第5話


 平原の中にドーンと、立派な城壁があった。俺の村よりずいぶんでかくて頑丈なやつ。同じように周辺に農地も広がって、柵や土塁で囲まれている。崖や川など地形をうまく利用している感じだ。そのなかを通る道をたどって、ついに城壁の門のところまでやってきた。通行人は多い、馬車や冒険者らしき人、農家の荷駄に交じって歩く。みんなそのまま門を通り過ぎていくのでついていくと。

 門番の男に首根っこひっつかまれ、そのまま門横の詰所に連行です、なんで?


「そりゃ、子供でも不審者は通さんよ。」

 門番の中年男はそう言うと、俺を頭の上から下まで見た。ついで鼻をつまむ。

 臭い?そうだよなあ、体を水で拭いたのはいつだっけ。風呂なんぞ、生まれてこのかた記憶にないわ。

 改めて現在の俺ってば、衣服は薄汚れて藪に引っ掛かって穴だらけ。靴もぼろぼろ、頭をバンダナみたく布を巻き付け一応耳隠し、顔はそのまんま晒して、まともなのは背負い鞄だけ。門番の人族の男は、盛大にため息をついた。


「それで坊主は何処から来た、ここへ来た理由はなんだ。」

「森で、捨てられて、ここまで、来た。」

「はあ?」

 くそー、しばらく人と話してねえから口が回らん。

「目的は、冒険者になる、ためだ。」

 その場にいた門番たち全員が、何とも言えない顔になった。あれ?テムさんたちも似たような顔をしていた気がするぞ。

「だめか?」

「……そっちは俺の仕事じゃねえ。まあ少し待っていろ。」

 すすめられて、置いてあった箱に腰掛ける。ここからも通行人がよく見えた。あっちもこっち見ているよー。そろって、何をやらかしたんだ、って顔だね。彼らはほぼ素通りだ。いいのか?

「いいんだよ。」

 うお、心を読まれた!

「国境や王都なら一人ひとり確認が必要だろうけどよ。こんな地方なんざ、目くじら立てるこたあねえんだ。まあ、変な奴はこうやって引っ張るしさ。それと自由に入れるのは下町までだ。中心部へは行けんよ。」

 奥から若手が、束になった書類を手に持ってきた。ばっさばさと捲りながらである。

「該当する通達は、ないようですよう。」

「ん?」

「犯罪者の手配書とか確認していたんだよ。問題なしだから、街にはいってよし。アスカ、冒険者ギルドまで連れて行ってやれ。」

「はあ、俺がですかあ?」

「ついでに休憩とってこいや。ああ坊主、ようこそ、モルベラへ。」

 頭をぐりッと撫でられた。この街の名前、モルベラなんだね。


 モルベラは街全体に石材が多く使われているようで、路面は石畳だ。ちょっとくたびれている。通りには人がいっぱい、はぐれない様にアスカという青年の後を追った。彼はときどき俺の方を振り返る。ちょっとは気にしてくれているんだろうね。しばし移動して、青年はある建物の前で立ち止まった。三階建て、壁はレンガとなかなか立派、正面に弓をかたどった意匠が飾られていた。ここかな?彼の後について中に入った。

 頑丈な木の扉を抜けると、意外にも銀行か役所のロビーという感じだった。比較的清潔で静か、横長カウンターに複数の窓口と、その向こうに人員がいる。つい立てて仕切られた商談スペースみたいなのもある。人はまばらだ。

 青年は一人の女性の所へ行き、俺を指さし一言二言告げた。そんで「じゃあねえ」と、入ったところから出ていった。滞在時間一分未満!すぐ、その恰幅の良い女性から、こいこいと手招きだ。女性のお年は聞きません、が、見るからにベテランです。

「冒険者になりたいのは、あなた?」

「はい。」

 俺が頷くと、やはり上から下まで見られた。

「成人以上、にはなっているわね。あっちに座って、説明するから。」

 そう言って相談スペースの一つを示された。言われた通りに席について待っていると、女性はトレイを手にして現れた。トレイには、厚手の紙とペンとインク瓶が乗っている。なんと羽ペンじゃない、軸にペン先がついたつけペンタイプだ。

「ここに名前、年齢、出身、特技を書いて。字はかける?」

「名前だけ。」

「それでいいわ。」

 文字は最低限習った。それ以上必要ないって、あのジジババ夫婦がおおせになったね。文字は大切だ、これから覚えよう。ミミズの這ったような字で、なんとかヒューゴと書き、渡した。女性はしばらく俺をじっと見ると、年齢のところに数字を書き足した。へ?16?

「俺、本当の年は、しらない。」

「大丈夫、私の特技よ。今まで間違えたことないわ。16歳にしちゃ小さいわね、君。」

 うるせー、人族の平均身長なんざ知らんわ。

 さて、と女性表情を引き締めた。

「これから話すことをよく聞きなさい。それで自分には無理だと思ったら、やめなさい。いいわね。」

「わかった。」

 そして彼女から、冒険者について丁寧に説明がされた。

 知ってたことと、重複部分もあるけど簡単に。

 冒険者は、成人以上ならだれでもなれる。ただし犯罪者は当然ながら不可。

 冒険者は、ギルドがあっせんした仕事を受注し達成したのち報酬を受け取る。仕事は主に、魔物の盗伐、その他の仕事もあり。商業ギルドのそれと、多少被る。

 重要なのは、国の法律を順守する事。要は犯罪行為を行わないことだ。

 加えて、ギルドが不利益になることを行わない。

「つまり、冒険者という社会不適合者たちに仕事を与え、少しでもお国の役に立たせているだけなの。鈴をつけている訳ね。何か不始末をすれば、すぐしょっ引けるでしょう?」

 ひええ、何その本音。俺なんかにぶっちゃけてもいいのか、それ。

「以上に同意できるなら、手続きを進めるわよ。」

 もちろん、頷いた。他に選べねえし。

「ところで登録代はある?ないなら、この先の依頼から、分割で差っ引くけど。」

「……これで、足りる?」

 鞄の中から、虎の子の魔石を出した。これで取引できなきゃプラン練り直しになる。さあ、どうだ。10個もない小粒の魔石に、女性は器用に片眉を上げた。

「充分よ、待ってなさい。」

 よかったー、俺は胸をなでおろした。

 彼女は一度席を離れ、数分後再びトレイをもって現れた。今回は名刺大の木の札と、コインが何枚か乗っている。いかにも小銭な色と形のコインだ。やっぱ小さな魔石って、お安いのかしらん。

「こっちはお釣り。こっちは冒険者タグ、なくしたらだめよ。クラスは10級。10と9は見習いね。街の中の仕事しかないわ。8級になって外の仕事が受けられるようになったら、また説明します。」

「最初に全部、説明しないのか?」

「今説明したって、誰も覚えちゃいないわよ。」

 おお、女性は遠い眼をしています。冒険者ってやっぱ、脳筋が多いんだろうか。

 しかしクラスとは。習い事の級みたいだ。上には段とかあるのかな。

「手続きはこれで終わりだけど、今から何か仕事する?これっぽっちじゃ木賃宿にも泊まれないわよ。」

 と、女性は小銭をつんつんした。やっぱり!


 はい、お仕事しました。

 すぐ隣の建物のお掃除です。ここは、冒険者相手の納品の場所だということで、それこそ想像通りのところだったよ。荒くれさんたちがたむろしててさ、各ブースで一触即発状態。みなさん血の気がおおいわーこわいわー。

 あとで聞いたんだけど、ここ商業ギルドが入っていて、狩ってきた獲物や採取物なんかを鑑定、解体、納品などしているんだって。支払いはさっきのギルド窓口という、完全分業。納品されたモノは、ここからそれぞれの専門へ行く流れだよ。動物ならサクッと解体されて、肉は肉屋、皮は革屋、てな感じかな。なんで、こっちのロビーはさ、泥だらけ、羽根や翅が散乱してら。掃除しがいがあるわー。

 出入りする冒険者たちの間をちょろちょろしながら、掃いて、まとめて、ゴミ袋突っ込んで。そのそばから、また汚れる。冒険者どもがあとからあとから持ってくる、ほらそこ、臓物だしたままの獲物引きずってるんじゃねえ。血で床が汚れるう。


 一息ついたのは日がとっぷり暮れてからだった。ええ、くったくたになりましたとも。

 でも、半日だけどお駄賃はもらえて、ギルド近くの木賃宿にもとまれた。大部屋雑魚寝だ、つい立てて区切ってあるだけ、ベッドもねえ。地面よりましと、荷物抱えてさっさと寝転んだ。同室の連中は、誰も俺の方近づいてこない。まあ、臭いし、盗まれるもんも持ってないけど。森の方が安心できるのはなぜだ?

 はあ、明日から頑張ろう。食いもの屋も探すからと、ぐうぐうなる腹をなぐさめた。

 もうちょっといい宿に泊まりたいけど、当分は無理だろうなあ。

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