第4話


「ヒューゴ、お前、早めに街を出た方がいいぞ。」


「やっぱり?」

「僕も同感。」

 そっかー、そうだよなあ。思わず天を仰いじゃったよ。

 俺って街の有力者のお子様と、トラブったんだもの。どんな報復が来るかわかったもんじゃあない。せめて、まともな親だと信じたいけどさ。

「あの三文安の親よ、期待しちゃダメ。」

「俺も同感。」

 あなた達、俺の考えてることわかりすぎ!


「だからね、僕たちと……っ」


 ―――いきなり、だった。

 全身が総毛だつ。

 風に乗って漂う、この獣臭さ……

 ああ、いる。風上に、魔物か獣か、何かがいる。


「ヒューゴ、方向がわかるかしら?」

 ささやくようなイーサンの問いに、俺は指をさした。

 少し先の、緩い登りの丘のほう。たしかその向こう側は、森が切れて、谷になっているはず。

 そっちから、気配が、臭いが漂ってくるように感じられる。

 ジュドーがゆっくりと頷いた。その彼の手に大ぶりな剣があった。

 何処から出した?それ、ジュドーの背丈くらいあるんだけど!

 はっとしてイーサンを見れば、彼もまた白銀の大弓を持っている。

 さっきまで二人ともショートソード一本だったはず。間違いない。まさか、いや、確認はあとだ、あと。今は集中しなければ。

 俺たちは無言で頷きあい、足早に移動した。さっき俺が指さした場所まで進み、慎重に向こう側を覗く。


 視界に入り込んできたのは、緑色のヒトのようなものたち。

 緑鬼だ。

 少し離れたゆるやかな谷筋を、群れて列をなし歩いている。

 その姿はまるで、雪の上を蠢く特大のカビのよう。


 樹木がまばらなので、全容がわかる。その数、30匹以上。列後方は山へ続いているから、もっといるか。風下の俺たちには気が付かずに、谷を低い方へと移動中だ。数が多いから、離れていても結構臭う。

 たしかこの谷筋は、街近くの街道へ出るはず。へたをしたら、そのまま街になだれ込むかもしれない。早急に知らせなければ。街には防壁もある、冒険者も警備の人員も大勢いるから、対応できるはず。


「エサ不足かしら、人里近くまで出てくるなんて。」

「かもな。ご丁寧に隊列まで組んでよ。潰しちまおうぜ。」

「そうね、先頭がやられたら、後は回れ右するでしょ。」

「ちょっ、街に知らせないと。」

 正気?こういう場合は、街への報告が最優先だろ。少人数で討伐するなんて、無謀だ。

 ビビッてる俺に、イーサンは表情を変えないまま、

「8級ならいい判断ね。でもね、僕らは4級なのよねえ、二人そろって。」

「そーそー、報告に戻っても、結局駆り出される。この程度なら潰す方が早いんだよ。」

「やだわー。なまじ戦力があるって、やだわー。」

 この程度って……その自信、どこから湧いて出るんだよ。

 ありえない、数はそのまま脅威だ。しかも相手は魔物で、厄介な緑鬼だぞ。

 村でもさ、緑鬼これの群れが湧いたら、人をかき集めた。遠慮なく魔法をぶっ放すあのエルフたちだって、安全策をとっていたんだ。群れに襲われでもしたら、それこそ骨も残らない。

 どうして平然としていられるんだよ。


「30、いや35、もっとか。」

「じゃあ打ち合わせ通りに…」

 手順の確認が済むと、ジュドーは音もなくここを離れた。

 あっという間に、彼の姿が消えた。気配もだ、まったく感じ取れない。

「大丈夫よ。」

 そっと、イーサンの手が俺の肩に置かれる。

「初手で僕ができるだけ減らすわ。緑鬼は谷を下って逃げるでしょう。そこをジュドーがまとめてぶった切る。彼なら一匹も通さない。これで大部分を処理できるはずよ。谷からこっちに上がってくるものは僕が倒すわ。元来た方へ逃げる奴は、原則放置ね。でも計算通りにいくとは限らない。ヒューゴ、君は僕から離れないで。もう一つ、射ち漏らして接近した奴は、頼んだわよ。」

「わ、わかった。」

「任せなさい、4級ってすごいのよ。」

 そう言って、イーサンはほほ笑んだ。自信あるその笑顔が、逆に怖い。ほんとにやれるのか?作戦だって大雑把で、実質働くのは二人だ。

 ――とにかく、彼らの邪魔だけはしちゃだめだ。だいじょうぶ、きっと、だいじょうぶ。


 木の影から、イーサンが弓を構えた。

 弓とおそろいの白銀の矢だ。特別製なのがよくわかる。

 そして――彼の魔力が、無駄なく、美しく、弓へと流れていく。

 流れた魔力は矢に凝縮され―――


 ピッ、短く口笛がなった。

 同時にイーサンが矢を放った。一本の矢は、宙で十数本の光に分裂し、群れの中心へ襲い掛かる。これ…!

「ぎゃぎゃぎゃ!!」「ぐぎゃあ!」

 光の矢は一度に十匹近くを貫いた。続けざまにもう一射。これは数匹を仕留めたのみ、大方その場から逃げだした。そして追いやられた魔物たちは、谷を低い方へ転がるように駆けていく。

「おおおおーーーーーっ」

 ジュドーだ。ジュドーは雄たけびをあげ、その先頭集団に切り込んだ。

 ぶんっ、大剣が大きな弧を描く。周囲の緑鬼達が真っ二つとなって吹き飛ばされた。

 返す刀でさらに一振り、緑色の何かがまき散らされていく。

 …なんだこれは?

 だって変だ。ジュドーのリーチが、おかしい。

 到底剣が届くはずのない奴まで、ぶっちぎれている。今もほら、離れた場所の樹木まで切断されてしまった、なぜ?

 そうか、イーサンの弓矢と同じか。

 ジュドーの大剣も、魔力かなんかで見えない刃が生じているんだ。きっとそうだ。

 あれも並みのモノじゃない。それをジュドーが自由自在に操り、魔物たちを屠っているんだ。


『彼なら一匹も通さない』


 まさに言葉どおり。谷筋でほぼ一本道とは言え、一匹もジュドーの横をすり抜けられない。遠回りしようとすれば、イーサンの矢が遠慮なく突き刺さる。

 格が、レベルが、違う。4級っていうのは、伊達じゃないんだ。


 見る見るうちに、緑鬼は数を減らした。でも二人の攻撃は止まらない。

 弓弦を鳴らすイーサンの死角から、一匹の緑鬼が躍り出た。

「シッ」

「ぐぎゃっ」

 遠慮なく俺は緑鬼の横っ面をぶっ叩いた。

 雪面に転がった緑鬼は、まだもがいている。こいつら、生きてる間は超危険だ、叩く、とにかく叩く。ええい、俺もリーチが欲しい!こんな棒よりもっと長い奴が!魔法でも弓でも槍でもいい。離れた場所から、とどめを刺す手段が欲しい!

 何度か叩いて、やっと魔物は動かなくなった。ほっとする間もなく、

「ぎゃぎゃぎゃっ」

 振り返ったら、目の前にでかい口が迫っていた。

 とっさに棒でブロック!が、勢いそのままに、押し倒されてしまった。うげー、口が臭い、よだれが臭いっ、重いっ、必死に蹴とばすけど、全然離れねー。このままじゃ棒が噛み千切られるっ、まずいまずいこん畜生ー!

 必死にもがいていたら、ふいに緑鬼の体から力が抜けた。そのまんま、俺の上にぐったりとかぶさる。

 ひえぇ~、緑鬼の頭に、矢が生えてる…。

 心配顔の貴公子が、

「大丈夫?」

「だ、大丈夫。ありがと。」

「どういたしまして。」

 俺はイーサンの手を借りて、何とか緑鬼の下から抜け出せたよ。

 こっちがジタバタしている間に、すべて終わっていた。周囲で動いている奴はもう、一匹もいない。討伐は終了。すごいわ、4級。





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