セブンリーブス・ヒューゴの冒険
ひいらぎ しゅう
1章 始まりの物語
第1話
がんっ、と頭に強い衝撃を受けた。眼から火花が散るとはよく言ったもんだ。そのままぶっ倒れ、視界はちかちか、ぐるぐる回って、すげえ気持ちがわりい。どっからかげらげら笑い声が聞こえる。
「ははは!いいかっこうだなゴミ!」
声のする方を見ると、まだ定まらない視線の先に複数の人影がいた。声からして子供か?
「さっさと仕事片付けろよ、また飯抜きになるぜ!ゴミ!」
彼らはあざけるよう笑いつつ、歩き去った。
ん?ゴミ?なんだ、なにがおこっている?私はなぜ笑われている?この痛みはなぜ、いや待て、ここはどこだ。私は何をやっていたんだ。
体を起こすと、頭からぬるりと何かが垂れてきた。思わず触れば、手に血がべっとりとついた。鈍痛はそのまま。近くに小石が転がっているから、ぶつけられて、怪我をして転んだのだろうか。怪我ですんでよかった。でもなぜだ、そこがわからん。犯人はあのガキのようだが、親は何をしている、親?え?
再び激しいめまいが襲ってきた。またぐるぐる視界が回る。座り込んでやり過ごしているうちに、自分の持つ疑問の一つ一つと答えが嵌っていった。まるでジグソーパズルのように。
「私は、いや俺は、」
仰ぎ見れば曇り空、周囲に木立、その向こうに見える建物は、木造らしくせいぜい二階か三階建て。ここは村の共用水場だ、上流から使用用途が区切られている。ここへは洗濯に来たと、もう一人の俺が言っている。
「俺はヒューゴ、だ、それから…えっと…」
じっくり考えたかったが、再び怒鳴り声が聞こえた。今度は女だ。後ろがつかえる早く済ませろクズ、と怒鳴っている。誰だっけ、わからないけど体が自然とすくんだ。ああ、怖いのか、俺。これ以上の面倒は御免だ。簡単に血止めをして、洗濯を再開することにした。やり方はわかる、『ヒューゴ』が覚えているから。
洗濯の後、他の山ほどの仕事を終え、夜になってあてがわれた部屋に転がり込んだ。家人はみな寝ている。ここは物置だ、寝台もなくて雑然としている。屋根があるだけましな扱いだと思っておこう。昼間仕事を無心にこなしていると、うまい具合に俺たちの記憶のピースが嵌っていった。ヒューゴの俺と前世の俺の記憶だ。擦り切れた毛布にくるまり、もう一度順序だてて思い出した。
「俺はヒューゴ。たぶん10代半ば。周りからはごみと呼ばれている。それは身寄りがなくて、地主の家に引き取ってもらっているから。その代わりにこき使われている。ヒューゴ自身は、前々から白昼夢を見ることが度々あった。そのせいか、ぼーっとすることが多くて、おまけに突拍子もないことを口走ったりもした。いわゆる前世の記憶ってやつだった、と。」
つまりヒューゴの中では船頭が二人いる状態になっていて、体も心もうまく使えていなかったのだろう。おかげで周りからかなり、頭の可哀そうな奴だと思われていたらしい。集落の大人はもちろん、子供連中からも見下される始末。いいスケープゴートだったようだ。性格はおとなしくて従順、ちょっとおバカ。こんな境遇なのに、あまり卑屈じゃないのがいいねえ。
一方前世の俺だが、パーソナルデータはさっぱりだ。名前、性別、何歳まで生きたとか家族とか住んでいた国や町の名すらわからん。が、頭に浮かぶ様々な映像は、別の世界だったことだけはわかる。例えば無機質な街で動き回るからくり仕掛けの車、馬は引いていない。星まで行く船のからくりもあった。他にも、瞬時に遠方とやり取りができるとか、板の中で話す人間とか……そして何より、人間は普通人種だけだったんだ。
そうだ、目や肌の色はいろいろあったけども、人間一択だった。
ここは違う。村に来た旅人を見たことがあるが、普通人種――ここでは人族っていうんだって――のほか、ドワーフ族に獣人族がいた。他にもいるらしい。そしてこの村に住んでいる俺たちはというと。
「どう見たってエルフだよね。」
俺に石を投げた子供も、文句を言った女も、厄介になっている地主夫婦もみんなエルフだ。個人差はあるが、皆そろって長身細身の美形ぞろい。耳がやや長くて魔術に長けたという決まり文句まで一緒だ。まさにエルフの村、俺はいったいどこのファンタジー世界にもぐりこんだというんだろう。溜息しか出ない。
で、肝心の
ただ、外見にいろいろ問題がある。まず顔を始め体中にあるやけどの跡。顔なんてさ、引きつって表情がうまく出せないし色素沈着がひどい、ところどころケロイド状にもなっちゃっている。ヒューゴに火事の記憶はないのだがね。
もうひとつ、エルフたる耳、これが短いんだ。鏡で見たけど、バッサリ切られている感じ。
これも記憶にない。まさか、わざわざ切ったとか?物心つく前に。誰が?
…ぞっとする。本当だとしたらひどい扱いだ。こんな耳はほかに村にはいない。少なくともヒューゴ自身は見たことがないんだ。
で、今の俺だけどさ、前世の俺の色が強く出た感じだ。すっかりなじんだから違和感はない。今のところこんなもんか。しっかし、俺、すげえ底辺だな。俺は一生このままか?それは嫌だなあ。絶対にここから逃げるぞ。転生だか何だか関係ない。せっかくの人生だ、もったいねえぞ、ヒューゴ。でもどうやって。
「あ、魔法。」
そうだ。ここは魔法のある世界だった。村人が使っているのを見ている、薪に火をつけるとか、灯りをともすとか。ええと、どうだっけ。皆少しずつ、自然と使えるようになるんだよな。ああそうだ。神殿だ、神殿で、10歳過ぎたらなんか儀式やるんだ。魔法の特性を見る、だったっけか。すると自覚して強い魔法が使えるようになるんだ。そうそう。思い出した。あのガキどもは確か去年、村の神殿でやった。でもって、魔法の才能があるとか言われたもんだから、調子に乗って俺に魔法をぶつけているんだった。とんでもねえガキだぞ、おい。でも俺は儀式にもいってないぞ、10はとっくに過ぎている。その前に、魔法も使えない。エルフなのに、なんでだろ。
「あ、ババアか。」
思い出した。地主の妻のババアだ。
折に付き俺のやけど痕を指しながら「ゴミは魔法は使えないの。使ったら今度は火達磨になるわよ。」とか刷り込んでやがった。物心ついてから今に至るまでずーっとだ。そりゃ、怖くて使おうって気にならんわ。こなくそ。
ババアの言葉を思い出したせいか、俺の中の一部が怯えた。冷たくなった指先が震える。
毛布の中で、俺は俺自身を抱きしめた。でもって、繰り返しつぶやく。
「だいじょうぶ、ババアの言うことは嘘だよ。だいじょうぶ、嘘だから。」
傷ついていたんだな、俺。バカだけどさ、どんくさいけどさ、怖かったんだな。でももう大丈夫だ、俺と一緒になったから。もう怖がらなくていい。
それでもって、いつかこの境遇から抜け出そう。
村から出て、自由に生きよう。もしかしたら魔法も使えるようになるかもしれないぞ。
商売をするか?冒険もいいな。何にだって挑戦できるぞ。若いんだからな!
手足が温まり、震えが止まった。
…だいじょうぶ…自然と俺の瞼が閉じた。
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