第25話 殺人課刑事

【EPIROGUE】


 1997/9/17 Wednesday


「いらっしゃいませえ」

 国道沿いのダイナーに二人が入ると、金髪のウェイトレスがガムをくちゃくちゃと噛みながらやってくる。

「禁煙席ですか、それとも喫煙席ですか?」

「どっちでもいい」

 東方はそう答えると店の右手奥へと勝手に歩き出す。店の奥、窓際に座る男の向かいの席に東方はいきなり座ると男が顔を上げる。それは、東方が指摘した東洲区重警備刑務所D区画刑務官、間宮昭典が座っている。東方は警察手帳を机の上に置く。

「市警察捜査一課の東方だ。殺人犯を探している」

 そして、東方の長い話が終わり、間宮は水をごくりと飲み干すとグラスを机の上に置く。

「そうか思い出したよ。あの時の刑事さんか」それで、と間宮は東方を見る。「面白い話だったけど、君は僕がその殺人犯だという証拠を持っていない。あればとっくに逮捕しているはずだ、違うか?」

「過去三年間に起きた水曜日の殺人事件、そのすべてに勤務していた刑務官はお前だけなんだよ」

 間宮は表情を変えることなく、淡々と答える。

「第一に、それらの囚人の不審死が同一犯だという証拠はどこにもない。第二に、その犯人が松井を殺害したという証拠もない。そもそも松井を自殺だと断定したのは君達、市警察だったはずだ。松井を殺害したのがその犯人でなければ、刑務官が犯人であるという前提が成り立たなくなる」

「すべて偶然だと言うのか?」

「物事は見たいように見えるものだ。僕を犯人だと思えば、いくらでも疑わしい証拠が出てくるかもしれないが、それは僕が犯人であると断定するに足る証拠ではない」

「だからここに来たんだ。家に直接訪ねて行けば、証拠を処分される恐れがある」

「ああなるほど。つまり僕の家に犯罪の証拠があるということか。今頃は捜査令状を持った警官達が、僕の留守の間に家中を引っくり返しているのかな?」

「ああ」

「ご苦労だな。だが賭けてもいい、何も出てこないよ」

「わかっている。お前なら大切な物を家に置いたままにしたりするはずがない」

 東方の言葉が終わるよりも早く、水沼は間宮のジャケットの胸元を強引に開き、内ポケットから手帳を取り出す。

「おい、乱暴にしないでくれよ」

「今日は水曜日だ。そして昨夜、D区画では囚人同士の喧嘩で囚人が一名殺害されたと報告があった。その囚人の犯行日は二月十七日、そして今日は九月十七日の水曜日。これを待っていたんだ。お前が殺したのなら当然お前は犯行を記録するためのノートを持ち歩いている」

 水沼は手帳をめくる。

「反省しているよ。加藤が死んだ日、夜勤帯全員の持ち物を詳細に調べれば良かったんだ。凶器が現場に残されていたため、お前達の身体検査はされなかった。あの時にしていれば、お前のこの手帳も見つかり、事件はすぐに解決だったのにな。水沼?」

 東方が彼女を見る。

「すべての事件の詳細な記録があります」

「これでも証拠にならないと?」

 東方がたずねると間宮は肩をすくめて答える。

「それは小説の材料さ。言ったはずだ、趣味で小説を書いているんだ。犯罪小説、そのために自分が経験した囚人の死をこうやって記録に取っているんだ。どうやって殺されていたか、現場の様子はどうだったのか、小説のリアリティは細部に宿る。これは小説の材料のための単なる取材メモさ」

「そうやって言い逃れることが出来ると本気で思っているのか?」

「偶然、僕の周りでは囚人が多く死ぬらしい。君が言う殺された囚人達は、偶然、僕の勤務帯に殺されているらしいが、まあ、あの刑務所は特別だからね。野蛮な連中を野放しにしていれば殺しも起きるが、それは僕のせいじゃない。たしかに僕はそれを記録しているが、死んだのは囚人だ。死を冒涜しているとでも言って咎めるつもりかな?」

 そう言うと、間宮は口元をナプキンで拭き、にっこりと笑う。

「さてと刑事さん。残念だが時間切れだ。食事は終わったし、僕はもう行かないと」そう言うと間宮は水沼に向かって手をのばす。「手帳を返してくれないか?」

 だが彼女はそれに応じない。

 そして東方は間宮に告げる。

「刑務所の中で囚人が死んだとしても誰も気にしないしまともに捜査もされない。お前は好きなだけ殺しの欲望を満たすことが出来る。シリアルキラーにとってD区画刑務官は最高の職業かもしれない。だが残念だったな。本当ならずっと幸せな生活が続くはずだったのに、恨むなら加藤と松井を恨め。あいつらがすべてを台無しにしたんだ」

 水沼は手帳をめくると、件のページを東方に向けて見せる。

「東方さん、ありました」

 彼女はそのページを開いたまま机の上に置く。東方はそのページを見ると、満足そうにうなずく。

「お前は松井をルール通りに殺すことが出来なかった。それがお前の命取りだ。やはりルールは守るべきだよな」

「どういう意味だ?」

 東方は開かれた手帳のページを指差し、間宮に告げる。

「お前は偶然目にした死体の記録をとっていると言ったな。お前が犯人じゃないなら、松井がどのように死んでいたかを、どうしてお前は知っているんだ?」

 東方の言葉に間宮の顔色が変わる。

「松井を刑務所内で殺すことが出来れば、このメモが小説の資料だとお前は言い逃れることが出来たかもしれない。だがお前は松井を刑務所の外で殺害した。松井の死の詳細はマスコミでも報じられていない。死体を見ていないはずなのに、どうしてお前は松井の死についてこんなに詳しく知っているんだ?」

 間宮の口の端がゆっくりと歪む。東方はため息をつくと小さく首を振る。「だから、恨むなら加藤と松井を恨めと言っているんだ」

「これで終わりだと本当に思うのか?」

 東方は顔の前で祈るように手を合わせると、じっと間宮の瞳を覗き込む。

「昔こう言った奴がいた。どんな人間でも誰かの父親で誰かの母親で誰かの子供で誰かの友人だと。その死をなかったことにしていいはずがないと、」

 そして次の言葉が水沼桐子をこの残酷な世界から救い上げる。

 彼女に、この仕事を続けていく勇気を与えてくれる。

「俺も今はそう思う」

 それから東方は手帳を閉じると、横に立つ彼女に命令する。

「水沼、逮捕しろ。容疑は殺人だ」

 水沼桐子は間宮の手を取り手錠をかける。

 エナメルを分厚く塗ったローファーで彼女は踊る。

 迷いはない。


 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 月・金 17:00 予定は変更される可能性があります

連載版『拳闘士の棺  COFFIN FOR THE PUGILISTS』 眼鏡Q一郎 @zingcookie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ