2章 雪と魔物と冒険者

第1話


 雪が残る森林の小道を、俺はゆっくりと歩いていた。樹木は落葉樹と常緑樹が半々ってところかな。お供は、借りもののソリだ。積み荷は本日の成果だよ。

 パラパラと雪が舞い落ち、思わず見上げる。おや?俺はソリを木の根元に置き、幹のコブに足を掛けよじ登った。すぐ目的の位置にたどり着く。わずかに浮いた木の皮の下に、ちらりと覗く若緑の色。若芽だ。確かこいつは寄生するツタで、根が冬の間は幹に残って暖かくなると一気に成長するんだ。春が近いんだねえ。たしか樵の目の敵だったはず。でも芽の時は、食材や薬の材料もなるから売れる、ラッキー。丁寧に採取して予備の小袋に入れた。他にもないか、探していたらさ。風に乗って、騒がしい音が聞こえてきた。人の声だ、何だろう。


 その方向を見れば、木立の向こうで複数の影が動いている。

「回り込め、緑鬼をにがすな!」「すばやいっ」「きゃあ!こっちに来ないで!」

 どうやらほかの冒険者チームが戦闘中らしい。

【緑鬼】はヒトガタの魔物だよ。名前のとおりで肌が緑色、背丈はおとなの腰程度。やたら腹がでかくて、小枝みたいな手足が付いている。ちびなのに顔はジジイでハゲ、めちゃくちゃキモイんだ。

 あー、あいつらギルドで見たことあるなー。俺と同じ、8級になったばかりのガキンチョチームだったはず。「やったー!」「俺たち最強!」

 おいおい、倒したからって大声で叫ぶな。新手を呼び寄せちまうぞ。ああもう、言っている先からきちゃった。

 少し離れた倒木の所で動く、小さな影が3つ。あれも緑鬼、奴らの方へ移動しているが、こりゃあ気が付いてねえなあ。ずーっと自慢話だもん。あいつらなあ、気に食わねえけど、目の前で死なれるのも、ちょっとね。

 さあ、集中だ。自分の魔力を集めろ。

 そして狙いをつけろ。ターゲットは、緑鬼と彼らの中間の木だ。

「ウォーターボール」

 ピンポン玉大の水球が現れ、勢いよく飛んだ。一発、二発。

 三発目で枝葉の上の雪がどさっと落ちた。それでやっとこさ彼らは気が付いたよ。

「うわああああ、また緑鬼だあ。」

「げ、三匹もいる。逃げよう!」

「まって、おいて行かないで。」

 よかった、撤退していったね。その後ろを緑鬼が追いかけてら。アレの足は遅いから、たぶん逃げ切れるだろうさ。さあ、俺も今の内に逃げよっと。緑鬼の集団に囲まれたら、命がいくつあっても足りねえもん。やつら、陸のピラニアだから。



 俺はヒューゴ、8級の冒険者だ。

 種族はエルフ。ただ、耳が半分切れててさ、念のため額から耳をバンダナ巻いて隠している。顔には火傷の痕もあるから、初対面の人は大抵引くな。

 モルベラを出てからは、いくつかの街を渡り歩いた。少し金がたまったら移動ってパターンだよ。やっぱね、あのへんはエルフの国に近いじゃん。早めに離れたかったのよ。冬季とはいえ寒さも程ほどだったんで、かなりの距離を移動できたんだ。いつのまにか、別の貴族の領地に入っていたわ。ところ変われば、ってね。どこに行っても、つい、モルベラと比べてしまう。

 今拠点にしているのは、クラスコって所。森と丘陵に囲まれた、やや小さめの街だよ。ここまで移動優先だったから、しばらく腰を据えて稼ぐことにしたのさ。


 ガキたちとは別の道で街へ戻った。結局大回りになっちまった。

 夕方の通りを、足早に冒険者ギルドへ向かう。ここのギルドは街の規模に合わせて小さめ、納品と受付窓口が同じフロアにあるよ。便利っちゃー便利、混むけど。

 獲物のウサギとテンに植物数点をさっさと納品だ。ついでにソリも返却っと。本日の納品窓口は顔なじみのおっちゃんです。

「ああ、アミメツタの芽だ、いいね、初物だ。シロテンも珍しい。支払いを期待しておくれ。」

 ニカッと笑うと、おっちゃんは一瞬戸惑ってから苦笑い。悪いねえ、かわいい笑顔じゃなくてさ。引き替え書をもらって、名前を呼ばれるのを待つ。

 他の帰還した冒険者たちから、

「おう坊主、今日はもうかったかあ?」

「ソロなんだから、無理すんなよ。」

「ありがと、おにいさんたち。」

 にこにこと手を振れば、おにいさん方はぎゃははと笑いつつ、納品窓口へ向かっていった。

 こんな感じで他の冒険者たちからは、気軽に話しかけられるね。職員さんからもさ。

 ここはよく言えばアットホーム、悪く言えばおせっかい。それがこそばゆいつーか、なんつーか。ただ全員がそうとは限らないんだなー。

「ヒューゴさん。」

 名前を呼ばれたので、窓口へ。若い女性職員から、お金と明細をもらう。彼女はきつめの美人さんです。その場で明細を確認、おお、テンもツタの芽もなかなかのお値段ですよ。ほくほくです。で、お金を数えているとさ、女性職員が、

「……それ、いやがらせ?」

「ただの確認だよ、多かったら返す。」

「なんですって?」

 怒ったー。彼女の顔、真っ赤っか。だってさ、前にお金が足りない時があったんだよ。もちろん即クレーム。それからずーっと目の敵だ。自分のミスなのにさ。今日も今日とて、彼女のご機嫌は超斜め、一言言わないと気が済まないようです。

「あんたね、冒険者なら、緑鬼の一匹くらい狩ってきなさいよ。」

「ソロだから無理。チームくんでいる人に頼んで。」

「何よっその言い草は!だいたいあなたと同じ級の子供たちだって、今日は二匹も狩ってきたのよ!ほんっとに臆病者のヘタレなのね。」

 奴らかな、無事だったんなら何よりだ。

「お金ありました。では。」

 用が済んだので、さっさと窓口を離れた。なんかギャーギャー後ろで言っているけど無視だ。相手にするのもめんどくさい。他の職員さんになだめてもらえ。というか止めろよ。あの女に遠慮あんの?それともいい仲なの?趣味わる!


 日が落ちて寒くなってきた。さっさと泊っている宿へGO!

 入口の扉を開けるなり、元気な従業員のおねえさんが、

「ヒューゴ君おかえりー、すぐ夕食にする?」

「うん、食べる。」

「おっけー、その辺に座ってまっててねー。」

 こちらはギルドの彼女と正反対、明るくて気さくなおちゃめさんだ。俺はもう出来上がっている人たちを避けて、空いているテーブルに着いた。席はもう半分近く埋まっている。この宿は一階が食堂で、二階が客室というスタイルだよ。こじんまりしていてさ、居心地がいいんだ。

 冬場なんで、食事はもっぱら宿でとっている。宿泊客以外も食べに来る人が多いみたいだね。定番メニューは根菜のスープ物とパンだ。たまに、スープに肉が入る。具だくさんで量もあって、俺は割と好き。もちろん別料金で、お酒や他のお品もあるってよ。

「おまちどー。」

 来た来た、深皿にたっぷり根菜のスープ煮。今日は当たりだね、肉団子が入ってる。うーん、おねえさんに悪気はないんだろうけど、すこし冷めてら。

 ここで集中、スープの入った深皿に「ホット」ほわっと湯気が上がって、スープが熱々になった。

 冷えた体にはありがたいや。ふうふう言いながら食べる。

 ――あのね、魔法はもう、秘密にしていない。大っぴらに使わないだけ。たまに、飲み水やタバコの火に使っている人がいて、その程度じゃ誰も気にしないってわかった。ただ攻撃魔法となると、人族ではめったに見ないかな。

 食べ終わるころには、食堂は満席になったね。部屋に戻ろうと席を立てば、お姉さんから声が掛かる。


「あーヒューゴ君、魔道具の魔石、足りる?」

「まだ、だいじょうぶだ。」

「そっか、必要な時はいってね。」

「わかった、ありがとう。」

 おねえさんは頷いて、他の客の給仕に戻った。


 半日ぶりに帰った部屋の中は、寒々として真っ暗だ。

「灯せ。」

 宙に「灯」が浮かぶ。次に、壁横にある四角柱側面のレバーを下げれば、熱がじわーと広がってきた。これ、魔道具のヒーターです。まー、凍えない程度の暖かさだけどさ。燃料は魔石だよ。さっきおねえさんが言っていたのは、このことね。

 宿のグレードが上がるとさ、こんな風に魔道具が増えてくるんだ。ここはヒーターと壁のランプ。もっとも最近ランプは使わず「灯」の魔法です。節約だいじ、きっぱり。

 ああ、その魔法のなんだけどさ。

 俺が今使える魔力は、テニスボール大にまで増えた、やったね。その容量の水を出せると思ってくれたらいい。出口は相変わらず狭ーい、小指の太さ、にはなったかな?

 んで、唯一の攻撃魔法?が、「ウォーターボール」だ。現在は一発ずつが精いっぱい。

 他も試しているけど、炎は飛ばせば霧散し、石は形すら作れんのだわ。ウインドカッター?いやいや、魔力が球状なの!それじゃ何も切れないってば。とほほ。

 これって、どうやって練習すれば、いいんだろうね。

 そこで考えた。俺は水の魔法と相性がいいみたいだから、例えば水球を変形させることから始めたらどうかな、と。水のナイフ、水の矢、水の龍、なあんてね。何時かは火や風の魔法に応用できる、かもしれない。まだ、ちっとも変形できてないんだけどさ!


 そんな調子で練習していたら。だんだんと「灯」が暗くなった。俺の「灯」はまだ微調整不可なのだよ、今日はここまでだ。

 暖房はついたままだけど、やっぱ冷えるね。ベッドも冷たい。毛布のあっちこっちを「ちょっとだけ、ホット」で、暖めた。ふふ、あったけえ。俺、「ホット」は腕を上げたぞ。



 翌朝も俺はギルドへと向かった。不満はあるけど、もうちょっと稼ぎたいところ。

 並んだ窓口は男性職員で、ほっとした。さすがに朝っぱらからアレの顔見たくねえもん。でもさ、やっぱ外の依頼は、緑鬼以外ないんだと、ちぇっ。しかたない、今日は昨日のツタでも探そうかな。

 ソリを借りていざ出陣!とギルドを出たら、なんと。建物正面に、昨日助けたガキンチョチームがいたぞ。

 その中の女の子が、俺の顔を見るなり指を突き付けた。

「ちょっと、あんた!ずるいわよ!」


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