第5話


 三日目。

 俺たちは今、本宅正面に立っている。

 本宅は総二階石造りなんだけど、庶民なら数世帯が暮らせそうな広さなんだ。周りに比べたら、小さいほうだけどね。ここに、どうしても持ち出したい大物があるんだって。それを優先したいとさ。


 呪文を唱え、イライジャが障壁を解いた。重厚な扉が、開けられる。


 一番に目に飛び込んだのは、ばかでかい物体。それが玄関ホールの大部分を占領している。フォルムは馬車?いや羽の生えた船?それに車輪が付いたナニカ?

 思考停止している俺に、イライジャは得意げにのたまう。

「ふぉふぉふぉ、水陸両用空も飛ぶ、自動馬車じゃぞー。」

 これね、面白がって作りはじめたはいいが、外に出すことは考えてなかったとか。あほか。よく床が抜けないねって聞いたら、建物全体を強化してあるんだと。


 さて、リバース化のお時間です。

 二つの素材を重ね、イライジャが術を行使する。呪文の詠唱に続いて、魔法陣が浮かび上がる。何度見ても、幻想的だね。

 イライジャによれば、リバース化にはかなりの魔力を食うんだと。だがいったんリバース化できれば、リバース自体は少しの魔力で済むらしい。


 そして――このデカい自動馬車は、一枚のカードになった。イライジャは、勝利の雄たけびをあげた。

「うほおおおおおーい。これであれもこれもそれも持っていけるぞおおおお。」

「よかったなあ。」

「まったくじゃ!」

 かなりでかいから爺さんも不安だったらしい。馬車(これ)にも希少な素材が含まれていたからこそ、可能だったみたいだね。あれがこんな小さいカードになるとは、感動モノだ。

 飛び跳ねて喜ぶイライジャに、俺もうるっと来ちまったわ。


 前言撤回!浮かれすぎだ!

 ジジイめ、調子に乗って家のあっちこっちに潜り、大物をリバース化してきやがった。んでもって、8セットでダウンだとよ。おーい、今朝打ち合わせしたよね?昨日の反省から「リバース化は計画的に」って。「俺がいない場所」で「リバース化をするな」ともな。

 だってこの家、簡単に別の部屋へ行けないんだよ。ジジイは通れるって言うけど……そういう問題じゃない。

 俺が行けねえ所で、魔力切れで、物の下敷きになったらどうするって話だよ。すっかりしょげて反省しているけど、ほんとにわかってるか?じいさん。

 ま、玄関ホールに空間はできたんだ。此処をベースにして、俺は仕分け作業をしようか。

 んで、明日以降にまとめてリバース化!

 ジジイの確認を取りながら、俺はひたすら分別作業をしましたとさ。



 それから俺たちは、連日、邸宅内の物を集めて纏めて回った。

 なんと、ここでイライジャが吹っ切れた。現実を受け入れたのか、必要なもの以外は処分するって言いだしたのだ。すげえ、断捨離の眼覚めだわ。

 だが問題もでた。大量の不用品ゴミ達をどうするか、庭に置いて放火されても困る。

 相談した結果、可燃物は庭の焼却炉にて処分。不燃物は、街のごみ集積場に持っていくことになった。ただし、希少な素材は欠片でも捨てねえとさ。ブレないね。


 分別作業は単調だから、色々と会話が弾む。

「なあ、どうして小人族が人族の国にいるんだ。」

「人質だったでな。」

「なぬ?」

「珍しゅうないじゃろ?弱小国は、常に大国のご機嫌を伺わねばならんのじゃ。」

 なんと爺さん、一応王家に近い血筋なんですと。ただイライジャの祖国は、彼が人質として滞在している間に消滅してしまった。

「別の国に攻め滅ぼされてしもうたわ。当時のこの国の王は、できたお方での。国をなくしたわしに、ずっとここに住んでいいと仰せになったんじゃ。」

「へえ、いい王様じゃん。」

「じゃろう?代々のご領主さまも、王の意向をくんでくださってな。魔道具を作って自由に暮らしとったんじゃ。しかしのう、王家も代替わりなされた。ご領主もそうじゃ。過去の約束などどうでもいいのであろうな。」

 そう言って、爺さんは遠くを見た。

「そのあとも幾度も国境線が変わったそうじゃ。おかげで故郷の小人族はバラバラじゃ。」

「そっかあ。で、それ何時ごろの話?」

「そうじゃのう、70か80年はたつかのう。」

「苦労したのな。爺さん、今いくつよ。」

「ピッチピチの111歳じゃ。小人族なら若い方じゃぞ。」

「え、ええ?」

「わしら、300歳は生きるでのう。それに年を取ると皺がなくなるんじゃ。人族とは逆じゃの。ふぉふぉふぉ。」

「はああ?」

 小人族ってそんなに長生きなのかい。そのしわくちゃ顔で若い方なんかい。

 いやあ、世界は不思議に満ちているね。


 以前は居た使用人も、皆辞めたんだと。後は、お気楽独身生活を楽しんでいたそうな。洗濯は外注、食事は外食か煮るか焼くか、ゴミは時々処分。お金は魔道具を作って稼いでいたって。おかげで結構な小金持ちだそうです。やるねえ。



 作業は進み、遂にキッチンへと突入。干からびた食材らしきもの(何年物?)も焼却炉へ直行だ。汁が出てるもんがないだけましだと思おう。瓶詰?見えないったら見えない!

 アチコチ堆積しているなんかのフンとか、なんかの卵とか、蜘蛛の巣埃の凝り固まったのとか。触りたくねえ…。そんなのに埋もれてた食器やカトラリーも廃棄だな。

 書籍やリネン類は、虫さん大活躍でぼろぼろ…処分。同様に衣類も大量処分。おもちゃ、雑貨等、苦渋の顔で処分。よしよし。ところでドライバーを始めとして、同じ道具が何セットも出てきたけれど?これは必要なんですね、はいはい。

 でさ、不燃物は、数日おきの食料調達に合わせて捨てている。庭用の台車が、何故か家の中からでてきたのだよ。ラッキー。


 さて、八日目。

 今日は買い物帰りにギルドに寄った。前払い分をもらわねえと。ついでに獣人のお姉さんに、進捗状況を報告です。お姉さんは、満面の笑みで、

「ありがとうヒューゴ君、延長してくれるのね。」

「…もう一週間だけ。キリが悪いから。」

「わかったわ。ギルド長には、伝えておくわ。」

 綺麗なお姉さんの笑顔は、単純にうれしいよ。でも力任せのハグはいらねえ。耳元でささやくのもヤメテ。周囲の目が怖いよう。

「……裏から出なさい。ギルド前に、妙な連中がいる。」

「え?」

「表の台車は、荷物も一緒に誰かにもっていかせるわね。」

「…あざーす。」

 俺は裏口から、こっそり退出しましたよ。



 でも何度も、ごまかせないよね。とうとうある日、待ち伏せをくらった。

 待ち伏せしていたのは、初日の店員だ。眉が細いヤツ。

「話がある、顔をかせ。」

 あれだね。ごろつきのセリフだね。初日にギルド長が叱られた奴だ。

 眉細の後ろには、いかついお兄さんたち。こいつらも口々に脅してきた。テンプレ―。

「痛い目にあいたくなかったら、言うことを聞くんだな。」

「逃げられると思うなよ?」と、にやにやしてる。

 ヤダなあ。これ、連れてかれたら帰れないパターンじゃん。こわ。昼間で人通りはあるけど、みな目をそらしている。それを見てか眉細、ますます態度がでかくなった。

「あきらめな。誰も助けちゃくれないよ。おとなしくついてこい。」

「―――じゃ、上、見て?」

 俺は指で、空の方をさした。誘導されるように皆の視線が上がった。


 俺の頭上に、円盤が一枚。頭から1~2メートルの所を浮いている。

 例のあれですよ、手のひら大で極薄のブツ。俺(指輪)に一定距離で着いてくるように調整してあるんだ。昼間だからわからなかったかな?お兄さん達は、顔色が急激に悪化中。細眉だけ素面なのは、何も聞いていないんだろうね。

「なんだ?お前の物か。」

「借り物。護身用だってさ。」

「はっ、ふざけたことを。」

 そこで円盤が軽く放電。「ひっ」細眉はじめ、お兄さんたちもピリッと来たみたい。

 それまで、我関せずだった通行人たちが口々に、

「ああ、あれは」「また変なものを」「変わらないねえ」「ほんとうに」

 お兄さん方は、大慌てで細眉の袖を引っ張る。

「旦那、アレはヤバいです」「強力な雷の魔法を打つんで」「怪我人も大勢でたんでさ」

「馬鹿野郎、コケ脅しに決まっているだろうが。」

「おい!子供相手に、何をやっている。」

 細眉が怒鳴り始めた所で、街の警備がやってきた。お兄さんたちよりさらに強面のおじさんたちが数人、ずらりと並ぶ。途端、細眉は態度が変わった。

「なんでもございません。あの子供は知り合いで、ちょっと話を…「全然知らない人だよ。」」

 ここは全力で否定しておこう。警備さん方の目つきが鋭くなった。細眉たちは、今さらながら大慌てだ。

「ちょっと話が聞きたい。」

「あ、あのガキこそっ、危険物を持ってるんだぞ!」

「おりゃあおもちゃだ、さっさとこい。」

 警備が彼らを取り込む。うちの一人が、こそっと俺に「さっさと行け。」

 サンクス、でもそのサムズアップはなんなのさ。



「と、いうことがあったんだ。」

「ふーむ、」

 夕刻。空は茜色。俺はことことと鍋の中を掻きまわしながら、今日あった事を報告中だ。テント内をいい匂いが漂っている。イライジャは空中で腕組みし、うーんと唸った。

「やはり占いカードは、いやがらせの一環じゃったかの。」

「当然だろ。」

「いったい何がしたいのじゃ。嫌がらせするだけ、引っ越し作業は滞るのにのう。」

「それなんだけど、ホントの狙いは、イライジャだと思うぞ。」

「なぬ?このラブリーなわしをか!」

「ラブリーは置いとけ。あいつらは、爺さんがここに居座るって思っているんだよ。ほら、イライジャって、物への執着がすごいから。」

 あの商会とやら、家の状態も、マジックバッグも一杯だってことも、きっと知っている。知っているからこそ。

「爺さんを、法的に拘束しちゃえば、家土地も魔道具も手に入るし、爺さんを使っていろんな魔道具を作り放題、大儲け!とでも思っているんじゃないか?」

「なんじゃと!もってのほかじゃ。こうなったらぜーんぶ持ち出してくれるわ、ゴミも、ねじ一つも渡さんぞ。」

「ははは、その意気だよ。」

「ところで今夜のメニューは何じゃね?」

「鳥肉のトマト煮込み。さっぱりして食が進むって、市場のおばさんのおすすめ。」

「ほほほ、ではテーブルを準備しようかのう。」


 なんという事でしょう。最近は、テントでテーブルについて食事ができるんだわ。こうやって、椅子に座りゆっくり食事なんて、初日からは考えられない。

「明日の朝食はフレンチトーストが食べたいのう。」

「はいはい。」

 食べながら注文をくれる爺さん、ほんとわがまま。飲み物は「ちょっとだけコールド」で、アイスティーだ。夏だもんね、冷たいのがいいよね。ほう、と言いながらイライジャは飲みほし、すぐお代わりしてきた。

「面白い魔法じゃの。さすが、エルフじゃ。」

「!!」

 なぜバレた?


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