第6話

 

 段々と街の生活にも慣れてきました。ヒューゴです。


 この街って、ここらの物流の中心地みたいだね。常設の市場もあるんだって。

 昔からある街の城壁の外に人が住みだして、今の形になったみたいだ。にぎやかなことこの上ないよ。最初は人の密度に圧倒されていたけど、もう平気。


 仕事はギルド横にある解体所の手伝いが多いかな。初日に行ったところの、その裏方だ。

 普通は10級や9級って、冒険者になり立ての子供が多いから、ゴミ拾い草抜きなどの軽い作業を紹介するんだってさ。でも、初日の掃除のせいか、そこの戦力扱いされちまった感じ。うん、雑用の、たまに解体助手。

 これが結構重労働なんだよ。その分お金がもらえるからいいけどね。宿代と食事代ひいても少し残るんだ。


 なので、小金がたまるごとにいろいろ買い替えている。

 まずはナイフ。良いお店を教えてもらって、手ごろなモノを見つけたよ。靴は高いなー、中古を物色中。あと、服、古着でも品質良!市場にはたくさんの店が並んでいて、より取り見取りだ。食べ物もさ、冒険者とか多いせいか、屋台がいっぱい。安いし美味しい!有料シャワーもあった!当然、水だったけど。

 田舎者に、金の使の使い方わかるかって?そこは前世の俺がいるもの、任せなさい。数字はわかるのだ、市場回れば大体の相場もオッケー。

 それにさー、お客さんも商人も、人族が多いけど他にもいろんな種族がいて、見ているだけでも飽きない、楽しい。

 本当だよ、毎日が楽しいの。

 そりゃあ、仕事はきついけど、その分お金がもらえる。そのお金で買い物ができて、自分の物になって、ちょっとずつ身ぎれいになってさ。その過程がとても楽しいんだ、俺も、ヒューゴもさ。

 そう遠くないうちに、冒険者のクラスも上がる。そうしたら街の外の仕事も受けられるよ。報酬は街中よりいいみたいだから、期待しているんだ。

 でもその前に。やっておきたいことがある。



 

 ある肌寒い朝、俺は中心部の旧市街近くまで歩いてきた。

 目の前に、白くて荘厳な建物がある。神殿だ。石造りで複数並んだ柱が特徴的な、前世の地中海あたりの神殿を思わせる造りだ。今日、人族の「成人の儀」が行われる。


 やっておきたいこと、それは魔法だよ。

 俺は魔法を使えるようになりたい。


 神殿が鍵なのはわかっていた。村じゃ中にも入れてもらえなかったなあ。

 まず儀式を受けられるかどうか、先だって神殿まで出向き、直接聞いてみた。若い女性の神官曰く、

「可能です。成人の儀は月に一度行われていて、13歳以上であれば街の住人でなくとも受けられますよ。ただし、参加人数に余裕があればになりますが。」なんだと。一応予約制。

 もちろん寄付が必要でーす。金額はお気持ちで、ってことだけど、受ける子供の親(または当人)の日当が目安だそうだよ。庶民にやさしく、金持ちからはがっぽりですと。俺、ここの神様好きかもしれないわ。もちろん、予約しといた。



 いよいよ当日というわけです。

 神殿内部は、柔らかい光が差し込む空間だったよ。石柱が並ぶ広間は、体育館くらいありそうだ。天井も高い。集まった子供は3、40人というところかな。子供より保護者の数が多いや。大切な儀式のはずだけど、大人も子供もざわざわしている。あれ?人族の13歳って、俺よりちょっと小さいくらい…。うーん、俺が16歳にしちゃあ小さいってのは、エルフだからかなあ。

 そのうち時間が来たようで、奥からぞろぞろと神官たちが出てきた。

 まず正面で神への賛辞を述べたのは、老齢の神官だ。子供たちへ祝いの言葉、成人にあたっての心得を語った後、ありがたいお説教のお話の時間になる。子供たちはよく聞くお話なんだろうね。あっちこっちであくびだ。だが、俺ははじめてだ、よく聞いておこう。


「皆さんも知っているように、この世界は主神たる大神がすべてを生み出されました。その後、大神は12柱にこの世界を託されました。我々を日々見守り導いてくださる12柱です。」

 神官は手を広げて、周囲を示す。

 広間正面、神官の後ろに大きな石板のレリーフがある。周囲の壁にも12枚のレリーフが飾られ、広間を取り囲んでいる。どれもシルエットのみで、男神も女神もいるようだ。この12柱の下にも、たくさん神々がいるのだとか。

「魔法は、神々が我々に授けてくださったものの一つです。これは誰もが持っていて、体の中の入れ物に入っています。でもこの入れ物は見ることも触れることもできません。人によって、大きさも違います。おまけに今は、しっかりと蓋がされている状態です。なぜかというと、あなた方の命を守るための、神の思し召しだからです。」

 生まれたての赤ちゃんが、自分の魔法で怪我をしたら大変です、と。身近なたとえ話で、子供たちはやっと頷いた。

「これからその蓋を開けます。ですが全員が、魔法を使えるようにはなりません。むしろ人族は使えない方が多い。だから決して気を落とさないように。」

 最後に皆で神への祈りをささげたのち、正面の神官の前へ、子供たちが並んだ。

 並ぶのを他の神官たちが手伝う。以前俺と話した女性神官もいるね。俺も列の一番後ろについた。

 別の痩せぎすな神官が、子供たちに向かって話す。

「儀式が終わったら、直ぐ横の台へ移動してください。ここでおおよその、魔法の素質がわかります。いいですか、魔法を授かっても、神殿内で使ってはいけませんよ。」

 注意事項が増えた。すでに興奮気味の子供たちは、聞いちゃいねえ。

 横の台には、透明なガラス板みたいなのが斜めに置かれてある。なんか、前世の色々調べられる板みたいだね。

 儀式が開始され、俺は一番後ろで観察だ。老神官が何やら唱えながら、子供の一人一人の頭に手をやる、それだけ、特に何もない。終れば流れ作業のように、ガラス板の台へ移動していく。何番目かの男の子が板に触れると、ぼわっと、色が変わった。赤だ。

「君は火の魔法の素質があるね。なかなか強いようだ。」鑑定役らしい神官がのたまった。

「僕、魔法が使えるんだね!」

「よかったね!マーク。」後方で親が大騒ぎしている。

 子供たちはどんどん儀式を済ませていった。ガラス板の前で、少し曇っただけや、または全く反応がなく魔法は無理だといわれ、泣きだす子供もいて、それを慰める親たちと結構カオス。

 いよいよ俺の番だ。老神官が、もごもごと呪文らしきものを唱え俺の頭に手を置いた。文言も態度も、事務的だ。


 でも、触れられた瞬間、わかった。


 蓋が外れるという意味が。


 俺の中になにかが溢れだした。いままで、そこにあることもわからなかったのに。全然気が付かなかったのに。確かに、見えない蓋をされていたんだって。


 すげえ!じいちゃんすげえ神官だな!

 だが、俺の感動など関係なく、老神官は終わりとばかりすたすたと後ろに下がった。

「早く。」

 横のやせた神官が促す。もう俺だけだ、ガラス板担当の彼は嫌そうな顔、さっさと済ませろってさ。お望みどおりに、俺はガラス板に手を置いた。

 置いたとたん、板全体に虹色の光が射した。

 だが光はすぐ消え、板は透明に戻った。どういうことだ?説明を聞こうと思って顔を上げたら、神官はよそを向いていたよ。

「神殿内で魔法を使っちゃいかん!」

 騒いでいる子供らを叱っていたわ。が、すぐ役目を思い出したのか、視線を俺に戻し、

「ああ、君には魔法の素質はない、まったく反応していないね。残念だったね。」

「でも今」「さあ行って。」

 終わりとばかり、ガラス板は布で覆われた。仕方なく俺がテーブルから離れると、ボソッと「受けられただけありがたいと思え」聞こえたぞ、こら。

 子供たちは子供たちでさ、あの顔で魔法もないとかかわいそー、とか言ってら。

 うん、君たちも使えないグループだよね。俺と同じだと思うんだけどなあ。ああ、だからこそ見下す相手が必要なのね。どこに行ってもヤダネ。


 追い出される前に、俺は速足で神殿を出た。通りを走り抜け、そのまま街の外へ向かう。

 今日は仕事を受けない。城壁の門を抜けても走り続けて、少し離れた丘陵までやってきた。近くの畑は刈り取りが終わり、作業をする人影はない。腰を下ろし、儀式を反芻した。


 年配の神官が手を触れた時、確かに俺の中で変化があった。

 そしてあのガラス板の、一瞬の虹色の輝き。だが誰もそれを見ていなかった。

 よそ見をしていた神官は言った。俺に魔法の素質はないと。


 赤く光った少年は、火の魔法の素質があるそうだ。

 俺の時はもっと強い光だった。だから、ないというのは、おかしい。

 感じるんだ。俺の中にある、今までもあった、でも感じることができなかったそれが。蓋が取り払われて、今にもそこからあふれ出ようとしているもの。これを何だというのだ。


 使えるはずだ!

 怖がるな、俺、ヒューゴはエルフだろう。

 魔法の申し子のエルフだ。使える、絶対に使える。

 イメージしろ、決まった呪文なんざ無かったろう。

 村の子供たちは、腹が立つほど、自然に、使っていただろう。

 だから、俺だって、


「水よ」


 手のひらに、何かが集まってきた。

 ふっと現れたのは、朝露よりもさらに細かな水滴。

 丸っとなった水滴の表面を、陽の光が反射して光る。にじんだ視界でもっとよく見ようとしたら、零れ落ちた水と一緒になってしまった。

「くそう、涙の方が、水が多いじゃねえか。」


 魔法が使えた。

 良かったな、ヒューゴ。俺はうれし泣きだぞ、こん畜生め。

 ガラス板の事はわかんねえけど。またゆっくり考えような!


 

 結局日が暮れるまで、丘の影で魔法の練習をしたさ。やめられなかった!


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