第6話
―――さすが、エルフじゃ―――
何でバレた。耳は隠している、顔だって半分はやけど痕だ。
俺が黙って睨んでいると、ジジイはいつもの調子で口を開いた。
「わしは小人族じゃもん、わかるんじゃ。魔力の扱いには長けておるんじゃぞ。
人族の子が、適当な呪文で魔法を使えるものかよ。エルフは特別じゃからの。そのエルフの子が人族の振りをしているんじゃ。事情があるのは察するべきじゃろう。」
「そりゃあどうも。」
はぁ、なーんか気がぬけちまった。睨むのもやめやめ。
ヘアバンドに手をやり、少しずらした。切れた耳を見せれば、息をのむ音が聞こえた。
「ま、こんなんで。いろいろ嫌になって、飛び出したんだけど。エルフってばれると不味そうだから、隠している。」
「……それがええじゃろうな。わしが見たエルフも、皆成人しとったぞ。子供は至極珍しい。人族にも、同族にも、知られんが良かろう、これからも気を付けるのじゃぞ。」
「……わかった。」
たまに年相応なこと言うんだね。調子が狂うなあ。
「ところで、イライジャはさ、ほかの小人族にあったことあんの?」
「故郷の者には会えんのう。小人族の旅人には、何度かおうたの。」
「イライジャの国があったところ、今はどうなっているんだ。」
「確か、何十年か前に、この国に併合されたはずじゃが。」
「一度も訪ねてないのかい。」
「行っても、誰も残っておりゃあせんわ。」
「そっかなあ。ところで、移動の自由はあんの?人質だったんでしょ。」
「何十年前のことを言っとる。一応この国の国民扱いじゃ。商業ギルドのタグもあるぞよ。ほれ。」
首にかけていたタグを、見せてきた。へー、冒険者タグとそう変わんないね。
「んじゃあ、何処に行っても暮らせるじゃん。立派な魔道具技師さんだしね。」
「そうかのう。」
「冒険者よりずっと、堅実だよ。」
何度もそうかのうと言って、イライジャは俯いた。少しして、また視線を上げ、
「ここが片付いたら、わしはどこへ行けばいいんじゃろうな。」
「アパートメント。」
連日の作業は続く。
夏場とあって、おたがい汗塗れ埃塗れだ。もう一つの小テントが、シャワー室で大助かり。本宅の浴室?いや、何年も放置されてんだよ、ゴエンリョイタシシマス。
細眉に絡まれたことは、ギルドにも報告してある。俺の方も自衛中。買い出しやゴミ出しの時間は、ばらばらにした。円盤も護衛?で着いてきているし。買い物中に怪しい奴がいると、街のひとが誘導したり隠してくれたりするんだ。
ここに来て、おっさんの言ってたことが分かった。
この街の何割かの人間は、子供のころから、このみょうちきりんな小人族の爺さんと関わっているんだ。そのうち、中身だけ爺さんより大人になっちまった。そんでもって、遠くから爺さんを見守っている。時々失敗もやらかすけど、かわいいもんらしい。でも領主が交代して、変な商会が出張ってきて、どうしようもならなかったんだとさ。
20日経過。もう、乗り掛かった舟だ。俺は最後まで付き合うことにした。キリが悪い?は言い訳だな。
こうなったら、もう意地だよね。絶対全部、片付けてやる。いらねえもんは、全部捨ててやる。
数日おきの襲撃も、魔法の練習と思えばいい。
イライジャも毎日リバース化をやっているもんだから、なんとできる回数が倍以上になったってさ。この年になっても、魔力が伸びるんだーとか言っているよ。
「爺さん、若いって言ってなかったっけ。」
「そうじゃった、ぴちぴちじゃったわ!」
そうして、日にちは過ぎていった。分別して、捨てて、まとめて、リバース化して。
俺がかかわってから、今日でなんと28日目。
すっかり、物のなくなった邸宅内に、ボコボコながら、何もなくなった庭。
最後の方は、絨毯で挟みこんだり、カーテンでぐるぐる巻きにしてリバース化したりと、かなり適当になっちゃったけど。半分いやがらせみたいなもんだから、ま、いいか。
実はマジックバッグの中も、リバース化で整頓してかなりスペースが空いたのさ。おかげでイライジャの持ち物は、全てバッグにしまい込むことができた。感激!
最後に、テントたちをたたんで纏め、リバース化した。敷地には邸宅と焼却炉以外、ほんとうに何もなくなった。
この最後の作業には、ギルド長のサムが立ち会っている。
すっかり物のなくなった玄関ホールに、俺とイライジャ、ギルド長の三人。
ギルド長の確認が終わって、これで依頼完了だ。
依頼書に二人のサインをもらい、お金をいただく。ギルドじゃまた、変なのが湧くからって、持ってきてくれた。
袋にコインがずっしり、このままじゃあ危険だなあ。ガキが大金持ってんじゃねえよって、絡まれるのが目に見えている。さて、どうしよう。
爺さんとおっさんのお二人は、続けてお話し中だ。
「見事に、なにもありませんな。正直、イライジャ殿さえ、ここを出られたらいいと思っていたよ。お疲れさまでした。」
「ふん、そこの少年が張り切ってくれたのでな。」
笑いながらも、おっさんの目に涙がある。これ、感動シーンなのかねえ。
そして、改めてイライジャの方に向き直る。
「早速だが、こちらでイライジャ殿の住まいを準備した。これから案内しようと思う。」
「聞いておるぞ。ありがとう。」
いよいよ、引っ越すのか。よかったね、爺さん。俺は金の収納場所を考えよう。小分けにして鞄に、ブーツの中も、それから腹巻にも少しっと。
「じゃが、やめとこう。この街にいると、あの商会とご領主が出張ってきそうじゃ。」
「ほう、それでは旅立たれるのか」
「うむ、一度故郷を訪ねたい。ヒューゴに誘われたのでな。」
「え」俺、誘っていないんですけど!
「そりゃあいい。ヒューゴ、一緒にいってくれるのか。」
「おい、俺の依頼は引っ越しまでで……」
「責任を取るんじゃ。わしをたきつけたんじゃ、こんな老人を放り出すのかね?」
空中でどや顔のイライジャ。おいおいおい、まだ面倒見ろっての?このめんどくさい爺さんをさあ。ギルド長のおっさんも止めろよ。また美人の姉ちゃんに叱られるぞ。
「ヒューゴ、お前なら安心して頼めるぞ。」
「また勝手に話を進めんな!」
「うーむ、こりゃ近いうちに7級になるかもな。」
ぐ、思わず詰まる。そりゃ8より7級のほうがちょっぴり報酬が…。
「そ、それに依頼だとすると、ただじゃいやだからな、俺は冒険者だぞ。」
「おう、それもそうか。」
ギルド長は、ポンと手を叩いた。
イライジャがすっと近寄り、俺の顔を覗き込む。
「そうじゃの。何かリバース化してやろう、それでどうじゃ?」
「……やる!」
あう、何、勝手に同意してんだよ、俺の口!
二人が顔を見合わせて、わらってやがるー。くっそー。
でもな、旅に出るならしっかり準備して、行く先の情報を集めてから…は?それは隣街に移動してからにしろ?さっさと出ていけだと。ああそうですか。ギルド長、なんかやるんですかね。
これが、俺と爺さんの旅の始まりってわけ。
なんか締まらねえけど。そういうことだよ。
「これは?」
某日、商業ギルド担当達と某商会会長が、そろって件の邸宅に足を運んでいた。
物件の明け渡しと、確認のためである。
住人は既に退去済み。作り付けの家具はそのままだったものの、カーテンや敷物の一枚まで、見事に何一つ残されていない。敷地も荒れてはいたが、事前に聞いていたテントなどの類も、撤去済みだ。古い焼却炉だけがぽつねんと残されている。
この状態を、商会の会長は受け入れることができなかった。配下から彼へ、確かに数日前までテントも住人も存在していた報告があったのだ。それが、すべて消えてしまうなど、理解の範疇を越えている。逆に商業ギルド担当者は、落ち着き払った様子で、
「何か問題でも?全てあなた方のご希望通りです。期限内に住人は退去、家財も撤去されております。これで手続きは完了となります。」
「まて!何時だ、何時出ていった。ここにあった魔、いや、大量の物はどうした。爺の奴が、全部持ち出せるわけなかろう。あの爺はどこに行ったんだ。」
「はて?私どもは存じあげません。」
屋内を探索していた配下が「誰もいません、何もありません」と耳打ちしてくる。
商業ギルドの男は一礼すると、
「私はこれにて失礼いたします。」
「まってくれ、爺はどこへ行ったか聞いておるのだ。このままじゃあ私は大損じゃないか。」
それに答えることなく、ギルド員たちは邸宅から出ていく。
彼らが見えなくなると、会長の男は膝から崩れ落ちてしまった。
確かに、数日前までは住人はいたのだ。
変わったことと言えば、手伝いのガキが居たくらい。大抵、ちょっと脅せば直ぐ逃げ出していたのに、今回はなぜか居座った。そのガキも、ゴミ捨てと買い出しに出るくらいで何の役にも立っていないはず。
出たゴミも、ただのゴミ。年代物の再利用できない物ばかり。
反対にこの数日に限れば、自分の周りは騒然としていた。
まず冒険者ギルドから「冒険者を雇うならギルドを通せ」との苦情が入った。なんでもトラブルを起こした連中が、うちの名前を出したらしい。責任の所在?直接雇うなどどこでもやっとるだろう、何を今さら問題にするんだ。
同時に取引先から問い合わせが何件も入り、その対応にも手間取った。
遠方から、急な来客が何人もあった。他にも、あれこれ…一つ一つは些細なことではあったが、完全に振り回されてしまった。おかげで、爺からは少し目を離していたかもしれない。だが、ほんの数日だ。なのに、なんてことだ!
「おのれ、何十年も引きもっていたくせに。絶対出ていかぬとほざいておったくせに。だから私が飼ってやろうといっているんだ。それなのに、この期に及んで何処へ行きやがった。あのくそ小人族が。奴の技術も、魔道具も全部、みんな、私の物だ。そうなるはずなんだ。
根回しもなにもかも無駄になったじゃないか。どうしてくれる、ご領主様にも…私は私はあああああっ。」
邸宅には、男の叫び声だけが響いていた。
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