◇第3話

「それで……魔物退治の手伝いですか。魔法の天才と呼ばれている我が姉様」

「そうよ……というよりも、貴方に姉様と呼ばれるのは少しばかり気分が良いわね。アーサナお姉ちゃんと言ってもいいのじゃよ」

「二人っきりになった途端に化けの皮が剥がれなくなったら考えてあげますよ。アーサナ駄女神様」

「だから、普通の神じゃ。駄を付けるな、駄を」


 そう言いながら前方にすっ転ぶのはどうだろう。

 神域内での様子からしてそうだったが……本当に運動神経が通っていないんじゃないかってくらい、運動関係に弱みが多過ぎる。彼女曰く何兆年と神域から出なかった結果らしいけど実際は知らない。


「討伐対象はオークでしたっけ」

「そうじゃな、近場にオークのコロニーが出来ているらしいのじゃ。本当であれば村の者達が察する前に葬っておくべきだったのじゃが……」

「まぁ、不慮の事故でしたからね。まさか、公道を通らない商人が発見するなんて……本当に運が良いと言うか、悪いというか」


 数日前に村に訪れた商人。

 その商人が浅はかな考え、いや、利益を求めた考えのもとで、公道を通らずに村まで来た結果がこれだ。廃村のあった箇所にオークがコロニーを作ってしまい、そこで三十以上は数を増やしているという現状。当然、近くを通った商人は襲撃されて四名中一名の冒険者が死亡、一部荷馬車は餌として放置したそうだ。


 アーサナ基準では未だ問題は無いらしい。

 ただ、普通の人達の認識では既にカウントダウンが始まっている状態との事。その影響もあって調査として俺達が派遣されたわけだ。実際問題、いるのは確実らしいけど……まぁ、近付きさえしなければ被害は出ない程度の存在でしかない。


 もっと言えば、その程度なら俺一人でも何とかはなるだろう。アーサナ基準の潰す範囲である百ともなれば話は別だが三十かそこらなら苦戦もしない。百であってもアーサナ一人、もしくは二人でかかれば軽いだろうからな。


「とはいえ、オークナイトが五体も発見されたのじゃ。通常種であるオーク以外が複数もいるとなればオークジェネラルが産まれていると考えた方が得策じゃろう」

「……Bランクの魔物だったか」

「そうじゃな、中級と上級の冒険者を分ける境目となる強さを持っている……と考えた方が良いかもしれない。もしも間違いで無いのならば妾でも攻略は難しいじゃろうな」


 オークジェネラル、簡単に言えばコロニーが一定以上の強さを持った時に現れるボスのような存在だな。オークの進化系としてナイト、ソルジャー、マジシャン、プリーストがいるが、その中のナイトの正統進化がジェネラルだ。


 コイツがいるだけで一気にコロニーの強さが変わると言っていい。普段であればステータスと同じくFからSSSの強さを表すランクの中で、Eランクにあたるオークが一段階上のDランクの強さを持つようになるし、その上のナイト達となればDランクからCランクになる。


「……で、達じゃないのは?」

「よくぞ聞いてくれたのじゃ。主の力があれば恐らくは問題無く滅ぼせると言いたかったのじゃよ。もっと言えば今日は偵察という名の数減らしじゃからな。次の偵察の時にナイトとジェネラルを潰してしまえばいいのじゃ」

「はいはい……その期待に応えられるように努力しますよ。ただ」

「分かっておる。オークジェネラルは予想外じゃがアクトが予期している事態には陥らないと先に答えておくのじゃ。そこは妾の能力を信じて欲しいのじゃよ」


 それならいい……まぁ、気にしても無駄か。

 よくよく考えてみれば魔物のコロニーに俺が想像しているような事が起こる訳も無いよな。仮に起こっていたのならば俺を連れてくるなんてヘマはしないはずだ。その判断をした時点で俺が足でまといにならないと言えるからなのだろう。


 ただ、アーサナが求めているのは俺では無い。

 俺に付与したチート能力、そこから得られた同年代の中では桁違いのステータス。それらを求めて同行するように言っているんだ。どうしてもアーサナの言い方のせいで勘違いしてしまいそうになるが正しい捉え方をしないといけない。


 チーターに待ち受けるのは地獄だ。

 それは道を違えれば英雄になるかもしれない。正反対に歴代最悪な悪党になる可能性だってあるだろう。俺が求めているのは安寧、加えて静かなる死でしかない。そのどちらもを求めてはいないんだ。


「言っては悪いがゼロから才能を作り出すのは神とて無理な話じゃ。信仰も無くなった妾なら尚の事じゃな」

「だから、小さな才能を何倍も膨らませた、で合っていますよね」

「そうじゃな。それ故に主が否定する程の無能では無いという事じゃ。まぁ……そう言ったところで認めぬじゃろうが」


 それは俺の過去を知っているからだろうな。

 まぁ、刀に関しては多少の自信はあるんだ。そこら辺は剣術を習っていたおかげというか、むしろ、その部分すらも失っていたなら俺はアーサナ自体を否定していたと思う。本当にずる賢いというか、この駄女神は俺の扱いが上手いよ。


「誰が駄女神じゃ!」

「……軽く避けただけで転ぶ人が駄女神ではないと」

「う、運動能力が微妙なだけじゃ! それを補うための魔法の才能じゃからな! うむ、魔法が使えれば大した問題では無いのじゃよ!」


 曰く、長いこと神域に籠っていた影響らしい。

 何兆年と運動の一つもしなかったせいで体を動かす感覚が掴めないそうだ。……だとしても、皆無過ぎじゃないかって言いたくなるくらい運動が出来ない。なんなら、この前は何も無いところで転んで俺にぶつかってきたし。


 それにしても……。




「今の主が自殺をすると思えないから共に戦いに来ているのじゃよ。それに関しては何度も何度も伝えたはずじゃ。今の主の目には間違いなく光が宿り始めている、とな」

「……手を抜いて死ぬとは思わないのか」

「昔の主を知っている妾からすれば、そんな美しくない死に方は選ばないじゃろう。産まれた時から眺めていた妾が主の性格を知らないわけが無いのじゃよ」


 まぁ、その判断は間違ってはいないか。

 美しさ、というよりも勝てる相手に負けて死んでやる気は少しも無い。それにアーサナが転生に当たって俺に与えた能力だって、俺をよく理解しているから与えられたものだからな。


 この腰に下げた刀だって日本にいた時に振った事のあるものを真似て作っている訳だし。だからと言って、この世界で俺の知る剣術がどこまで通じるかは分からないけど。それにアナザーヘイムにおいては刀なんて珍しい部類の武器だからな。


 通じれば吉、通じなければそれまでだ。

 それにオークのような魔物が相手ならば俺の刀が通じるのは検証済みだからな。それと生み出せる他の武器も通じるから問題も起こらないだろう。幾つか不安な要素はあるけれど……そこは起こった時に対処すればいいか。

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