第2話

 

 俺が連れてこられたのは、ロビーから奥に入った一室です。ソファーなどの調度品からみて、応接室と思われる。

 ローテーブルにはティーカップと、菓子皿が置かれ、俺の真向かいにギルド長が座っている。彼は40代くらいで、ガタイの良い人族だ。黒髪角刈りに、褐色の肌がてらてらして筋肉愛好家みたい。事務職っぽいシャツとスラックスが、ぜーんぜん似合っていないぞ。俺が出された茶菓子(今世初のクッキー)を頬張っているのを眺めてんだけどさ。なんかにやにやして気持ちわるい。やだなーっ思っていたら、やっと話し出した。

「たーーんと食え。食いながら聞いてくれ。」

「…むぐ。」

「ヒューゴ、頼みたい仕事というのは、引っ越し作業の手伝いだ。」

「ぷは?」

 おい、噴き出したじゃないか。もったいない!

「ちょっと、それ街中の仕事じゃん。見習いの。横取りするみたいでヤダ。」

「……うちの街のやつは、誰もやりたがらんのだ。」

 うわ、これ絶対めんどくさいヤツだ。

「で、流れモンの俺に押し付けようって?そもそも、そっち系の商会に頼めば?」

「そう言うな。概略を話すから。」

「受けないから聞かない。」

 そう言っているのに、このおっさん、一方的にしゃべりはじめたよ。ほんと人の話を聞かないな!


 話を要約するとだな。この街に一軒の邸宅があって、老人が長年住んでいるんだと。

 だが最近、その土地建物の所有権が、某商会に移った。即刻商会は老人へ退去を求めたが、当然拒まれたそうな。その際商会側が強硬手段を取ったため、大きなトラブルになったと。そこではじめて、商業並びに冒険者ギルドが、この件を知ったとかなんとか。

「取引自体、不審な点があったから、こっちでも調査を始めた。ここで不味いと思ったらしい、商会側が譲歩してきた。退去まで猶予を三月ほど設ける。退去しなかった場合は、法的処置を求める。老人を不法占拠で投獄、および私財は商会側が没収する、とな。ほぼ同時に、ご領主様から介入不要と釘を刺されてしまった。ごたごたしている間に、残り一月になってしまったんだよ。」

「あ、ご領主様とその商会「シーーッ」」

 でかい手のひらがにゅっと伸びて、俺の口をふさいだ。

「念のためだ。みな知っているが。」

「サイデスカ。」

「依頼内容は、引っ越しの手伝いだが、目的はその老人の保護だ。実はな、ご老人は代々のご領主公認でそこに住んでいたんだよ。約束が反故になった理由はわからんし、決定は覆らんだろう。ご老人自体、意固地になってしまって、全く動こうとせん。だが一月以内に敷地から退去しないと、しょっ引かれちまうんだ。」

「そりゃお気の毒に。」

 ぎろり、と睨まれた。だって俺の知らない人だもん。何も、感じない…よ。ごりょーしゅさまとやらに、目を付けられたくない。でも、ギルド長は違うみたいだ。

「じじい、でいいか、じじいも頭じゃわかっているんだ。家から出なきゃならんと。

 あの家さえ出てくれたら、一軒家は無理でも、俺がアパートメントの一室くらい準備するさ。実をいうと、もう押さえてある。

 これは俺が依頼主だ。頼む、じじいの身の回りの物だけでも、まとめてやってくれんか。」

「……なぜ、そこまで世話を焼くのさ。」

「俺もだが、街の住人の多くが、じじいの引っ張られる所を見たくねえんだよ。古くから住んでいる、名物じじいなんだ。いわば街の、アイドルなんだよ。」

「ぶ」

 しわくちゃの究極アイドル……脳が大ダメージだよ、どうしてくれんの!

「まずは一週間たのむ。前払いでどうだ。」

「だ、か、ら、勝手に話を…」

 すっとギルド長が紙きれを差し出した。ずらりと並ぶ数字――え、こんなにもらえる?一日平均でも、俺の稼ぎの倍以上はあるんじゃね?あ、しまった、態度に出たか。ギルド長のやつ、すっごい笑顔になってら。

「毎週、同額を前払いしよう。一月やり遂げたら、成功報酬を追加するぞ。」

 再び、紙切れを示す。プラス一週間分の成功報酬……ああああ、俺ってこんなに、金に弱かったっけ…。ここんとこ出費がかさんだからなあ、うぐぐぐ。だが!

「俺さあ、金だけもらってトンズラするかもよ?」

「ふっ」

 ギルド長はにやっと笑い、俺の額をちょこんと突っついた。

「ギルドの情報網を舐めんじゃねえ。こんな特徴のあるガキがよ、悪さしたって話は回っていない。つまりだ、クソ真面目ってことだろ?」

 そういうと、ギルド長はくつくつと笑い出した。

 けっ、あったまきた。こっちは笑えねぞお。

「くそー、やるよ。でも、一週間だけ。それでおしまい。もらうもんは、もらうからな!」

「おう。一月後を期待しているぞ。」

「だから、一週間だけだってば!」

 このやろ、覚えてやがれ。いつか本部に報告つげぐちしてやる!



 気が変わらない内に、ってことで。俺はギルドを出たその足で、件の住宅地へ向かった。

 現在、目の前で鎮座しているお宅がそれです。場所は内側の城壁内で、普通、俺みたいなよそ者は入れない高級住宅地なんだけどさ。ここ、周囲に比べてすっごく浮いている。

 塀は黒ずんで方々欠けて、鉄柵の門扉はひん曲がっている。そこから見える洋館も煤けちゃった上に、敷地はぼっこぼこ。庭木に至っては、まばらに生えているだけ。何があったのさ。それにしても、誰もいない。門番も、住人も。さて、どうしようか。

「こんにちはー。だれかいっ……」

 ヒュルルッ、風が鳴った。とっさに体が動く。

 さっきまでいた所に、パーンと火花が飛び散った。おお、あっぶねえ。


「避けよったか、お主何者じゃ。」

「……!」


 びっくりしたー。

 声の方を向けば、門扉の向こうにちっさい人影。あれ?

 ああ!通りで見た、あの小人族の爺さんだ。老人ってこの爺さんのことか。

 ローブに白髪と長いひげ、つぶらな青い瞳、そしてやっぱり浮いている。でもって、俺を敵認定したらしくて、めっちゃくちゃ警戒してるよ。

「あのなあ、いきなり攻撃はないだろ。」

「ふん、花火程度で騒ぐな。で、誰だと聞いておる。」

「ヒューゴ。冒険者ギルドから紹介されてきた。今、書類を出す。」

 そう言ってから、俺はゆっくりと書類を取り出した。そのまま門扉越しに、爺さんへ手渡す。内容を確認した爺さんは、盛大に顔をしかめた。

「手伝いなぞいらんと言うとるに。わしは絶対此処から出んからの!」

「はいはい。でも俺も仕事なの。はいそうですかって、帰れないよ。」

「お前ごときに何ができる、見習いに毛が生えたようなもんじゃろが。」

「そのとおり。だから一週間ほど、お試しでどうかな。

 荷物の整頓のほか、掃除とか。洗濯とか。ゴミ出しとか。庭の整備とか。料理も簡単なものなら作れるぞ。」

「む?」

 おお、いいリアクション、いただきました。

「俺、シチューは得意だよ。」

「…入れ。サムの紹介なら、いいじゃろ。」

 ふう、第一関門はクリアかな。


 爺さんに連れられて、門扉横の通用口から敷地に入った。

 よく見ると、爺さんは半透明の円盤みたいなのに乗っている。魔道具かしらん。

 庭は近くで見たら、ボコボコだけじゃなかった。金属片もいっぱい転がっていた。そんな場所を突っ切って、邸宅横を素通りし、連れてこられたのは家の裏手。そこに、モンゴルのゲルみたいなテントが、でんっと建っていた。

 爺さん、テント入り口でなんかごにょごにょ言ってたが、振り向いて、

「靴を脱げ。」土足厳禁か。そうだね、家主はずっと浮いているね。

 郷に入れば郷に従えだ。裸足になり入口をくぐっていざ中に。

 ……先制パンチをくらっちゃった。テントの中は、物が山積み状態だったよ。箱とか、でっかい袋とかあれこかこれとか…よく崩れねえな、これ。かろうじて、ベッド等の生活空間だけは確保してあるけど。どうみても、片付けは進んでねえわ。

 とにかく、物をよけ隙間に座った。爺さんは浮いたまま、ベッドの上をふわふわ。

「んじゃ。もう一回、俺はヒューゴだ。」

「ふん、イライジャじゃ。サムに追い出せって頼まれたか。」

「いいや。片付けを手伝えって言われてきた。」

「どうでもいえるのう。おせっかいは迷惑じゃ。」

「でもさあ、何もしなくても、一月後には追い出されるんだろ。」

「……お主、どこまで事情を知っとる。」

「この土地建物の所有者が変わった。爺さんには退去命令が出た。」

「間違いはないのう。」

 俺は山積みのあれこれに視線をやって、

「このままだと、何一つ持ち出せないよ?あ、先に牢獄行か。ぜーんぶ没収されるね。」

「それはいやじゃー。」

 イライジャは空中でじたばたやりだした……器用なことで。

「わしだってわかっちゃいるんじゃ。何時までもここに住めんことぐらいは。でもここには、わしが開発したいろんな魔道具のプロトタイプから失敗作、製作過程の試行錯誤のあれこれや、改造した道具や、その他その他一杯あって、簡単には捨てられんのじゃよ。どうしようか考えているうちに、時間だけがたってしまったんじゃあー。」

 なるほど、イライジャさんは、物に執着するタイプとみた。それと、

「爺さんは、魔道具の技師なのか。」

「そうじゃぞ、この浮遊盤もわしが作ったんじゃぞ。」

 くるりん、と空中で華麗なターン。

「すご。じゃあ昼間のカードも魔道具だったの?」

「む?お主はあの場に居ったのか。あれは魔道具ではない。」

「じゃあただのカードか。」

「そんなわけあるか。素材だけならそこらの魔道具以上じゃ。いにしえの作法そのままを再現しておる。術式の一つも付与すれば、立派な魔道具に早変わりするわい。」

「?よくわからないけど。ところで、どうして家の方に何で住まないんだ。あっちの方が広いし、物だってたくさん置け…」


 すっと目をそらされた。

「まさか。あっちも物がいっぱい…とか。」

「だって、だってえ。物って増えるんじゃもん、すてられないんじゃもん!いっぱいになっちゃったんじゃもん!仕方ないんじゃもーーん!」

 あの邸宅一杯の、モノ、ですか。はぁ…。

 イライジャめ、だってだってと言いつつ、泣きだした。俺もちょっと泣きたくなった。


 はたして俺は、生きて帰れるのだろうか。

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