第2話

 振り向けば、トレント本体が、立ち上がっていた。

 太い枝は半ば折れ、根は引きちぎれて、いくつもの大きな亀裂が幹に入っている。

 そんな姿なのに、いまだ衰えない殺意。

 膨大な魔力が、溢れ出す。


「GYOOOOOOOOOO――」


 空気が震えた。

 トレントから、一斉に種が放たれた。まるで機関銃だ、岸辺に土煙が舞い穴ぼこが量産されてく。飛び退ってなきゃ、俺たちもそうなってたってか。

 こえええ、やっぱこの種、こえええ。

 

「ウォーターボール、特大!」

 今度はどうだ。あれだけ傷だらけなら、多少ダメージがはいるか。

 イライジャも円盤5体の同時電撃攻撃。

 だがやはり、一本残った枝がすべてを振り払った。

 やっぱり魔法系は効かないな。素材なんかほっといて、さっさと逃げときゃよかった。


 のしり、とトレントが一歩、踏みだす。

 どうする!


「イライジャ、物理だ!」

「了解じゃ!」


 腕輪武器を変更。空中に現れたのは、一抱えもある金属の筒だ。

 小型の大砲といってもいい。

 その筒から轟音が鳴り響いた。


 ドオオーーーン。


 トレントの太い枝が、吹き飛ばされた。水面に盛大な水しぶきが上がる。

 グラリ、と巨体が傾いだ、が、まだ倒れない。

 発達した根と伸びた蔓が、巨体をかろうじて支えている。


「これで終いじゃ!」

 追撃の一発は、幹の半分近くをえぐり取った。

 ついにトレントが、水の中へと倒れた。

 大きなしぶきが上がり、波が岸に押し寄せる。

 が、いまだ魔力は健在。

 俺たちが顔を見合わせたその時――――。


「シャアアアアァァァァ――――――ッ」


 水中から、何かが飛び出した。

 その緑色の何かが、トレントの幹に刺さる。

 何体も、何体も飛び出しては、幹全体に刺さっていく。いや、でかい口でかじりついているんだ。あれは何だ?せいぜい10センチ程度しかないあれは。トカゲ?でもトカゲは、普通木を食べないよな?


「GYOOOOOOOOOO 」


 再び、トレントの咆哮。

 空気が震えた、耐えきれなかったトカゲモドキが、ボロボロと水に落ちた。だが、すぐさま別口が水から飛び出してくる。その数はどんどん増えて、ついに幹全体を覆いつくすほどとなった。げ、メートル級もいるじゃん。

 しかもよく見たら、トカゲでも、ワニでもない。口の開く方向が違う。

 口が上下じゃなくて、左右に開いてんだ。おまけに頭部の両側に、複数の赤い目がぎょろりと並んでやがる。き、きも。


「あれは大顎じゃ。」

「おおあご?」

「うむ。近くに巣があるのじゃろう。わしらもヤバい。逃げるのじゃ。」

「わ、わかった。」


 俺はイライジャを引っ抱えて、岸辺を走り出した。どこかで崖を上がって、道に戻りたいところだ。

 後方からは、派手な咆哮と地響きが続いている。

 ああもう、魔物同士、存分にやりあってくれ。あんな大物、俺程度じゃどうにもならないって、思い知ったよ。

 でもさ、湖に落ちなくて、ほんとよかった。落ちていたら今頃、骨だね、骨。いや、骨も残っていなかったかもしれない。それにしてもイライジャって、魔物に詳しいのな。

「大顎の革も、なかなかよい素材…」

 ……素材マニアかよ。役立つからいいけどさ!



 その後、俺たちは道に戻ることができた。

 大物がブルドーザーのごとく、森を抜けていったんだ。

 それを逆にたどるだけ。これで迷うやつなんて、いないよね。

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