第2話
「ちょっと、あんた!ずるいわよ!」
「え?」
大声で叫んでいるのは、杖を持った女の子だ。魔法使いかな、珍しい。濃いめの金髪と碧眼の、顔だけなら十人並みの子。俺は意味が分からなくて、つい、間の抜けた返答をしちまった。
「だ、か、ら、あんたはずるいって言ってんの。独り占めしないで、シロテンやアミメツタがとれた場所を教えなさい。」
んん?俺の成果を横取りさせろ、でOK?
「ねえ、聞こえてんの?さっさと…」
「……やだよ。」
「なんですって!」
お嬢さん、眦釣りあげてつば飛ばして。そこそこの顔が台無しー。
彼女の仲間も同調して、一気に詰め寄ってきた。彼らは男女二人ずつ、4人のチームだ。みな、15才前って感じ。男の子はガタイのいいニキビ面と、痩せてチビの素早そうなやつ、プラスぽっちゃり気味な女の子。こっちの女子もいかにも魔法使いだ。彼らの装備や服は綺麗で品がよさそう、この街の子だろうなあ。
「俺たちの言うことがきけないのか?生意気なガキだぜ。」ニキビ面が言う。
「ほんと、緑鬼も倒せないくせにさ!」これは小柄なヤツ。
「そうよ、ヘタレよ。魔物も倒せないヘタレ。」最初の女子だ。
「意地悪な子はキライ。」ぽっちゃりさん。
「弱虫のくせに、そのくせ情報は独り占め、けちくせーぞ。」ニキビ。
「冒険者同士、情報は共有するもんだろーが、けちけち~」チビ。
てめーらガキか、ガキだったな。怒っても仕方ねえか。
「ケチで結構。悔しかったら自分で探せ。冒険者だろ。」
「ひどい!顔がそんなのだと、心もねじ曲がっちゃうのね。せっかく私たちのチームに入れてあげようと思ったのに。」
うそつけ。初対面で、キモイとか人じゃねえとか言いやがったの忘れてねえぞ。
「誰が。お断りだよ。」
「ひえっ」
つい語気を強めたら、ぽっちゃり女子が泣きだしたよ。えー、俺、何もしてませーん。
バシーーーン
うお、不意打ち!平手打ちだよ。女子その1か!
「よくもっ、アリスを泣かせたわね!酷いヤツ!」
もう一発、と振り上げた腕を掴んだ。こんにゃろ。
「そっちが勝手に泣いたんだろうが!」
「きゃあっ、やめてっ」
「てめーっ」「ルーシーを放せ!よそもん!」
ニキビの奴、体当たりしてきやがった。喰らって、数歩下がる。
そのまま女子1をかばうニキビ、おーおー、かっこつけて。
「女の子をいじめるなんて、最低だぞ。」
「そうだそうだ。卑怯者めっ。」
チビも調子に乗って殴り掛かってきやがった。ああ?ブンブン振り回すだけのパンチなんざ当たらん。ひょいひょい躱したら、ニキビが、
「逃げるな!鉄槌を受けろ!」
また突進してきたんで、今度は避けて足を引っかけてやったぜ。なまじ勢いがあったもんだから、チビを巻き込んで転がっちゃった。けけけ、ザマアミロ。
「ななな何しやがる!卑怯だぞ!」
「二人がかりで殴ってくるほうが、卑怯だって―の。」
「うるせえっ、ヨソモンのくせに!バケモンのくせに!」
あああああ、ニキビの奴、立ち上がりざま剣を抜きやがった。なにやってんの?ギルド真ん前だよ!他にも人がいっぱいいんのよ!ヤバいって!
「ルーシーをいじめるなあああ!」
と叫びながら俺に向かってくる。ええいっ、もう知らねえからな!
甲高い金属音と共に、影が俺たちの間に割りこんだ。男だ、男の手には鞘付きの剣、その先端をニキビに突き付け、もう一方の手は俺が投げたボーラをからめとっている。一呼吸おいて、ニキビの剣が地面へと転がり落ちた。涼やかな声が響き渡る。
「坊やたち、公の場所では私闘も抜刀も厳禁よ、わかった?」
うわあ、怖ええ。めっちゃ怖えよ。この男、淡い金髪に緑の眼、さらに甘―いマスクの優男なんだよ!なのに何なの、この威圧感は!ニキビ、呆然としてら、気絶してねえか?
ふと周りを見ると、大勢の人が俺たちを取り囲んでいたよ。
「イィーーーサァーーーン!」
叫んだのは、その中にいた赤毛の大男だ。
「イーサン!どーして?どーして首を突っ込むの?」
イーサンと呼ばれた優男は、
「このままだと僕らの仕事にも差し支えるし、ね。」
「ねっ、て、おまえねえ……」
叫んだ男は、がっくりと肩を落とした。どうもお仲間みたい。
優男改めイーサンは、俺たちの方へと向き直ると、
「僕はイーサン、4級の冒険者よ。ここは僕が預かるわ。」
と言って、ニコリと笑った。とーーっても怖い笑顔だった。
イーサンが名乗ったとたん、子供どもたちは羨望のまなざしだよ。特に女子なんて、目がハートのきらっきら。おい、ぽっちゃり、君はさっきまで泣いていたろうが。
この段になって、やっとさギルドから人が出てきた。例の女性職員と、初老の男性だ。二人とも怒り心頭って感じ―。
「いったい何の騒ぎだ!」
「またあなたね!トラブルばっかりっ。」
「お黙り。」
「ひっ」
イーサンは一言で彼らを黙らせると、タグを出し自分が4級だと告げた。そしたら彼らの態度も、ガラッと変わっちゃった。実演、手のひら返し。もしかして4級ってすごいの?初老の、もうじいちゃんでいいや、ひきつった顔で、
「あの、何か問題でもありましたか。」
「問題大ありよ。ここのギルドは、新人たちのトラブルを放置するのかしら。どうやら先輩がたも職員も、見て見ぬふりのようね。ギルドの真ん前だというのに。」
じいちゃんは汗を拭きつつ、
「ケンカならよくあることです。ケンカは冒険者同士での解決が原則ですので。」
「あら?僕は最初から見ていたんだけど。そこのチームの子供たちが、この子に強請って断られたら、刃物を抜いたのよ。強盗ね。僕が止めなければ、死人が出ていたかもしれない。これを、当事者間で解決しろですって?こんなことがまかり通るなら、ギルドも冒険者も信用を失くすわよ。」
じいちゃん、もう真っ青、周囲の冒険者たちも、ばつが悪そうだ。俺もイーサンが放つ何かに当てられちゃっている。眼力がハンパねえんだわ、動こうにも動けねえ、これが4級かよ。ひぃぃ、こっち向いた。謎の微笑みまでもらっちゃったよ。
「あ、あの、イーサン様。妹が強盗なんてありえませんわ!あの子が吹っ掛けたに決まっています!」
女性職員だけ元気。目を潤ませ、祈るように手を組んで、懇願のポーズときた。いや、あれは押しを目の前にした女だわー。めんどくさいタイプ、知ってたけど。イーサンは、はぁ、と溜息をつき口を開く。
「あなた、聞いていなかったのかしら。僕が見ていたの。バンダナの子は、自分の身を守っただけ。僕と僕の仲間が証言するわ。なんなら、今からでも街の警備を呼びましょうか。本来ならそれが道理よね。」
「そ、それはちょっと、まって。」
じーさん、不味いって自覚があるんだ。対して子供たちは全然わかってねえ。
「でも、そいつが悪いからです!」「アミメツタとシロテンの情報を独り占めにしているからです。私たちだってほしいのに。」
「何を言っているの?」イーサンは、半眼で職員と子供たちを睨む。
「魔物や害獣の情報は、人命にかかわるから共有よ。でも他は、特に規定はない。ここでは教えていないようね。」
うん、俺も知っている。マツタケみたいなもんだ、見つけた者の特権だから、秘密にしていいんだって。低クラスには飯のタネだもんね。それでも取りすぎたらギルドから待ったがかかる。カリンさんから、教えられたよ。
おい、窓口の女は今聞いたって顔……。じいさんは死にそうじゃん。おっと、ここで助け舟です、別の男性職員がきましたよ。
「イーサン殿、申し訳ありません。続きは別室でよろしいでしょうか。」
「ええ、いいわよ。」
じいちゃんは仲間が来たんで、立ち直った!早えな。
「しかたない。そっちの子も、来い。」
「あぁ?」思わずむっとしたら、イーサンがこそっと、耳打ち。
「ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう。後腐れがないように。」
「……わかった。」
しゃーない、後でグタグタわれるよりはいいか。
さっき出てきた冒険者ギルドに、逆戻りです。
ええ、別室でお話ししましたとも!いっぱい!
「子供のしたことですから」「今回だけ穏便に」「女の子は将来有望な魔法使いなんです」と、泣き落としにシフトチェンジ!それをイーサンは全部嫌み付きで論破してったよ。圧巻だった。イーサン本人がすごいのか、4級の冒険者がすごいのか、俺は判断できんけどさ。関係者に正しい経緯と結果を認めさせたころには、大人を含めた全員を泣かせていたね。怖えええ。俺?横で事実確認ですね。もう一人の男性職員は、ずーっとぺこぺこしていたわ。気の毒……。
なんでこんなことが起きたかっていうと、身内贔屓のなれの果てだってさ。ガキンチョたち、ギルド職員の家族や良い所のお子様方だとよ。だから情報も駄々洩れだったのね。アミメツタとか言い出して、妙だとは思ったんだ。
結果。ギルド側はチームと職員の再教育を約束した。お子様たちは当分謹慎だって。あま~。実質被害はないから迷惑料等もなし!もしかして、俺、叩かれ損?ぶー。
と、に、か、く、だ。俺は、おとがめなし、自由だ。
あーーーーー、疲れたーーーー。
その後なんか街中に居づらくて、森に入ったんだけど。
俺の後ろをついてくるんだよ、イーサンと、お仲間の男の二人がさ。
なんで??
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