第8話
それからというもの、仕事をこなしては報酬をもらう、そんな毎日が続いた。
ある朝―――身だしなみを整えてから、ぐるりと部屋を見回した。忘れ物はないかな。背負い鞄はパンパン、荷物が増えたわー。腰には剣代わりの木の棒とボーラを装備だ。
宿のカウンターに鍵を返して、冒険者ギルドへ向かって歩き出す。もう冬だねえ、吸い込む空気が冷たい。朝晩はけっこう冷えこむよ。そうそう、靴は買ったぞ。フード付き外套もね。どっちも中古だけど、あったけえわあ。
空気の冷たさに慣れたころ、目的地に着いた。いつものレンガの壁に、弓の意匠。重い扉を開けて中へ入る。ざわざわとしていて、各ブースに人が並んでいた。今日は混んでいるね、少し待とうかな。
最近急ぎでなければ、翌朝に報酬を受け取っているんだ。ついでに当日分の仕事をもらうのさ。こないだ、変なのがいたからね。ああいう連中って朝は弱い、会わなきゃちょっかいもかけられないだろう。
待ち時間つぶしに、壁に貼られた地図を見た。簡略化されたもので、周辺の畑とか地形なんかがざっくり描かれている。道は二重線、その線に沿って先にある街の名前が、ずらーっと記入されているね。街の名前も、読めるようになった。これ、もう交通路線図だねえ。
近くにいる冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「やれやれ、南の農村から出稼ぎ組が増えたなあ。」「腕のいい奴は、魔の森のある東方面へ移動したぞ。」「お前どうするよ。」「動くなら今だよなあ。」
あとは雑談になって、昨夜のお相手がよかったとか、サービスがうんぬんとか、……それ、人前で話しちゃダメなやつじゃん。
やっと窓口がすいてきたので、カリンさんの所へ行った。報告を済ませ、昨日の分の報酬をもらう。カリンさんは目を細めながら、
「ご苦労様、今日はどうする?」
「やめとく。」
「……わかったわ。気を付けてね。」
「…気を付ける。」
なんだろ、この全部見抜かれている感じ。かなわんわあ。
俺は彼女に一礼し、建物から出た。
歩きなれた道を行く。露店で、うまそうな蒸しパンを購入した。食べながら他の露店も物色する。懐が温かくなると、いろいろ買いたくなるね。
そんな時、見覚えのある後ろ姿が。門番のアスカだ、俺くらいの子供を連れてギルド方面へ歩いているぞ。少し前の俺と重なるなあ。きっと人族でも色々あるよね。がんばれーと、心の中でエールを送っておいた。
そのまま歩き城壁近くの乗合馬車だまりを覗く。車両も馬もいつもより少ない感じ。俺を客だと思ったのか、従業員の一人が、
「坊主、朝の便は出た後だ。乗るなら昼の便になるぜ。」
「そっかー。で、隣街までどのくらいで着くの?」
「西も東も、馬車で半日ってとこ、徒歩だと丸一日かかる。寒くなったし、たまにハグレの魔物も出るから馬車がおすすめよ。どうだ?」
「んー今日はやめとくー。」
「そりゃ残念、また頼むわー。」
手をひらひらふって、従業員は仕事に戻った。
ここまで来れば、街の出入り口はすぐそこだ。来た時にいた門番が、柱に寄りかかったまま眠そうな目で通行人を眺めている。あれから、門で何度も見たけれど特に反応なし。今日は不意に目が合って、片手をあげられた。俺も何となく上げ返し、そのまま外へ出た。
すれ違う人や荷車は、寒さのせいか、ずいぶん減った気がする。
いい街だった、と思う。どこも事務的だったけれど、露骨な差別も、搾取もなかった。かえって気が楽だったよ。だって、なまじ優しくされたら、離れがたいじゃないか。
―――いい感じでじわっとしていたのにさ、邪魔が入った。柄の悪い男が二人現れ、道をふさいだ。もう一人うしろから来たな。街から走ってきたんだろう、肩で息をしてら。
こいつら、顔に見覚えがあるね。たしか木賃宿の常連さんだよ。時々尾行もしていたのも彼らだろう。街中で手を出さなかったのは、足りない知恵を総動員したんだろうな。悪くない。でも、馬鹿だ、やっぱ。
「よう坊主。羽振りがいいようだな。」
テンプレー。面白くなーい。でもって、酒くさーい、服も髪もきったなーい。
答えるのも嫌でだまっていたら、
「おいおい、だんまりか。先輩に挨拶もなしかよ。」
「これだから最近のガキは、しつけがなってない。」
「すっかり小ぎれいになりやがって。よっぽど稼ぎがいいんだろう。」
「ため込んだヤツを、少々融通してくれや、倍にして返すからよ。」
なあ、といいながら、圧をかけてくる。ほんと、ただのごろつきです。他の通行人は、とばっちりを避けて足早に離れていった。正解だね。
「ほれ、さっさと金を出せや。」
「やだよ。」
「ほう?いっちょ前の口をきくようになったな。」
「こりゃあ、先輩への口の利き方を教えてやらねえと。」
ばきばき指を鳴らして、取り囲もうとする。させないよ。
「おっさんたち、計算もできねえの?」
「はあ?」
あんたらが思うほど持ってねえよ、金って使ったら減るんだ。それもわからん連中だ。
「だから、馬鹿だって言ってんだよ!」
正面の男の顔が一気に赤くなった。怒った勢いで掴みかかってくる。
その手をするっとかわし、懐からだした袋を、前方の二人にぶちまけた。
「ぎゃっ!」
砂だよ、まともに目に入ったね!俺、腕力ないもん。準備くらいするさ。
んで、対応する時間なんかやらん。間髪入れず、後ろの男に飛び蹴りだ。
「ぎぃ・・・・・!」股間にヒット!大地に沈め!
「この、がき。」「ひいっやめろ!」
ひえ、目をつむったまま刃物振り回すな!同士討ちじゃん。距離とっておいてよかったー。
仲間の悲鳴でひるんだヤツの後ろに回り込み、木の棒をフルスイング!
全力膝カックンだ、膝をついたところにもう一発、ケツバット!地面とキスしてろ。
さあ、機動力をそいだら、即、撤退!
奴ら地面に手をついたまま、
「こんくそがきゃああああああ!」「ぶった切ってやる!」
やーだよ。待たないよ。まともにやって、俺が勝てるわけがないじゃん。
俺は逃げる!走りなら、森じゃなくとも負けねえもん。ちらっと、門番のおっちゃんたちが出てくるのが見えた。あとは任せた!
そのままペースを維持して走ること小一時間。とっくに城壁は見えない。
今向っているのは西だ、道に新しい轍が残っているから、こっちでいいはず。この先乗合馬車が見えたら、なおよし!東?ないない。あっちは魔の森が近いんだ。俺程度じゃ、稼ぐどころか生き残れないよ。
あ、遠くになんか馬車っぽいのが見えてきたな。次の街まで、もうちょっと頑張ろうか。
「馬鹿でしょう。」
「馬鹿だね。」
冒険者ギルドの、一室にて。女性職員のカリンと城門警備の男、ダンがテーブルをはさんで話しこんでいた。二人とも眉間にしわを寄せ、不機嫌マックスだ。話題は、今朝、門近くであった騒動の後処理についてである。城壁外と言え、街道上で、しかも門のすぐ近くで、抜刀し暴れた冒険者三人を警備が取り押さえた。衆人の前での傷害、強盗および殺人未遂などだ。幸い、本人たち以外にケガ人はいなかった。
「あのガキ、俺たちにけがをさせて逃げやがった。すぐ捕まえろ!はあ?俺たちが強盗?俺たちは街の外にいたんだ、罪にゃならん!解放しろ!」
「あほか!その理屈なら、その子供も無罪だろうが!」
「はあ?なんでだよ。」
「ええい、連れてけ!」
「言葉を理解できない連中が多くて、ほんっと困るわ。」カリンは頭をかかえる。
城壁外でも、国内なら法の適用範囲だ。ただ、役人の目が届きにくい、というだけ。ダンは同意し、ため息をついた。
「余罪もボロボロ出てきてな。とりあえず、三人は廃棄物処理場にぶち込んだ。しばらくそこでお務めだね。その先は上のもんが決めるだろうさ。冒険者資格ははく奪かい?」
「当然よ。こっちも上の決定待ちだけど。」
「ああ、ところで坊主は戻ってきたか?できれば直接話を聞きたいが。」
「いいえ。」
「行っちまったか。まあ、そろそろかとは思っていたがね。」
「そうね。それが冒険者でしょ。」
「ちがいねえな。」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
この街で、たくさんの若者が冒険者の道に進む。そして多くが街を離れ、何人かがここへと帰ってくる。二人は思う、彼が後者であればいい。
かつて同じような子供だった大人たちの、せめてもの願いだった。
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ヒューゴは長距離ランナータイプ。
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