◇第4話

「と、魔力網は張りましたよ」

「ふむ……本に主は魔力操作が苦手なままじゃのう。五十平方キロメートル程度の範囲にそこまで魔力を使ってどうするのじゃ」

「はいはい、一応はこれでも褒められる範囲だと思いますけどね。それに才能の無い俺がここまで出来れば十分でしょう」

「普通の存在ならば、な。主は妾の使徒なのじゃ。妾の求める高み程度、こなして貰えなければ妾の方が困ってしまうのじゃ。それに……」


 それに……その先に続く言葉は分かっている。

 だけど、元はと言えば俺は戦闘に身を置くために転生した訳では無い。幸せに生きるためには強大な存在と対抗出来る力が必要なのは理解しているつもりだ。だとしても、俺は俺を曲げてまでアーサナに心酔する気は無い。


「分かっておる。所詮は妾のワガママじゃ。その過程の中で主が幸せに生きられるようにする事が使徒となる条件じゃったからな」

「……その代わりとして俺はアーサナの願いを叶えられるだけ叶えてやる。まぁ、この五年間で多少は幸福というものも味わえましたし、それなりに力は貸す気ですよ」

「はは、昼食終わりに急いで逃げ出そうとした輩がよく言えたものじゃな。まぁ、期待もしているし、それを成し遂げられるだけの能力が備わっていると妾は理解している。主がどれだけ自分に悲観していようが妾には関係が無いからな」

「期待に押し潰されない程度には……」


 まぁ、幾つかの強い魔力反応はあるが今回の戦いにおいては殆どの相手がオークだ。あの程度の魔物が相手ならば期待通りの戦いはできるだろう。


「ふむ、いつにも増して随分と弱腰じゃな。それが齢十八にして免許皆伝の印を押された者の姿か」

「はっ、ハードルは上げないで欲しいですね。それに純正な訳でも無いですし、今の体躯で真似出来る技も少ないですよ。俺が学んだ剣術なんて所詮は時代の流れによってごちゃ混ぜになった剣術モドキですから」

「とはいえ、時代の流れの中で廃れていく存在を多くの剣士が生き残らせようとした結果の剣技じゃろう。自信を持って駆け巡ってみせろ」


 そこまで言われたらやるしかないか。

 足と腕、そして目に魔力を流し込む。草むらの中から一気に廃村へと入り込んで腰に下げた鞘と柄に手をかける。


 魔力探知で引っかかったオークの数は占めて五十と少し、その中で今から攻め込む入口付近にいるのは十二体だ。より正確に言えば入ってすぐにいるのは三体だな。ソイツらは一刀で狩り切り次へと繋げる。


「抜刀」


 三体の中間に入った瞬間に刀を抜く。

 間合いの間隔はまだ覚えている。あの時は模擬刀ではあったがそれでも問題は無い。俺が愛用した武器の間合いを覚えずに作成するわけも無いからな。今やるべきなのは……目の前にいる二足歩行の豚の首を落とすだけ。


「やっぱり、汚いな。……だけど、それでいい」


 この一刀で得られる生きている証はどこまで行っても掛け替えの無い大切なものだ。この感情を無くした時に剣士は剣の道を閉ざす。殺しで得られる感情からより正確で合理的な一撃を生み出していかなければいけないんだ。


「歩みは止めない。止めた先にあるのは死だ」


 刀を右方向へと強く振って血を払う。

 そのまま刀を納刀して目を閉じる。今の一撃で近くにいるオーク達が俺を察知したはずだ。十体程度が相手ならば視界に映る情報は無駄。今は魔力探知で得られる情報に頼った方がいい。


「本当に……懐かしいな」


 あの時にいた同僚達は今何をしているかな。

 きっと……あのクソみたいな世界で苦しみながらギリギリの毎日を過ごしているんだろう。俺はただ皆のような人間を増やしたくなかったから戦う事を選んだというのに……。




「世界は狂っている。だから、壊したかった」


 刀を抜いて間合いにいた二体を斬る。

 片方は絶命、片方は瀕死……でも、追撃にはいけないだろう。やるのなら他の十二体を殺してからだ。思いのほか多くのオークが来てしまったが有象無象が相手なら問題無いな。


 目を見開いて全ての情報を頭に叩き込め。

 無駄な情報を排除したのは何故だ。今の一瞬で得られる情報から攻撃、防御、敵の技量の全てを理解するためだろ。最初の状態で行うべきは正確な構えを取る事、敵の進撃が少し緩んでいる今がチャンスだ。


 青岸の構えを取って少し距離を取る。

 距離としては刀の間合いの二倍程度、ここからならまだ敵の攻撃を見る余裕はあるな。敵の攻撃の起こりを見定め、最初に届くであろう敵へと進行する。


 自分が攻めていると感じていた獣からすれば俺の詰めは脅威だろう。そこを手に持つ棍棒で押さえ込もうとするが……読んでいた。ましてや、見てから反応する事だって出来ている。


 刀の刃で右に流した後に右後方から左後方へと回しながら左袈裟斬りを行う。やはり、剣を知らない獣は弱いな。俺に剣を教えた師匠はこの程度で落ちるほど弱くは無かったぞ。


 この雑魚が残り十一体いるだけ。

 何とも詰まらないな。後輩に教えていた時よりも余っ程、楽じゃないか。それだけの数がいるのならせめて俺に傷の一つでも付けて欲しいけどな。いや、そんな事が出来るのならオークという枠組みに囚われていないか。


 左袈裟斬りが終わってすぐに後方へと下がって視線を向け直す。一応、魔力探知で敵の動きは探知していたけど不備が生じないとは言い切れない。ましてや、三十秒程度で三体も時間をかけてしまっていては名が廃る。


 青岸の構えから近くのオークとの距離を測る。

 単純な力任せなら勝てるだろうが……それでは師匠が泣いてしまうからな。刀を振るのならば学んだ美しさを無視してはいけない。それが皆を裏切った俺が背負うべき呪いだからな。


「警戒しているのか。安心しろよ、俺は刀に魔力を込めるだなんて無粋な真似はしない。いや、そこまでする価値が無いと言うべきか」

「ブルルゥッ!」

「そうだ! 来いよ! 獣風情が!」


 近付いてきた敵に合わせて詰める。

 俺の速度に合わせて振るうか。……体の動きからして間違いが無さそうだな。なら、それをギリギリで躱しながら首を落とすまで。左半身を右後方へと持っていきながら躱して右手に持つ刀で首を落とし切った。


 その流れのまま両手で刀を持ち上段の構えへシフトした後に二の槍へ攻撃を仕掛ける。距離にして間合いに入っているんだ。無駄な動きは俺への疲労に繋がってしまう。ましてや、下手に動けば他の敵から攻撃を食らう羽目になる。


 いや、道場の時とは違って魔力探知がある今となっては失敗する可能性も低いか。可哀想な敵達だよ。師匠すらも対処出来なかった俺の剣に、より磨きがかかった今の俺を相手しなければいけないんだからな。


 どこで躱せばいい……分かっているさ。

 このタイミングで前へと突っ込んだ後に刀を右上へと振るって首を落とす。そのまま一気に後ろへと飛んで追撃に対しての小さな余裕を持たせておく。予想通り少し後方にいたオークが棍棒を振っていた。


 だが、そこに俺はいない。追撃も簡単だ。

 だからこそ、空振りで隙を晒している二の槍に時間を割く必要は無いな。その時間があるのなら少し後方から俺へと迫るオークに目を向けた方がいい。ましてや……あの二体が重なった時を狙ってしまえば簡単に殺せるだろう。


 さてと、残り九体、いや、十体だな。

 随分と楽しくなってきたじゃないか。こうでなければ多対一というのは面白くない。運良く敵が来る方向は一方に限られている。ましてや、敵の流れだって疎らだ。そんな列を作ったように攻め込んで来たら駄目だろ。


 前方の左右から迫るオークに対して上段から横方向へ刀を振るい、そのまま左前方へと突撃を行った。予想通り躱そうと下がったオークが他のオークとぶつかりあって地面に転がっている。


 俺が攻めている左はより顕著だ。

 右と比べて三体も巻き込んで転んでくれた。二体を巻き込んだ右も美味しくはあるが……数が多いに越したことはないだろう。それに少しばかり試したい事もあったんだ。

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