第3話


 やあ、ヒューゴです。


 テムさんたちが旅立ってから、しばらくそれこそ寝る間もないくらい用事を言いつけられたよ。冒険者にあこがれて、逃げだすと思われたらしい。でも結局、「おバカなゴミは何も考えていない」に落ち着いたようだ。むしろさ、ガキンチョどもの方が盛り上がったぞ。テムさんたち、かっこよかったもんな!


「冒険者っていいな!」

「ドラゴンとたたかうんだぜ。」

「オレ、剣術の練習をするんだ。」

「冒険者って誰でもなれるけど、成人してからだって。」

「成人て、何歳?」

「しらなーい。」


 暴走する子供たちを、大人が説教するものだからさ。色んな情報が聞けた、うれしいね。

 わかった事。冒険者ギルドってのがある。そこで冒険者になれる。この村に冒険者ギルドはない。もう少し規模の大きい街にある。一番近場は北方の街道を二日ばかり行った街。

 そもそも冒険者とはなんぞや。主に魔物を討伐する便利屋扱いだそーだ。

 南には人族の国があって、エルフの国ととっても仲が悪い。子供たちは「攫われて、売られちゃうぞ!」とか脅されてぎゃん泣きだった。

 ちなみに成人は、エルフは25歳。人族は平均13歳くらい、幼いな、おい。これは国ごとに違うんだってさ。よく考えたら当たり前だよなあ。法律だって国ごとに違うのだから。神殿で受ける例の魔法の儀が、人族の成人式にあたるらしいよ。

「エルフは長生きだけど、人族は早死になの、犬猫と同じで、すぐ大人になるの。」

「へえ、じゃあすぐお爺ちゃんにおばあちゃんになっちゃうんだね。」

「そうよ、直ぐよぼよぼになって死んじゃうの。」

 エルフの寿命がどれほどかは知らんけど。そこまで言わんでもいいんじゃないの。


 そうそう、魔法は相変わらずダメだ。むしろ調子に乗った子供からの攻撃が増えた。すれ違いざま、頭から水が降ってきたり、木の棒で叩いてきやがる。冒険者ごっこだって、親、笑ってないでしつけろよ。

 なんだかんだで村外の仕事も再開した。主に農場や下枝うち等の森仕事だね。

 先日若手のグループの狩りに付いて行ったんだ。腕のいい奴らで大物の鹿を仕留めた。これを俺が一人で運べって、うそでしょ。体格だってまだ子供の範疇だよ、限度があるよ!その鹿、馬車の車体くらいあるじゃん!さんざん能無し役立たずとか言われた後に、一人が魔法で鹿を浮かせた時は、さすがに殺意が湧いたわ。最初からやれよ、俺が足一本抱えられなくて、四苦八苦しているのが面白いからってさ。そりゃーないわ。それで自分らだけ、浮かべた鹿と一緒に帰っちゃったんだよ。へとへとになった俺は、残った荷物をもって何とか村にたどり着いたのさ。そん時な、奴ら村の入り口で、俺がいつ戻るか、賭けをしていたよ。笑いながら「おせーよ」って。

 もうはらわたが煮えくり返った。どうしてくれよう。へらッとして何もわからんて顔したけどさ。

 結局、これで、踏ん切りがついたね。


 コイツヒューゴさ、この村が好きだったんだ。

 物心ついてからずっと暮らしていたこの村がさ。

 悪口言われても、からかわれても、身寄りのない自分を育ててくれたんだと、感謝してたんだよ。ヒューゴなりに。

 でも、もういいわ。俺の方が我慢できねえ。



 しばらくして、また同じメンバーの狩りに同行することになった。

 その二日ほど前かな?

「ゴミの野郎、馬鹿だからよ、前回の事はもう忘れてるんじゃね?」

「もうちょっと奥の方に置いてみるか。村に帰るまで何日かかるか、賭けようぜ。」

「おい、魔物や獣に喰われたらどうするんだ。」

「それも含める!」

「わはははは。俺、そこに賭けよっと。」

 倉庫で作業していたらさ、裏手で話してやんの。大声で相談するなよ、みんな聞こえちゃうだろ?でもこれはチャンスかも。


 当日、朝早くから連れ出された。村から離れて、林道を東の方角へ行く。かなり奥まったところまで移動したのち、少し開けた場所にでた。

「よし、ゴミはここで待機。俺たちは狩りだ。俺たちが迎えに来るまで、ここから動くなよ。」

「わかった。」

「大事な荷物だ、絶対失くすな、いいな。」

「……わかった。」

 彼らは、笑いながら木々の間へ走り去った。エルフだねー森の中を疾走する姿は様になるねー。中身はクズだけど。

 俺は倒木に腰掛けた。ここまで荷を背負ったまま歩きどおしで、少し疲れた。大事の前には十分な休息が必要だよ。風が心地よいわ。


 昨日のうちに、準備した物は回収してある。ぼろ袋一つ分しかないや。預かった荷はもらっちゃおう。そのくらいいいよね。その前にブツを確認……やけに重いと思ったら。おい、拳大の石がご丁寧に布にまいて仕込んであるよ。どこから見てもただの石だよ、ゴツゴツした奴。それも複数。はあ、あいつらバカだね。いやがらせで石を荷に仕込むなんてさ。水は?携帯食は?予備の武器とか?何かあった時はどうするのさ。魔法だけじゃ対処できないこともあるでしょうに。いつかしっぺ返しを食らうぞ。

 結局俺がくすねてきたものが一番まともという。古いナイフに火打石、ロープ、古着に、穴の開いた布袋と水用の皮袋、岩塩ちょっと、裁縫道具!針と糸だけだけど!ほかはこまごました物。ほぼゴミだ。うーん。

 石は捨てちゃえ。布は俺の服よりいい生地だ、とっとこう。背負い鞄もしっかりした作りだね、これが一番物がいいかも。

 さて、周囲に彼らの気配はない。俺を置いていくのが目的だから、近くにはいないだろう。よし、作戦の確認だ。


 以前見た地図思い出し、地面に書く。

 まず×印、ここが村。

 東、森、魔物が多い魔の森につながる危険地帯。現在位置はこっち方面、こわ。

 北、街道沿いに複数の街。でもエルフ国内、この村と交流ありの可能性大。

 西、山高い。険しい。夏でも残雪が見られる。山越えの道があるかどうか確認できず。

 南。街道の先に、地図にはもう一つ集落があった。さらに先に国境。人族の国。

 幾筋かの川は西の山岳地帯から、俺の村の近くを通って南へ。次第に合流し、人族の国まで至る。うん、川伝いなら、あまり迷わず、国境付近まではいけるんじゃないだろうか。街道はどうだろ、追いかけられたらすぐ見つかるかも。その前に街道にでるには、村の近くまで戻らないといかんか。却下。

 決定。進路は、南。途中見た川沿いに下っていく。あんまり深い川じゃなかった。歩いて渡れるくらい。下流になるにつれ、広く深くなるのだろう。距離を稼いだ後に、できれば街道の近くを進む。でも次の集落は素通り。目指すのは人族の国だ。耳がこんなだから、人族で通る。きっと。

 土の上に書いた地図を、入念に消した。証拠は隠滅しとかないとね。

 ナイフを腰のベルトに、手ごろな木の枝を槍代わりに、さあ行くぞ!



 気合入れて移動を始めたのはいいものの。

 すぐ、ウサギの魔物に見つかった。逃げています!一生懸命逃げています。

 ウサギの野郎、こっちが弱いとふんだらしく、突進攻撃を繰り返してきている。木の槍一号は、最初の突進でまっぷたつだ。攻撃を何とかかわして、背負っていた鞄で殴り飛ばす。敵は態勢を整えてから、また突進しやがる。まずいぞ、この騒動で気づかれでもしたら、元の木阿弥だよ。

 でも大丈夫!俺にはたぶんサバイバル経験なぞ全然ない、がヒューゴは違うぞ。いままでだってずっと、狩りで嫌な奴らにさんざんこき使われてきたじゃないか。ヒューゴは獣とも魔物とも、いくらでもやり合ったことのある達人だ。

 ヒューゴは川へと一目散に走った。自然に体が動くままに、川の浅瀬にざぶざぶ入った。追ってきたウサギのヤツを振り向くと、躊躇している。水が嫌いですか、泳げませんか?

 チャンス!俺は速攻で接近、思いっきり鞄をぶん回し、ウサギの野郎を水中に叩き込んだ。クリーンヒット――――!もがくウサギの頭を押さえつけ、流れるようにホールドだ。そのまま押さえつけること数分。ごぼごぼ出ていた泡がだんだん弱弱しくなって、ヤツはついに動かなくなった。


 討伐成功!


 俺はその場に座り込んで、ふーっと大きく息を吐いた。

 すごいな、ヒューゴ。あの村じゃあ誰ひとり、おまえをほめるヤツはいなかったから、俺がほめてやるぞ。こんなに立派に魔物を狩れるヤツなんて、そうはいない。魔法が使えなくとも、お前はすごいヤツだぞ!


 しだいに呼吸が落ち着いて、俺は改めて周囲の音に耳を澄ました。

 川のせせらぎ、梢を揺らす風の音、鳥の囀り。どこからか漂ってくる、獣臭さ。他の動物を呼び寄せたかもしれない、さっさとこの場を離れよう。

「へーっくしょんっ」

 濡れてさすがに冷えてきた。さあ川から上がって歩け、そのうち乾く。ウサギは今日のごちそうだ。やったね!

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