1章 破滅主義者、使徒としての道を歩む

◇第1話

「おー! アクト! 水運びありがとうな!」

「はい、これくらいしか出来ませんので」

「遠慮するなよ。水運びが大変だって俺には分かっているからな! 助かるぜ!」


 桑を肩に背負っている男に会釈をして二つの水桶を地面に落とす。言っても畑の近くに大きな井戸があるからな。五百メートル程度を片手ずつ十キロくらいの水桶を運ぶだけ。別に慣れていれば難しい話では無い。


「それにしてもアクトも遂に五歳になったのか」

「ええ、いつの間にか、なっていましたね」

「はは、普段にも増して素っ気ないじゃねぇか。どうした、畑の手伝いがそんなに嫌だったか」

「いえ、話しをするのが得意では無いだけです」


 人口百人かそこらの村に転生して五年。

 生まれた時から俺としての意識は残っていた。それのおかげで助かった事も多くあるが……大半は嫌な思いをしただけだったな。母さんと呼ぶには若過ぎる女性の乳を飲み、オムツを変えられ、漏らす度に感情が無理やり揺さぶられる。


 ましてや……。



「ゴルドおじさん、仕方ないよ! アクトは人見知りだもん!」

「はは、さすがはアーサナお姉ちゃん、アクトの事は何でも知っているって感じか」

「うん! 私のアクトだからね!」


 この青い短髪の少女がアーサナ。

 一言で言うと俺の姉であり、元女神であった存在だ。確かに彼女の神域の中で俺と共に異世界に行くとは言っていたが……よりにもよって家族として転生してきた。そのせいで本当に生きづらい異世界生活が始まってしまったよ。


 まず、俺はこの世界の知識を持っている。

 それは別に五年間で勉学に励んだから獲得したものでは無い。転生する前に彼女から幾らかの知識を口頭で教えられ、その後に彼女曰くチート能力と共に付与されたからだ。それも全ての能力に他者から見られないよう、プロテクトをかけた上で。


 その分、転生において違和感は無かった。

 でも、転生した直後から隣には数分前に生まれたアーサナがおり、ずっと念話という能力で話しかけられる毎日が続いているんだ。もっと言えば五年間の中でゆっくりと休めた時間なんて少なかったからな。


【なに、頭の中で文句を言っているのじゃ】

【別に、不満を言うくらいなら許されたっていいだろ。望んではいたが望んでいない事をさせられているんだ】

【ふむ、本に口が減らぬのじゃ】


 毎日、八時間は鍛錬に時間を割かれた。

 最初は魔力と呼ばれる、この世界特有の異質な能力……いや、アーサナ曰く魔力は地球にもあったんだっけか。それを認識出来るかどうかの違いがあっただけで特段と珍しいものではないらしい。


 まぁ、それを認識するのに二日、周囲の魔素を魔力に変えられるようになるまで半月、体内の魔力操作をアーサナに認められる程度にするまで三年はかかった。凡そ、半年で普通に走れるようになったせいで両親が寝ている間に剣の素振りをさせられ、寝ている間も魔力放出を義務付けられるスパルタ教育だ。


【それが強くなるのに最適だと思ったのじゃ。もしかして怒っているのか】

【いや、単純に最悪な五年間だったと振り返っているだけだ。ってか、脳内を読むな】

【ふっふっふ、主は既に妾の使徒。使徒の身体や脳内の状態を完璧に知るのは妾の仕事なのじゃ】


 ……そう、否定したいけど、これが事実だ。

 俺はアーサナ……もっと言えば女神ナンチャラの使徒となっている。ナンチャラと言っているのはアーサナ曰く人には聞き取れず、口にすら出来ない言語だから教えられないらしい。現に言ってもらっても理解出来なかったからな。


 それで使徒というのは俺の職業、言ってしまえばアーサナから貰ったチート能力の一つだ。この世界ではステータスと呼ばれる、言わば個々人の能力を数値化したものがあるんだ。例えば……。





 ____________________

 名前 アクト

 職業 村人LV3(使徒LV15)

 年齢 5歳

 レベル 4(18)

 HP 50(515)

 MP 25(625)

 物攻 G(D)

 物防 G(D)

 魔攻 G(E)

 魔防 G(E)

 速度 G(E)

 幸運 C(S)

 固有スキル

(【武器創造】)(【洗練武術】)(【人形創造】)(【糸魔法LV10】)

 スキル

 なし

 魔法

(【全属性魔法LV4】)

 称号

(【 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎の加護】)

 ____________________






 こんな感じで数値化……もとい、アルファベット表記で可視化してくれる。最低でF、最大でSSSの表記がなされるらしい。ただし、幸運という運の良さに関してはSが最大との事だ。まぁ、詳しく言えば全てのステータスに数値が付けられており、それを大まかに表すのがアルファベットとの事らしいが。


 本音を言えば、どうでもいい、かな。

 だって、幸運が高いとか、ステータスが高いとか、スキルがあるとか……そこら辺を加味したとしても彼女の言う俺の生きたい願望とはならないし、むしろ、死ににくなる分だけマイナス方面にぶっちぎっている気がする。だからといって、自殺しようものなら……。




 おおー、怖い怖い。

 その時には体内に仕込まれた紋様が浮かび上がってボカンだ。もちろん、死ぬという意味ではなく体内にある魔力を全て放出して気絶させられるだけなんだけど。んで、俺が気絶している間にアーサナが回収して踏み止まらせる、と。


「おい、ボーっとしてどうした」

「あ、ああ、今日は暖かいなって」

「はは、もうすぐで春だからな。そうなったら種まき再開といったところか。その時にはアクトにも手伝ってもらうぜ」


 なるほど、もうそんな季節なのか。

 五年、日本であれば幼稚園や保育園卒業を考え始める季節だが、この世界、アナザーヘイムにおいては一種の大人の階段を歩む季節とも言える。六年目に入ればステータスを持つ影響もあって子供も農作業の手伝いを行い、村によっては魔物と呼ばれる獣を狩る歳にもなる。


 俺個人としては農作業に身を寄せたいところではあるけれど……未だにニコニコと何かを言いたげなアーサナからして安寧は手に入らないんだろうな。


「その時にはアクトは村随一の戦士になっているかもしれないわね」

「お、アクトの剣の腕は確かなのか。だったら、種まきどころでは無いかもしれないな」

「はは……期待される程では無いんですけどね」


 剣……まぁ、刀に関しては覚えがある。

 というか、武器創造のおかげで好きな時に好きな武器を出せるからな。単純な打ち合いというか、殺し合いに関してはアーサナのおかげで仕込まれ済みだから問題は無いが……本音を言えば避けたい話ではある。


 確かに五歳児という観点で言えばステータスは高く、持っているスキルも軒並み強い、加えて使徒とかいう訳の分からない呪いがあれば世界に名を馳せる存在になれる可能性もあると思う。ただ俺はそんな存在になる気は無い。


 目指すのは高みではなく平凡、平凡であれば狙って俺を攻撃してくる人はいないし、自分で命を絶ったところで大きな問題にはならないんだ。もっと言えば高い才能をアーサナに付与されたところで俺自体が才能を持ち合わせていないって理解しているからな。


 俺は俺を信じないし、俺が他人を信じるつもりも無い。アーサナや村の人達に多少の愛着はあれども所詮は自分以外、言い方は悪いが他人以上の何者にもなれないからな。そも、家族との関係性すら無かった俺に親愛を持てなんて無理な話だ。


 それが例え……女神が相手だとしても……。




「で、何の用で来たんですか。アーサナには他の仕事を任されていましたよね。まさか、仕事を放棄してでも邪魔をしようとしているのですか」

「お、お姉ちゃんに対して何て言い方……って、そうそう。アルナお母様が呼んでいたのよ。もう少しでご飯だからって」

「なるほど、それなら急がないといけませんね」


 ゴルドに一礼だけして帰路に着く。

 ご飯の時間だから呼びに来た、ね。その割には含みのある表情に見えるけど……まぁ、そこら辺は彼女の言う用事が済み次第、こっちに伝えてくるだろう。だから、今は無視するのが吉だ。気にしたところで面倒なだけだし。

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