第2話
やあ、ヒューゴだ。
前世を思い出してから、十日ばかり過ぎたよ。
俺はつつがなく暮らしているさ。めだたないよーに、今までと同じよーに、そりゃ色々腹も立つことも多いけれど、目標があれば頑張れるってもんだ。
今日は朝から、農場で収穫作業中だ。洋ナシに似た果実を、木からもいでどんどん背負いかごへ放り込む。慣れたもんさ。俺さあ、毎日色々な仕事に回されるのよ。地主夫婦の一存でね、木工所や機織りにもいったぞ。猟師のとこで動物の解体もやらされた。おかげでいろいろと経験を積めるけどさ。
地主、っていうけど、村長とは違うようなんだよ。村の運営は地主のおっさん他、顔役みたいなのかが何人かいて、その人たちが決めているみたい。今まで気にもしてなかったからわからんわ。だから村の総人口も知らんし村名も国名も知らんな。エルフ王国かねえ?ありきたりだけど。
村の周囲は山と森で、家々は割と中心部に集まっていてさ。その周りを農地や牧場がかこっている感じ。家屋は上品なグハウスみたいなの。集落は頑丈そうな外壁で、農地なども簡易ながら木の杭で囲われているね。二重だしやけに厳重なのは、魔物が出るからだってさ。ま・も・の、ファンタジーだ、ほんと。狩りにも同行するから、小物は見たことがある。ウサギや蛇、カエルとかの魔物だ。こいつらそろって肉食で狂暴。普通の動物と混じって棲息しているんだ。大物は縄張りからめったに出ないそう、でも絶対はないし、現に村周辺にはちっこいのがうろちょろしてるでしょ。でも、一番怖いのは人間だよ。ほんと。
背負いかごにいっぱいになったので集積場に運ぶ。収めるとすぐ次の空のかごを手渡された。他の作業員は小休止だとさ。座り込んで茶をしばいてらあ。むっとするが、表情に出しちゃダメ。今しばらく、これまでと同じヒューゴを演じるのだ。
ひとりとぼとぼと果樹園に戻った。
あれからね、ひたすら魔法は使えるはずだと自分に言い聞かせている。仕事しながら、夜寝る前に、心の中で何度もね。だってさ、儀式前の子供だって、ビー玉くらいの水玉を作れるんだ。俺にできないわけはないぞ。
でもうまくいかない。思いつく限り唱えてみたよ。周りは結構適当な文言で魔法を使っているんだ。それをまねて、風よ吹け、とか、灯りをともせ、とか、水よ流れろ、なんてね。もちろんダメ。恥ずかしさに悶えながら、天津神よ、精霊よ、なんてのも試した。発動なし。刷り込みって呪い、ほんとに厄介だわ。
ま、呪文と同じ言葉を発しただけで発動したとしたら、それはそれで怖い。メ〇ミで周囲が火の海とか洒落になんねえもん。くやしいなあ、ぼてぼてと走る幼児がさ、「かじぇえええ」とか言いながら葉っぱ飛ばしているんだぜ?うらやましーぞー。
こりゃ、村を出てから魔法を習得するパターンを想定しないといかんかもしれん。
あとね、逃亡時に使えそうなものをこっそり集めている。ゴミ箱やあちこちからくすねている、ともいう。役立ちそうな道具とかや衣類とか。衣類は今俺が着ているのよりましだ……わらえるでしょ、もう。それをわかりにくい所に隠しているんだ。宝探しのゲームマスターみたいで、ちょっとだけ楽しい。
もう一つ、必要なものがあるんだけど。これが難題なんだ。
再び籠がいっぱいになったんで集積所に持っていったら、リーダー格が怒っているよ。
「おい、クズ、直ぐ村へ戻れ。」
「?」
「旦那様がお呼びだ。まったく、どこで油売ってやがった。」
えー俺今まで働いていたじゃん。と言いかけてやめた。頷いて、村への道を走った。ブーブーいう声が聞こえるけど、あんたらとっくに休憩は終わってんだろ?働け。
村に戻ったと思ったら、さあ、新しいお仕事ですって。
一軒しかない宿屋――客なんざめったに来ないから普段は猟師――の臨時従業員です。お客様は人族のお方々。商人と護衛のご一行計5人の客室掃除からお馬の世話までやれってさ。いつも
やさしそうな丸顔の商人さん。
「よろしくね、まあ慣れているけれどね。」
護衛の4名はみんな男性で、なんと冒険者ですって。おお、いるんだ、冒険者、ファンタジーだ。なんかかっこいいぞ。使い込まれて味の出ている革鎧、腰の獲物は実用的で機能美にあふれ、よく手入れされているのがわかる。なにより、その恰好がしっくりくるね。装備がなじんでるんだ、きっと強いんだろうね。
一番若い男と、厩舎に入れた馬の手入れをしながら、おしゃべりタイム。彼はテムと名乗った。俺と同じ茶色の髪と眼で、人懐っこい感じ。
「僕らは南の人族の国から来たんだよー、エルフの国っていうから喜んだけど、ショックだったなあ。みーんな不愛想なんだもの。綺麗だけどさあ、もったいないよねえ。まあ、話のネタにするからいいけどね。」
「……ごめんなさい。」
「ああ君が謝ることじゃない。デビッドさんの、僕らの雇い主ね、彼の取引が済んだらすぐ出立の予定だから。この程度のこと気にしないよ。」
「とりひき?」
「織物を買い付けるって言っていたね。エルフの織物は、人族の国では有名なんだ。ほかにも北の方を回るみたい。この国の入国許可って、なかなか下りないんだよ。だからデビッドさん、めっちゃ張り切ってたんだけどね。俺たちも同じ。なのに宿のおやじはろくに口も利かない、君が来てくれなきゃ大いに困ったところだった。飲みに出ても塩対応なものだからさ、悲しいを通り越してるよ。ははは。」
十分気にしてるじゃねえか。
「んー、子供だからまだわかんないね?」
おあいにくさま、中身は大人だ、たぶん。適当に愛想笑いを返しておいた。顔はひきつっているけどね。
でね、これなんだよ。これが欲しかったの。
情報だよ。村の外の情報。村じゃ誰も教えてくれないもん。
数日間、宿に泊まり込んで雑用をしながらさ、彼らの会話を、耳ダンボにして聞いていた。時々、それなあに?と興味津々で聞けば、教えてもらえた。あまり親しくすると、また後で何か言われるからほどほどに。でもこんなチャンスはない、お客さまは神様だ。
だからこのたった数日間が、とても短く感じられたんだ。
明日は出立するって夜に、食事を部屋へ運んでいたら。テーブルに地図を広げて話し合っていた。これからのルートとかいろいろなこと。
「ああごめん、すぐ片付けるから。」
と言いつつも、ゆっくり仕舞ってくれたので、ばっちり地図を見ることができた。ガン見です。道につながる街、大雑把に書かれた山と川、大体の方角、てきとうな距離、でも。俺にとっては宝の地図!
わざとだろうなあ。なんかテムさんをはじめ全員、何とも言えない表情をしているんだよ。
翌朝出立の時、見送りにでたら、テムさんから頭をポンポンと叩かれた。
数日ぶりに、地主の家に戻れば、怒鳴られた。よそものと話していたとか、余計な世話をしたとか、仲よくしたとか。いやいや、俺は押し付けられた仕事をやっただけじゃん。だれもやらないからでしょ。
「言われた仕事を、しました。」
反抗したと思われたらしくて、その日は飯抜きのうえ、夕方まで薪割をさせられた。
ひでえ、何か月分割らせるつもりだよ。手の豆潰れちゃったよ。
あの地図は眼に焼き付けた。絶対に忘れないぞ。
テムさんたちの話ね、全部本当じゃなくても、いいんだ。
村の外には他にも集落があって、人族の国があって、それらは道でつながっている。それがはっきりしただけでもいい。
この先は、俺が確認する。本当かどうか。
これまでさして興味がなかった周りの会話からも、検証できるだろう。頑張れ、大丈夫だ、俺。
林道を行く、馬車と4人の冒険者たち。御者は商人本人が務めている。冒険者たちは馬車の前後を二人ずつ歩く。後方を歩く若者が不意に振り返った。隣に歩く筋肉隆々の男は、顔をしかめた。
「気になるか?」
聞かれて若者――テムは押し黙った。年上の男は、ため息をつきながら、
「何度も言ったぞ。やめとけって。肩入れするだけ、お前の方が傷つくと。」
「わかっている。でも、見てられなかった。――おれも農家の四男だ。」
「……ならいい。」
農家では家業を継がない子供たちは居場所がない。家の労働力として使いつぶされるか、何かの取引に使われるかだ。貴族や商家だって大差はない。それが嫌なら、そこから飛びだして、自力で生きるしかないのだ。自分がそうしたように。
それにしても、酷かった。やけど痕もそうだが、他人種である自分たちよりも村全体で彼の事を見下していた。何か理由があるにしても、あれはひどすぎる。
テムたちの話を興味深く聞き、地図に目を輝かせた。そんな彼なら、あるいは、と思う。
「頑張れよ、坊主。」
若者がつぶやいた言葉は、風に消えた。
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