている。俺たちを襲った無法者たちは、必死に大顎から逃げている状態だ。追いつかれたら、食いちぎられるか丸呑みされるかの二択。このままじゃ全滅だろう。
でも一番気になるのはあれ。
トレントが、こっちを視ている。なんとなくわかる。
「狙いは俺たちかな。」
「そのようじゃ。」
のそり、のそり。俺たちの方へ向かってくる。
アレはつい先日、俺とイライジャが戦った個体に間違いないだろう。そう感じる。
どういう理屈か、コイツは自分を襲った大顎と一体化して、蘇ったと思われる。より、パワーアップしてるな。あと、足が遅くなったな。
「ここで逃げても、ずっと追っかけてきそうだ。」
「狩るつもりか?じゃが、ワシらにゃ到底倒せんぞ。」
「イライジャ、魔法じゃなくて、盛大に火をまき散らすような武器、あるか?」
「あるぞい」にいいと、ジジイが笑う。
「だがアレに火が点くかのう?仮に一部燃えたとして、川に飛び込まれれば終いじゃぞ。」
「行ける…と思う。燃料は大顎の油分。あとは、酸素、えーと新鮮な空気さえあれば。」
大抵のものは、燃えるんだよ。
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