第3話
森を歩くとさ、なんか落ち着くんだ。エルフだからかなあ。
それにたった一日違いだけど、春が近づいてると感じる。いいねえ。
あ、あの雪のふくらみの下――、こっちの枝の上にあるコブは確か――。頭上の葉の影に実が残ってら。あれは樹の守り神だから、そのままにしとかないと、なんてきょろきょろしていたら、クスクスと笑い声が聞こえた。
笑い声の主はもちろん、イーサンとお仲間の大男さんだ。
「横取りしないから、採取でもなんでもやっちゃいなさい。」
ううむ、そういわれてもなあ。
「あ」いかん、大切なことが抜けていたわ。俺は振り返り、後ろを歩いていた二人に頭を下げた。
「あのう、助けてもらって、ありがとう、ございました。」
イーサンはにこにこしながら、
「いいのよ~、勝手にやったことだから。」
「そうだ、コイツが勝手にやったんだ。キニスンナ。」
そう言いつつ、大男はジト目でイーサンを見ている。
「でも、俺だけじゃ言いくるめられた。」
「その辺は、経験の差ね。」
イーサンは右手を胸に置くと、
「あらためて、僕はイーサン。そっちの大男はジュドー、うちのチームのリーダーよ。」
「ジュドーだ。」大男は軽く手を上げた。
「ヒューゴ、です。」
少しばかり緊張している俺に、二人は軽く笑った。
さて、このお方々なんだけど。イーサンは、緑の眼に金髪を緩くまとめた貴公子って感じ。端正なお顔で、女の子がキャーキャー言いそうなタイプだ。衣装はボタン一つにもセンスがあってクール。一方ジュドーは、粗削りながらいい線いってるお顔立ち。ブラウンの眼と短く刈り上げた赤毛に、体格はガッチリ、毛皮の外套だからほぼ熊さんです。ナンカモッタイナイ。二人とも20代半ばだろうか、武器は腰のショートソードのみ。
ジュドーはイーサンを指さしつつ、
「こいつさ、ちっとばかり変わり者でよ、俺はお目付け役だ。」
「……アナタ、そんな理由で付いてきたの?」
「当たり前だろうが。危なくて放置できんわ。」
「失礼ね、何もしないわよ。」
「どうだか。」
「ははは…」
小声の応酬に、つい笑っちゃった。いいなあ、仲が良くて。でも、街で二人の顔を見たことがない。
「あのさ、この街の冒険者じゃないよね。」
「ああ、昨日街についたばかりだ。」
「商隊の護衛よ。珍しくもないでしょ。」
「護衛?商隊と一緒にいなくていいの?」
「大丈夫、今日はほかのメンバーが付いている。」
つまり休憩中だそうで。
今朝は、移動先のルートの情報収集をしようと、ギルドに顔を出したんだって。そこで、金髪のお方が、騒ぎに首を突っ込んだという……。も、申し訳ない、っておもってたら、イーサンと目が合ってしまった。
「ところで君、迷ったでしょう?」
「え?」
「あの子たちに対してよ。なに遠慮してんの。」
「……ぐう」
反論できねえ、わかってる、わかってるけど、仕方ねえじゃん!
端から相手にしなきゃよかった、ほんと、今更だよ!
「クソガキなんざ、一発ぶっ飛ばせばおとなしくなる。」
「そーそー、素手ならケンカの範疇よね、ケンカは問題なしよね。」
「…街中で、トラブりたくなかったんだってば…」
「もー、そんなんじゃ、すぐ死ぬわよ。」
ひゅっと、イーサンの顔が急接近した。
「後ろの女の子、魔法の準備をしていたわ。」
「…!」
「死にたくなかったら、もっと強くなりなさい。」
――――強く。
「難癖をつけられないほど、強く、ね。」
俺が?俺が強く?
4級の、二人のように?
イーサンの鋭いまなざしが、ふっと緩む。
「ま、強くなったらなったで、別なのが湧くんだけど。」「だな。」
「あ、あのさ、4級って、凄いのか?」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせた。うわ、変な質問だった?
「―――ええ、凄いけど?」
「ええと、俺、あんまモノを知らなくて。上の人が強いはわかるんだ。でもさっき、ギルドの人の態度みていたら、上位クラスには、特別なお役目でもあんのかな、と思って。」
どう見たってあれ、なんかあるでしょ?
イーサンは目を見開き、少し考えてから口を開いた。
「そうねえ……ヒューゴ、君は冒険者ギルドが、各国にまたがって運営されているのを、知っている?」
「なんとなく。」たしか、エルフの国にもあるもんな。
「冒険者ギルドは、国とは別の組織なの。大きな商会と考えた方がいいかもしれない。寄せ集めとはいえ、国を越えた一大勢力よ。だから、色々と制約があるわ。たとえば、各国の
「うん。俺は8級だ。」
「頑張っているわね。そのクラスは大きく区切ると、9,10が見習い、7,8が初級。5,6が中級、3,4が上級、1,2が特級となっているわ。」
「1級が最強ってこと?」
「強さだけじゃないぞ。」
代わりに答えたジュドーを、イーサンは軽くにらむ。
「続けるわよ。1級は引退した実力者への称号なの。レジェンドね。現役最高は2級になるわ。知っているように、冒険者には誰でもなれる。けれど、中級に上がるのは半数もいないの。上級はさらに一握りよ。特級は別格。昇級には強さだけではなく、信用も必要になる。上位ほど、貴族などの上流階級と関わることが増えるから当然ね。
最初に言ったように、ギルドは国や神殿から距離を置いている。でもねえ、なまじお金や力をもっているから、悪いことを考える連中が、山のように湧いてくるのよ。中からも外からもね。
ギルド本部は対策として、色々な手を講じているの。その一つが、君の言う、上級以上による「見回り」のお役目よ。」
これがめんどくさいんだよなあ、とジュドーがぼやく。
「依頼であっちこっち移動するだろう?その時気になった情報を、本部へ報告するだけ。大抵は、何処のギルドは態度がでかい、建物が汚い、査定額に不満、みたいな愚痴ばっかだ。こんなのでもいいかね、って思うときもあるがな。ま、上の考えていることは、わからん。」
「じゃあ、あの人たちがぺこぺこしてたのは?」
「さあなあ。後ろ暗いことでもあるのかね。ま、コイツみたいに、面白がって首突っ込むやつは、そうそういないからな?俺たちに職員を、どーこーできる権限もないからな?これ、職員なら知っているはずなんだけど。うーん。」
唸りながら、ジュドーは頭を掻きむしる。
「ま、今回の様に目に余ったら、一言いうわよ。大抵は、それでおしまい。
……でも、たまーに、地方ギルドが、職員総入れ替えした話を聞くわね。地方だと、安定したいい仕事なのにね、かわいそうねえ。うふふ。」
黒い、笑顔が黒いよ、イーサン。
「さて、これで答えになったかしら?ヒューゴ。」
「うん、ありがとう。」
「ふふふ、どういたしまして。」
上位クラスの、抑止力、てやつかなあ。
イーサンは笑っているけれど、きっと、これだけじゃないんだろうね。今のは、俺が理解できる範囲で説明してくれたんだと思う。ほんと、俺、物を知らないんだよなあ、改めて思い知ったよ。
皆どうやって、知識を得ているんだろう。親から?神殿でのお説教?まさか学校?人族の学校なんて、近づきたくもないんですケド。
アホなことを連想していたら、真面目な顔のジュドーが切り出した。
「ヒューゴ、お前、早めに街を出た方がいいぞ。」
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冒険者クラスをスポーツで例えると、
1級 レジェンド 2級 金メダリスト 世界記録保持者
3級 国際大会ファイナリスト 4級 国際大会出場クラス
5、6級 全国大会クラス 7、8級 地方大会クラス
9、10級 初心者、同好会クラス
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