第3話

 こんばんは、ヒューゴっす。

 種族はエルフ、一応17歳。耳はヘアバンドで隠蔽中、顔には目立つやけど痕がある。ただいま水球でジャグリングやってるところ。テニスボールくらいのを三つ、形を崩さず手もぬらさず、放り投げは受け取って…失敗。むずい、これ魔法の練習なんだよ。

 イライジャは作業台でがちゃがちゃやっている。種族は小人族で、111才だってさ。爺さんに見えるけど、小人族では若い方らしい。現在、俺の魔法の先生でもある。今は、壊れた浮遊盤を修理中。


 ここは、街道沿いにある休憩地だ。街道には大抵、一定距離に休憩地が設けてある。ただの広場だけどね。

 トレントから逃げきった俺たち、道には戻れたんだけど、街まで行く余裕はなかった。でもって野営です。今夜は貸し切りだ、ラッキー。


 夕食はとっくに終わって、のんびりタイム。

 魔法の灯が、俺たちを照らしている。夏も盛りを過ぎて、夜も幾分過ごしやすくなってきたね。

 静かだなあ。イライジャの出す音は別にして、後は風と虫、離れた動物の鳴き声くらいだ。そういや俺が村から逃げ出して、そろそろ一年になるか。あっという間だった気がする。やりたいことを見つけるどころか、生きる力をつけるのに、精一杯だ。それでも、毎日が充実していて楽しい。


 つらつら考えていたら、イライジャの手が止まった。

 作業台から、半透明の円盤がふわりと浮かぶ。その顔はとても満足そうだ。

「修理完了じゃ。」

「おつかれさま。」

「ついでに消費した弾も作っとこうかの。」

「あれ、凄い威力だったよね。」

「抜群じゃったわ。トレントの枝が、こう、ばきーんとな。」

「ばきーん、とね。」

 ぱしゃん。俺の手から水球が落ち、地面にシミを作った。

 イライジャは、やれやれって表情で、

「なっとらん。話しながらでも、魔力操作ができねばの。ほれ、もう一回やってみ。こういう練習は積み重ねが大事じゃ。」

「わかった」

 おっと、やりたいことがあった。魔法だ。俺はもっと上手く、魔法を使えるようになりたい。あのトレントを撃退できるくらいに。



 そういえば――俺の魔法はさ、小人族的に、見ていられないんだって。

 例えると、「槍で裁縫」「火事の大火で湯を沸す」みたいな感じらしい。

「無駄じゃ、まったくもって魔力の無駄使いじゃ。」

 仕方ないじゃん。最初っから自己流なんだもの。そのせいか、思い違いも多くて。ほら、魔力はボール一つ分、とか言っていただろう。それ、自分が操作できる魔力の量、なんだってさ。

「魔力の入れ物は入れ物じゃ。操作できる魔力量とは、いわば個人専用のコップじゃ。そのコップで、入れ物から魔力を汲んでくるのじゃ。お主は入れ物もコップもでかいから、ごり押しで魔法を使っとるだけじゃ。非常にもったいないぞよ。」

 えー、最初は米粒だったんだよ?


 もうひとつ、「魔力の出入り口が狭い」は、わからないってさ。聞いたこともないとか。呪文についても、順を追って教えてくれるそうな。今は小声で、ごにょごにょ言っとけって。

 もっとも、魔法自体はユニークで面白いと褒められたよ。ちょっと、うれしい。

 なお、イライジャに習い始めてから、魔法の威力が格段に上がった。発動もよりスムーズになった。必要だったのは正しい知識と、効率的な練習だ。実感したね。



 再び水球を操っていたら、道の方から蹄の音が聞こえてきた。

 馬車だろうか、だんだんと近づく。車輪と人の声も交じる。

「誰か来る。」

 すぐさまイライジャは、作業台の物を引き出しに突っ込んだ。ついで作業台ごとカードにリバース、ファイルに仕舞う。さすがにこれは、他人に見せられない。

 俺はナイフと弓矢を確認。矢も十分ある、よし。水球?とっくに落ちたよ。

 ここは、いろんな奴が使う場所だ。大半は無害な旅人だが、そうではない輩もいるわけ。

 気を引き締めて街道の方を見ていると、やがて複数の冒険者達が姿を現した。

 彼らは重い足取りで、ずかずかと休憩所へ入ってきた。

「先客がいるな」「構わねえ、準備しろ」

 冒険者は10人程度かな。口々に疲れたとか言いながらも、手際よく野営の準備を始めた。幌付きの馬車も、道から引き込こまれてきた。うわ、くっせ。馬車から獣臭がぷんぷんする。おまけに人と馬車の出す騒音で、たいそう騒がしい。だが、こちらへは一言もなし。逆に、邪魔だと言わんばかりに睨まれちゃったよ。

 やな感じー。同じ場所で野営するんだから、最低限のコミュニケーションってあるじゃない。それすら必要がないと、思われてんのかな。ほんと、やな感じ。

 ま、不干渉ならそれでいいや。朝にはサヨナラだから。

 なのに、どうしてこっちに来るんだろう。

 日焼けした四角い顔の男が、どすどすと近寄ってきて、


「火を寄越せ。」

 火?すかさず、イライジャが言い返した。

「種火か、対価を払ってくれるかのう。」。

「ああ?ケチくせえな。さっさとそこのを寄越しな。」

「アンタの方が、火打石や魔石をケチってるじゃん。」

 俺もつい言っちゃった。四角男め、ハトが豆鉄砲って顔してる。

 だいたいね、寄越せってなんだよ、寄越せって。百歩譲っても、分けてくださいだろうが。

 イライジャも俺に調子を合わせる。

「鉄貨一枚じゃぞー。ケチでも払えるじゃろー。」

「けっ、ジジイが粋がるんじゃねえ。追いだすぞ。」

 男は歯をむき出し、脅してきた。脅した後で、本物の「火」がないと、気が付いたらしい。

 俺たちの灯りは、すべて魔法の「灯」なんだわ。ピンポン玉くらいでぽわっと光ってる。遠目にはランプに見えるかもしれないね。彼が焚火だと思ったのも、地面に「灯」を置いてあるだけ。寄せてある小石や枯草はオプション、それっぽくみえるでしょ。

 四角男の顔が、みるみる赤く染まった。

「魔法使いだかなんか知らねえよ。黙って火をよこしゃあいいんだ。俺様が」

「やめるんだ。」


 別の男がこちらに歩いてくる。

 止めたのは彼か?大柄で彫りの深い顔立ち、イケメンの部類だと思う。ちょっと濃い目だけどさ。彼が連中のリーダーなんだろうか。

「でもよ、ク…」「戻れ」

 決まりだね。彼は四角野郎を戻らせると、申し訳なさそうな顔をして、

「俺はクラーク。中級冒険者だ。仲間が迷惑をかけて、すまなかったな。」

「ふふん。迷惑と思うなら、少し静かにしてくれんかの?」

「そこは我慢してくれよ。今日はこの時間まで歩き詰めでね、全員、くたくたの、腹ペコなんだ。食わせないと暴動になっちゃうからな。」

 それ、遠回しに脅してないかい。

「ところで爺さん、名乗ったんだから、そっちも教えてよ。」

「おぬしが勝手に名乗ったんじゃろ?」

「手厳しいねえ。ところでさ、ガキと二人だと道中が不安だろう。俺たちが街まで護衛してやろうか。

 最近、街道沿いに魔物が多くてね。俺たちは討伐を済ませて、今帰りなんだわ。

 魔法使いらしいが、大型の魔物に囲まれたら命がいくつあっても足りないよ。その点、俺たちは慣れているからさ。」

 お、売り込みですか。でも俺と爺さんで、結構やれるんです。

「護衛なら、間に合ってるよ。」

「まさかガキ、お前が護衛とかいう?あはは。」

「そのまさかじゃが、何か?」クラークはくつくつと笑いながら、

「ま、冗談は置いといて。最近は本当に物騒なんだわ。俺たち『ドラゴンロード』は、この辺りでは有名なんだぜ。全身全霊で守ってやるからさ。」

「お断りじゃ。無料の種火係が欲しいだけじゃろ。お見通しじゃぞ。」

「つれないなあ。じゃあ雇わなくていいからさ、明日は一緒に出発しようや。」

 イライジャが睨み返して、話はそこで終わり。

 クラークは片手をひらひら振って、自分たちの場所へ戻っていった。


 ほんと、やな感じ。あ、椅子やら野営用品を出したままだったった。

 不味い、マジックバッグ持ちって、ばれたかもしれん。そういや、じろじろ見ていた気がする。ぐうう、次回の糧にしよう、うん。


 その後は、それ以上のトラブルはなかった。連中、チラチラ観察していたけどな。俺は気が気じゃなくて、ほとんど休めなかったよ。イライジャ?さっさとタープの下で横になって、すやすや寝てました。



 夜が明けると、俺たちはすぐに出立した。偶然でも同行したくないもんね。もっとも、奴らの半分は夢の中だった。昨夜は遅かったからなあ。

 さー、気を取り直して、レッツゴー。

 情報通りなら、俺の足で一時間ちょい、普通に歩いても昼前には街に着くはずだ。イライジャは何時ものように、俺の鞄に杖を引っかけた。彼は浮いているからさ、これで俺が走るのが一番早くて楽なんだよ。浮遊盤の修理が終わってよかったー。

 木もまばらな平原をしばらく行くと、分かれ道にでた。杭に「ツインレイクまで〇〇キロ」の板と、矢印が打ちつけてある。そーそー、次の街は、ツインレイク。

 そのまま矢印の方向へ進んだのに。いつの間にか道がなくなってしまった。完全な原っぱに、出ちまったよ。

 原っぱの先には林があって、さらに木々の隙間から、水の広がりが見えるんだが。まさか、湖方面に戻った?

「道を間違えた……?」

「さっきの分かれ道の所かの。」

「あああ…ちゃんと見たはずなのに。」

「もどるか、さすがに湖はおなか一杯じゃ。」

「うん、ごめんな。」「よいよい、よくあることじゃ。」

 イライジャの地図じゃ、細かい道まではわからないんだ。

 とにかく、分かれ道まで戻ったんだけど。あれ、さっきと矢印の方向が違う???

 やはり俺が見間違えたのだろうか。疲れてんのかなあと、眉間を揉んでたら、「年寄り臭い」って言われたー。

 

 結局、街に着いたのは昼を回っていたよ。疲れた、今夜こそベッドで寝たい。朝までぐっすり休みたい。考えるのも、もう嫌だ。

 門を通り過ぎようとしたら、警備に止められた。

「お前たち、マジックバッグを盗んだな?」

 はて?


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