破滅主義者の宗教国家建国日記〜貴方も一緒にこの最高最悪な駄女神を信仰してみませんか?〜

張田ハリル@伏線を撒きたいだけのオッサン

Prologue

◇序章 破滅主義者、転生する

 別に何かを成し遂げたかった訳じゃない。

 ただ物心ついた時から自分に対して不満を持ち、改善しようともせずに生き続けてきた。その根底にあるのは自身の生まれた世界への悲観的な考え、だが、幼い頃から死にたいとまでは思ってもいなかったんだ。


 今、断崖の上に立っているのは他でも無い。

 ただ自身への不満が積もりに積もった結果なだけであって、世界や社会を恨んでいるわけでは決して無いんだ。むしろ、自分のようなゴミすらも真摯に接して様々な知識を叩き込んでくれた人達には感謝している。


 上司や同僚に対しても別に不満は無い。

 不満は無いが……不満はあった。人として生きるために人と関係を築いていく、それがどれだけ吐き気のする最悪なものであったか。小さな事に対して無視出来ない性はどうしても殺し切れなかったし、その発言から関係性が悪化するのだって普通の事だ。


 それでも……最後まで助けようとしてくれた。

 だから、全てをリセットするだけ。自分のような存在するべきでは無いゴミをこの世界から殺す事で無かった事にする。そうしないと……本物と偽物の区別すら出来なくなってしまいそうだった。本当に殺したいはずの、壊してしまいたいはずの存在を大きく広げ過ぎてしまう。


 そんな事で俺を殺すなら……今ここで……。






【まっ……きこ……ます……か……】


 ノイズのようなものが走った気がする。

 恐らく今のは死の間際に見えると聞く走馬灯のようなものだろう。……ただの幻聴、聞いた事も無い声のように感じたがどうでもいい事か。このまま一歩だけ前に進めば全てが終わる。






【待って!】


 今度はハッキリと聞こえた。

 でも、足を踏み出した今となってはもう遅い。崖下へとただただ落下していくだけ。全てを呪い、全てに喜びながら自分の命を尊みながら死んでいくんだ。それなら……何とも面白い話になりそうじゃないか。




 だけど……意外と走馬灯は見れないんだな。

 目を閉じてはいるが数秒は経った。アレか、死ぬ間際に感じる時間は数千倍にでも感じるとか……なわけないよな。開いた視界の先には白い光が永遠と輝き続けている。




【貴様はちと、早足が過ぎるな】

「……そういう貴方は口振りの割には酷く幼く見えますが。まるで、この現象を引き起こしたのは貴方だと言いたげに聞こえます」

【ふむ、うん兆年と生きながらえたが故だ。じゃが、数千万年も信仰など与えられずにおったがため、力すらも大して残ってはおらぬのじゃ】


 目の前に立っているのは明らか小学生女子。

 だが、言葉からして……人間じゃないな。信仰……となれば神様か何かか。別に目の前の幼女の言葉全てを信じるつもりは無いが言葉尻からして分かる事は予想しておいて損は無い。ただ……。




【頭が良い奴は好みじゃぞ。……だが、貴様は何をしようとしている】

「周りにあるものを見ているだけ……って、勝手に脳内を覗かないで貰えますか」

【ふむ、妾は神じゃぞ。この程度は無意識的に行えてしまう事じゃ。すなわち……ところで、貴様は何をしようとしている】


 何をしようとって別に探索だけど。

 いや、目の前の幼女が本当に神ではないのなら適当に流していたのだけど、下手をすればよく分からない事をされかねない。別に殺されてしまうのならば願ったり叶ったりだが、俺の思想を読める奴が俺の望む事を簡単にしてくれるとは思えないな。


【妾の言葉を無視して探索とは……えらく度胸のある童じゃな】

「本物の神を名乗る存在がその程度で怒るほど心の狭い方だとは思わなかったまでですよ」

【……本当に二十九年間も貴様を見ていたが頭の回転と言葉の上手さだけは消せないようじゃな】


 二十九年……へぇ、確かに産まれて……。

 って、何で産まれてから死のうとするまでの間の期間を知っているだ。俺の生前を全て見ていたのならばどうして見る必要がある。俺の二十九年なんて言っては何だが面白くもないはず……。


【産まれた時から貴様には我が使徒としての才能があると思ったからじゃ】

「……産まれた時から、という事は前世の俺が関係しているという事ですか」

【前世……ふむ、ここから神の名のもとに伝えようとは思うが無いな。使徒というのは魂の有無で定められたる才能では無い。単に今の貴様に適性があっただけに過ぎないわ】


 なるほど……ならば、意味が分からない。

 その期間内に見てきた俺の姿は滑稽そのものでしか無いはずだ。なのに、どうして俺に対して価値を見い出せる。……いや、今はそこじゃない。もっと考えるべき部分があるはずだ。


【そうじゃな……単刀直入に言う事としよう。貴様に、いや、主に頼みたい事があるのじゃ】

「お断りします」

【そうじゃろうな、主なら話すらも聞こうとせずに他の事をしようとするのは目に見えておった。では、少しばかり言い方を変えよう】


 分かっているのなら聞かないで欲しい。

 そう言ったとしても彼女、彼……神様だから正しい表現の仕方が分からないな。まぁ、このお方には通じるわけも無い。いや、こうやって頭に考えが浮かんでいる時点で聞こえてはいるのか。ただ俺の気持ちなど考慮もしないだけで。


【妾を好きにしても良い。いや、妾は主を支える柱となってやろう。じゃから、主には妾の思いを共有して欲しいのじゃ】

「めんど……いえ、話だけは聞きましょう」

【ふむ、そう言ってくれると助かるのじゃ。これでもまだ聞こうとしなかったのならば無理やりにでも聞かせて洗脳していたところじゃ。もちろん、妾とて外道のような行い等しとうない】


 一瞬だけハッキリと視界がボヤけた。

 もしも、言葉全てを口にしていたのなら……本当に洗脳されて傀儡となっていた可能性がある。それならどうするか。別に俺は目の前の神様とやらの願いを叶えられるだけの存在では無い。……だったら、答えは一つだけだ。




「それじゃあ!」

【まず妾が主に……って! 逃げフボォ!】


 盛大に幼女がズッコケた。

 それも顔面から転んだあたり痛みは相当なものだろう。つまり、今が逃げるのに最適な最高のチャンス。死のうとしていた人相手に自分の思いを共有しろとか言う狂人を誰が信じれるかってんだ。


【待て! 待つのじゃ! これは必ずしも主にとっても悪い話では無いのじゃぞ!】

「ふざけるな! 人の自殺を無理やり止めただけじゃなく脅しで言う事を聞けだ!? そんな人の話なんて聞くかよバーカバーカ!」


 傀儡にでも何にでもすればいい。

 ただ仮に俺の体を操ろうとも精神までは操らせてやる道理は無いんだ。捕まって殺されようが、捕まらずに逃げ出せようがどちらにしても選ぶ結果は一つだけ。さっさと俺を殺すんだ。






【───はぁ、逃げられる訳も無いじゃろう。ここは妾の神域、走ったところで妾との距離は広がらぬわ】

「……なら」

【近付くのも無駄じゃ。どうせ、自害するための道具を求めているのじゃろう。確かに妾には主を殺せる何かがあるかもしれぬが……まぁ、よい】


 一定の距離まで走った途端に戻された。

 光のせいで顔は見えない癖に赤い何かが垂れているのだけは見えている。はっきり言って威厳のある言葉を口にしたところで恐ろしさも何もあったものでは無い。……だけど、離れても近付いても駄目なのが分かった今、普通の人では無い事だけはよく分かった。


【素直に話は聞くものじゃぞ。妾とて童に怒りを見せるほどの幼さは持ち合わせてはおらぬと思いたいものじゃが、それでも快不快の感情くらいは持ち合わせておる】

「……人の自殺を止めて拉致した存在が快不快を語るのか。だったら、俺からすれば今の状況が絶対的な不快にしか感じられないな」

【よい、そのような考えを持たせるような環境で放置していたのは妾じゃ。……少し遅くはなってしまったが主にはその罪滅ぼしもしたかったのじゃよ】

「いらない」


 環境だけが俺を変えた訳では無い。

 分かっているんだ……だから、俺は命を絶つって決断をした。この体を流れる血流が妙にウザったらしく感じたから消し去る決断をしたまで。この歳まで生きて最底辺よりは恵まれた人生を与えられた俺が恨める……人生では無いんだ。


【ふふ、ははは……本当に主は童じゃのう。じゃが、妾は既に主を使徒とすると決めており、その準備も完了しておるのじゃ。主の感情のみでどうにか出来る状態にはおらん】

「随分と身勝手な神様だな」

【ああ、神とはその程度の存在じゃよ。人……いや、最長であるエルフであっても妾達と同じような永久の時を生きる事は出来ぬ。数兆年の中で初めてワガママを口にしたのじゃ。許してはくれないか】


 小さく鼓動が跳ねた気がした。

 五年は確実に感じられなかった久方振りの脈動だ。捨てたはずの感情が……どこかで未だに生きていたのかもしれない。死のうと思っていた俺はどこかで生を望んでいたのかもしれない。


 いや、きっと、そんな事は無いだろう。

 これも俺の死を認めてくれない神、俺からすれば邪神がどうにか丸め込むために行った悪戯の一種でしかない。……でも、もしも、この邪神が俺の感情すらも操れるのなら或いは……。




「……分かったよ。でも、大それた事をするつもりは無いし、どのような依頼を受けるとしても自分の感情を最優先にする。それでもいいのなら話くらいは聞くよ」

【ありがとう……話というのは簡単でな。主には妾と共に地球とは別の世界、言わば異世界に転生して欲しいのじゃ】






 そうして俺の異世界生活は始まった。

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