第5話

 三日経過。警備から連絡なし。

 妙なことに、クラークからは接触があった。「一度会おう」とか「飲もう」とか「討伐へ行こう」とか。何度もイライジャ宛てに伝言が届いている。犯人扱いしておいて、わけがわからん。だから無視。

 俺たちは買い物に外食にと、のんびり過ごしている。あとは、部屋で魔法の練習や、イライジャは本業の魔道具作りだね。

 一回、食事中にクラークの仲間にかち合ってな…半分屋台みたいな立ち食いの店でさ。あの四角い奴とヤセのコンビが、人が食べてんのに、横から唾を飛ばしてきやがった。

「おお、ここに盗人がいるぞ。」

「もう出てきたのか。金でも積んだか。俺たちから盗んだ金でさ!」

 無視だ無視、でも周りは興味津々の様子。

「はん、何時呼び出されるか、ひやひやしてんだろうがな。」

「ざまあ見ろ。ちょっと魔法が使える位で威張るからだ。」

「早くクラークに頭下げな。じゃねえと、わかってるよなあ。」

「豚箱に逆戻りだ、ぎゃはははは。」

 馬鹿みたい。喋るだけ喋って満足したのか、そのまま街へ消えていったよ。

 そろってため息をついていたら、他の客から慰められたわ。

 


 そんな感じで五日経過。連絡は来ない……。余裕があるといったって、限度があるわな。

 俺たちは重い腰を上げ、警備の詰め所までやってきた。先日の二人はおらず、一人捕まえて俺たちのことはどうなっているかと聞いてみた。


「何の話か分からない。勘違いでは?」

「ほおお?」


 どういう意味?―――俺が戸惑っていると、イライジャは平然とした顔で、

「では、おいとましてよいかの?」「ああ。」

 ってこれ、何をいってんだ。勘違いって、盗人扱いしといて、おまえら!

「イデッ」ジジイの杖が頭を直撃した。

 そのまま問答無用で、俺を詰所から引きずりだしやがった。杖で引っ掛けて、いつもの逆だし!少し離れた所で、やっと解放だよ。んで、お説教モードに突入だ。

「落ち着かんか。今にも殴りかかりそうな面じゃったぞ。」

「だってさ、アレはないよ。あれだけ疑っておいて、勘違いとか、ない!」

「そうじゃな、だが、ここで怒っても解決はせんからの?」

 のう?って…つぶらな瞳に見つめられたら、俺、何も言えないじゃないか!


 とぼとぼと、歩いて宿へ戻る。

 何か話そうとしても、言葉が見つからなくてさ。

 結局、無言のままで、宿にたどり着いた。


 帰ったとたん、爺さんに来客ですと。

 まさか、クラーク?変な顔をしたんだろうな、宿の人は苦笑いして、

「商業ギルドの方です。女性ですよ。」

 あちらに、と手を向けられた方に女性が立っていた。

 肩にかかるグリーン系の髪、どちらかというと、かわいらしい顔立ち。パンツスーツもびしっと決まった彼女は、目が合うとにっこり笑った。

「初めまして。私はケイトリンと申します。当ツインレイクの商業ギルドに勤務しておりますの。イライジャ様、ファンです。サインください。」



 米つきバッタのように頭を下げている女性がいる。ケイトリンだ。

「申し訳ありません。お会いできた嬉しさに、つい我を忘れ欲望を口走ってしまい、本当に申し訳ありません。本来の要件を忘れるなんて、あるまじきことです。」

 すごい勢いで謝られたよ。おかげで俺は、平常心を取り戻した感じ―。

「まあよいわ。本来の要件とは、何じゃね。」

「例の冤罪についてです。」

 コホン、と彼女は咳払いすると周囲を見た。

 人に聞かれたくないのかな?

「外でお話ししませんか?おいしい物でも食べましょう。奢りますわよ。」


 連れてこられたのは、大通りにある小ぎれいなレストランだ。二階建てで、オープンテラス付き。これまた洒落た個室に案内され、俺たちは席に着いた。料理の注文が済むと、ケイトリンは改めて、頭を下げた。

「イライジャ様には、長時間御不自由をおかけいたしました。今朝になってようやく、当ギルドに情報が入ったのです。深くお詫び申し上げます。」

「顔を上げてくれんかの?訳がわからないまま事が進んでの。」

「はい、ではこちらで調べた経緯を、説明させていただきます。」

 彼女が話してくれたのは以下の通りだ。

 クラークが俺たちを訴えて、警備に引っ張られたところまでは同じ。その後なんと、

「彼は翌日に、『勘違いだった』と訴えを取り下げたのです。」

「翌日に?」

「はい、翌日です。」

「じゃあ今まで俺たちは、ほっぽかれたってこと?」

「そうなります、警備の怠慢ですね。うちへ問い合わせもありませんよ。なお、この件はなかった事となりました。記録も残りません。当然、クラークへの処分もありません。」

「これが通常かの?」

「いいえ。」彼女はふうっと息を吐きだした。

「通常ではありません。勘違いだとしても、記録に残す規定になっているはずです。

 想像になりますが、クラークは当初、バッグだけをかすめ取る予定だったのでしょう。イライジャ様がうちとパイプがあると知って、取り下げた方が得と計算したと思われます。

 またイライジャ様を、裕福な商家の御隠居位にしか考えていなかったのではないかと。魔道具技師だとは知りませんよ。」

 うん、それを知られたら、もっとめんどくさくなりそう。

「しかしのう、冒険者ひとりで、こんな真似ができるのかのう?」

「ええ、おっしゃる通りです。おそらく、キーマンは街の警備でしょう。一部が立場を利用し、同類の冒険者などとつるんでいると思われます。いくつか似た事案が…これは、お二人にお話しすることではありませんね。」

「ハイ、キキタクナイデス」厄介ごとの匂いしかしないもん。

「…クラーク達『ドラゴンロード』は、確かにこの辺りで有名なのです。多少強引ながら、受けた依頼は完遂していますし、信頼もそこそこありました。それゆえ、非常に残念です。」

 そう言って、ケイトリンは目を伏せた。

 とにかく、俺たちは自由ってこと。もやもやは残るけどね!

 また、関係ギルド達が目を光らせているから、小悪党どもは手を引くでしょうってさ。万が一、脅しや金品などの強要があったら、連絡をくれとのことだ。「潰します」って、こわ!

 話が途切れたところに、料理が運ばれてきた。



 本日のお料理は、ツインレイク・ランチセット。

 メインは、なんと、大顎のソテーです。お、お、あ、ご!

 おっかなびっくり食べてみたら。これが美味い、脂がのって旨味たっぷり。

 ここで、ケイトリンのツインレイク自慢が爆誕だ。

「近場に二つ湖がありまして。街の名の由来にもなっておりますが、そこに棲息しておりますの。二つの湖と言いながら、実はつながっておりますのよ。

 東側一帯は魔物が強いのですが、西側はそうでもないので、よく討伐依頼が出されておりますね。大顎も非常に危険な魔物なのですが、肉はこのように美味なのです。」

 ケイトリンは料理をナイフで、すーーっと撫でる。

「おまけに皮は丈夫で、魔力もよく乗るため引っ張りだこ。皮を保護する分泌物からは、高品質の油が精製されます。捨てるところのない魔物なのですよ。ただ大きな巣を作るので、狩るのが大変難しいのです。」

「どうやって狩るのじゃね?」

「毒です。」

 ど、ど、どく?

 横で爺さんも、固まっているわ。これはさすがに知らなかったみたい。

「大顎は大雨の時などに、湖から川へ流されてくるのです。ですが下流へは行きたがらず、途中川から上がって湖まで這って戻ります。そりゃあ岸辺いっぱいあふれましてね。そこを毒で一網打尽ですわ。」

 なかなか壮絶な現場ですこと……。

「その話だと、毒が流れてしまいそうじゃが。」

「そうでもありませんわ。多少薄まっても、口が大きいので充分体内に入りますし、粘液からも吸収されますの。痺れているうちにひっくり返して仕留めます、腹は柔らかいので。こうなれば、陸の上で狩り放題なのです。ふふふふ。ちょうど今の時期が多いかしら。冒険者ギルドが強制招集を出して、集団で狩りますの。お肉は特製の冷凍保管庫で、まとめて保管しますので、何時でも食べられるというわけですわ。」

「――その前にさ、食べても大丈夫?」食べちゃったけど!

「人間には無害ですよ、一応毒抜きはしますけどね。」

 すこーし舌がしびれる感じは、きっと気のせい…。

 とりあえず、料理は残さず食べましたよ。


 場が和んでくると、いろいろ話が弾んでさ。例えば、

「私、子供のころ、イライジャ様の魔道具に触れたことがございます。美しい魔法文字、無駄のない術式、それでいて遊び心あふれるフォルム。大好きになりましたわ。」

「そう言ってもらえると、嬉しいもんじゃのう。」

 爺さんまんざらでもない様子で、にこにこです。

「私はイライジャ様と取引をすることが、夢でございました。故に!

 せっかく我が街に来られたのですから、魔道具のお取引をお願いしたいのですが。いかがでしょう。お詫びを兼ねて、勉強させていただきますよ。」

 爺さんは、ちょっと首を傾けてから、

「ふむ、今回は断らせていただく。何も持ってきておらんでの。」

「それは残念ですわね。」

 ケイトリンは、ちょっと悲しそう。悪いね、魔道具は爺さんの管轄だ。でも実は爺さんが山のように持ってるって、きっと彼女はお見通しだろうなあ。



 その後俺たちは、再会を期して別れた。

 別れ際サインをもらった彼女が、「一辺の悔いもございませんわっ」と片手を突きあげたのには、ちょっと引いた。

 

 ________________________________________

 イライジャさん有能説(ただし、魔道具、素材等、関係がない場合にかぎる)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る