3章 指名依頼はトラブルの予感

第1話


 やあ、ヒューゴだ。

 ついさっき、ファルスタルという街にたどり着いたところ。これまで訪れた街の中で、断トツにでかくて活気があるね。門から続く表通りは、馬車や人であふれかえっているよ。街なみも古いヨーロッパ風で、統一感があって綺麗だし、お店もいっぱい。商品もいっぱい。出窓とかちょっとした場所に花が飾られていてさ、旅人を歓迎しているみたい、いいねえ。

 それにさ、人族の国なのに他種族も結構いる。おなじみの獣人族に、名前はわかんないけど、角や鱗や翼とか持つ人も普通に歩いているよ。

 さすがにエルフはいないか、ま、会いたくはないけどさ。

 そうそう、先日ヘアバンドを買ったんだ。夏服を買う時に、小物コーナーで見つけた。これ少し伸縮性があって、いい感じにフィットするのよ。幅広で額から耳まですっぽり隠せるから、前のバンダナよりずーっと安心だ。やっぱりね、耳は隠すのがベスト。半分切れてても、人族のとは形が違うもん。


 あっちこっち見物しながら歩いていたら、トラブルっぽい場面に出くわした。店先で客らしい爺さんと、店員ぽいのが、ぎゃんぎゃんやりあってる。野次馬も集まってら。

 爺さんは小柄で、でっかい荷物を抱えているね。長いローブに伸びた白髪と髭とで、本から出てきた魔法使いみたい。店員のほうはひょろっとした眉の細い男だ。なんか爺さんを見下してる感じー。

「なぜじゃ、わしは注文通りに作ったんじゃぞ、なぜ買い取れんのじゃ。」

「ですから、その注文自体が、キャンセルになったんです。占いカードなんて、そうそう需要はありませんから。あきらめてください。」

「なんだと!是非にと言って、しかも急がせて作らせおって、その上キャンセルだと。ええい、わしを騙したか。」

「人聞きの悪い。」

「発注したのはお主じゃ、責任をとれ!」

「うちはただの仲介ですよ。どこに責任があるんというんです?」

 怒り心頭の爺さんに、店員らしい男はのらりくらりとかわしている。

 嫌な態度だなあ。話通りなら、爺さんが怒るのも当然だとおもうけどさ。ま、ほんとのことは当事者以外わかんないから、なんとも……お?


 今、気が付いた。あの爺さん、浮いている。

 地表から約20センチんとこを、フワフワと……浮いて、ようやく男の肩に届くくらいの身長だ。そりゃあ、魔法で物を浮かせるんだから、人だって浮くさ。きっとこれが爺さんの平常運転なんだろうね。だってだれひとり、気にしてねえもん。


 一方、二人の口げんかはヒートアップ。

「ほんっと、要求だけは御立派ですね。いい加減認めてくださいよ。需要のないカードなんて、値段などつきません。どんなに高価な材料で製作されたとしても、価値など皆無です。」

「なんじゃとっ、わしの傑作を価値がないと申すか、この腐れ商人めが!」

「ないどころか、ゴミですね。ああ、ゴミなら引き取ってさしあげますよ。特別に無料です。」

「ばばば馬鹿にするな!」

 爺さん、切れた。荷物を抱えこんで、ぐるんと回れ右。

 おーー、速ええーー、爺さんは浮いたまま、道をすっ飛んでったよ。進行方向の人垣が、さっと左右に避けた、なんか慣れている……。

 爺さんが視界から消えると、通りには元の喧騒が戻った。野次馬も消えた。残ったのは俺と店員だけ。

「小人族のくせに、何時までも人族の国に居座りやがって。」

 こいつ、ころっと口調が変わったね。悪役決定じゃんか。

 それにしても爺さんって小人族なんだ。ドワーフにしちゃ、華奢だとは思ったんだよ。

 ところでここ何を扱う店かな。案外、おもちゃ屋さんだったりして。気になって店の中を覗くと、ばっちり眉ほそ店員と目が合っちゃった。

「小汚ねえガキは失せろ、邪魔だ!」

 ホウキでシッシされた。ちぇ。



 当座の資金調達のため、やってきました。冒険者ギルドのとなり、通称納品解体所です。場所は通行人に聞いたよ。

 道中集めた魔石をサクッと納品。職員の中年男性は、手順通りに処理を終えると、例のごとく引き替え書をくれた。

 さあ、お隣りへ移動です。この流れにも慣れたもんだ。

 冒険者ギルドのロビーは、昼間のせいか人もまばらだ。壁際の長椅子に座って、待つことしばし。やけに待たせるなあ、と思っていたら、ふいに影が差した。

 顔を上げれば、いかついおっさんが俺を見下ろしている。

 おっさん、口を開くなり、

「ヒューゴ、クラスは8級、間違いないか。」

「そうだけど。なにか。」

「ちょっと来い。話がある。」

「ギルド長!」

 俺が返答をする前に、甲高い女性の声が響き渡った。

「いつも言っているでしょう。ちゃんと理由を話してくださいって。いきなり来いとか、ありえませんから。街のごろつきと同じですよ!」

「ああ?ここはギルドだ、仕事の話だってわかるだろう?」

「わからないから言っているんですっ!」

 怒鳴りつけているのは、すっごい美女さんです。窓口カウンター向こうで仁王立ちして、おっさん、もといギルド長にガン飛ばしている。

 彼女、地味なスーツ姿なのにボンッキュッボンが丸わかりという見事なスタイル。それと豊かな栗色の髪から、三角耳がのぞいててとってもキュートだ。獣人族だね、彼女は俺と目が合うと、申し訳そうに、

「ヒューゴ君、かしら。ごめんなさいね。ギルド長は怖い顔だけど、顔だけだからね。話を聞いてくれるかなあ。」

「お、おまえなあ…。」

 美女に睨まれ、ばつが悪そうなギルド長は、改めて口を開いた。

「俺はここのギルドを預かっているサムという。依頼の件で、話をしたい。」

「オコトワリデス。」

「そう言わずに。いい茶菓子があるんだ。食べながら聞いてくれると嬉しいぞ。」

 ちょっと、人の話聞いてんの?小脇に抱えてご案内って、俺、荷物じゃないってば。綺麗なお姉さーん、そこで手を振ってないで助けてくれよ!


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