ウチのドアがおかしくなった

九戸政景

本文

「…………」



 ある朝、俺はドアノブを握ったまま黙っていた。それはそうだろう。何故なら、家のドアがおかしいのだから。


 おかしいと言っても見た目が変わっているわけじゃない。ドアノブが丸くて表面が銀色という何の変哲もないドアだ。だけど、やはりおかしいのだ。



「……もう一度開けてみるか」



 意を決してドアノブを回し、ドアを押し開ける。キィという音を立てながらドアが開き、その向こうの光景を見た瞬間に俺はため息をついた。



「……変わってる」



 目の前に広がっていたのはだだっ広い草原だった。その草原を首の長い恐竜のようなものが我が物顔で歩いており、俺は何も言わずにドアを閉めた。



「……何でだよ。さっきは宇宙空間だったじゃん……」



 ドアノブから手を離してその場にへたり込む。朝起きて、金属などの不燃ゴミを捨てに行こうとドアを開けたら宇宙空間が広がっていたのが最初だった。


 因みに、そのゴミは今頃宇宙空間をさ迷っているだろう。もちろん、不法投棄ではない。驚いた瞬間に手を離してしまった事でそのままドアの向こうに行ってしまったのだ。そしてドアの向こうの景色は変わってしまっていた。つまり、回収したくても回収出来なくなってしまったのだ。



「……まあ宇宙にもゴミはあるらしいしそれは良いか。それよりもドアの向こうが変わってたって事は……」



 立ち上がり、俺はまたドアを開ける。すると今度は海中だった。



「かいちゅ……うわ、早く閉めないと海水が……!」



 慌てて閉めようとしたが、ここである事に気づいた。



「……海水が入って、こない……?」



 目の前では色鮮やかな魚達が優雅に泳いでいるが、海水がまったくこちらに流れてくる様子がないのだ。疑問を感じて俺は手を伸ばす。すると、手はスルリと海水の中に入り、冷たさを感じて手を引っ込めてみると、手が濡れていた事で床に一つまた一つと雫が垂れていた。



「入ってはこないけど、こちらから干渉は出来るのか。そういえば、ゴミも宇宙空間を流れていったし、そういうものなのかな」



 そんな事を考えながら海中を眺めていると、そこにウエットスーツを着た黒のポニーテールの人物が現れた。



「あ、人だ。おーい!」



 ウエットスーツの人物に呼び掛ける。すると、声が聞こえたのかその人物はキョロキョロと辺りを見回し、俺の方も見はしたのだが、まったくこちらに気づく気配はなかった。



「なるほど……声は届くけど、俺の姿は見えないのか。でも、どんな人か気になるな」



 ウエットスーツの人物が俺を探してキョロキョロする中、俺はあることを思い付いた。



「そうだ。試しに俺の携帯の番号を伝えてみよう。そうすればあとで連絡してくれるかも」



 名案だと思い、俺は携帯の番号を海中に向かって叫び、そのままドアを閉めた。



「これで良いな。にしても、初めは混乱したけど、仕組みがわかれば面白いじゃないか。行き先は指定出来ない代わりにドアを開けるだけで色々なところに行ける。変わった旅行だと思えばこれも楽しいかもしれないぞ」



 段々に楽しくなってきた俺は家のドアを開け続けた。どこかの田園風景や森の中、厳かな雰囲気の建物の中や牧場、時には美女のシャワー中に出くわしたりとラッキースケベ的な展開もあり、俺はドアを開けたり閉めたりするのが楽しくなっていた。



「次は……」



 もう何回開けたかわからなくなってもまた開けようとしたその時、リビングに置いていた携帯が鳴り出し、俺は何だろうと思いながら首を傾げた。そしてリビングに行って携帯の画面をみると、そこには知らない番号が表示されていた。



「間違い……ではないだろうけど、試しに出てみるか」



 俺は通話のボタンを押して携帯を耳に当てた。



「もしもし……」

『もしもし……あ、その声はさっき海の中で聞こえた声!』

「海の中……もしかして、少し前に海の中にいたウエットスーツの人ですか?」



 その人は女性だった。いま思えば髪もポニーテールだったし、その時点で女性だと気づくのは容易い事だった。



『無事……なんですよね?』

「はい」

『よかったあ……聞こえ方が陸と同じだからおかしいなとは思いましたけど、誰か溺れてたらどうしようと思って心配してたんです。そしたら今かけてる番号が聞こえてきて……一通り探してからかけてみたらあなたが出たんです』

「ご心配をお掛けしました」

『いえ、無事なら良いんですよ。でも、どうしてあんな事が……』

「それはですね」



 俺は電話の向こうの女性にドアの事を打ち明ける。女性はその異様さに驚きはしたが、俺と同じで段々面白がっていき、俺達の話は弾んでいった。そして話が楽しくなっていったことでいつしかドアの事を忘れ、何の気なしにテレビをつけながら俺は話を楽しみ、女性と会う約束まで取り付けた事で俺のテンションは最高潮に達していた。



「はあ、幸せだなぁ」



 俺は思ってもいなかった出会いの喜びを噛み締めながら女性との話を楽しんだ。



『次のニュースです。突如、謎の宇宙ゴミが出現したようだと宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士が発表しました。宇宙ゴミは金属片や空きカンなどと見られ、その内幾つかは既に人工衛星に衝突しており、残りも数日の内に地球に向けて落下するものと見られています』

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ウチのドアがおかしくなった 九戸政景 @2012712

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