第1話 新しい日常

「お~い、そろそろ起きないと遅刻するよ」

「んぇ... 兄様...」

 兄、アレフに優しく起こされるところから、メアノの一日は始まる。


「良かった、起きてくれた...」

 メアノの十歳上の兄、アレフ・アニマ。メアノとは対照的に素朴な見た目をした、温厚な性格の持ち主だ。ただ、メアノの顔に切り傷をつけた不審者の顔面を思いきり殴って気絶させたり、職場の同僚との距離感を誤ってドン引きされたり、妹同様ぶっ飛んだ一面も持ちあわせている。


「...ヤバいヤバい! 遅刻するわ!」

 メアノがふと時計を見ると、始業時間までの猶予は僅か20分しか残されていない。学校が歩いて通える距離ではあるが、どうあがいても遅刻寸前である。

 メアノは物凄い勢いで跳ね起き、急いで朝の支度を済ませる。その後、通学鞄と兄が早起きして作ってくれたお弁当を持って、玄関を飛び出した。始業のチャイムが鳴るまであと7分。普通なら既に遅刻が確定しているが、心配は要らない。彼女の人並み外れた身体能力を以てすれば、自宅から学校までは5分もあれば充分だ。






「―――――それじゃあ今日はここまで。しっかり復習しておくように」


 午前の授業が終わり、昼休みが訪れる。よくわからない歴史の話を聞かされ、退屈のあまり力なく机に突っ伏しているメアノの席に、2人のクラスメイトが歩いてきた。

「今朝は危なかったね~。寝坊?」

「う~ん... 私朝弱くって...」

 1人は茶髪ポニーテールの女子高生。名前は伊勢 蛍那。髪型が同じメアノに親近感を覚えたからか、今では毎日話す仲だ。


「ところで~... コイツが言いたいことあるみたい...!」

「...痛っ!!!」

 蛍那は隣に立っている坊主頭の背中を思いきり叩いた。その威力は凄まじかったらしく、彼は思わず叫んでしまい、教室中の注目を集めることになってしまった。

 彼の名前は南鳥 潔。坊主頭がトレードマークの、背が高い高校生である。蛍那に冷やかされるまま、メアノが転校してきたその日に愛の告白をした、度胸ある(?)青年だ。

 ちなみにその告白は、当の本人に思いが伝わる事すらないという、ある意味振られるよりも悲惨な結果に終わってしまった。


「何? どうしたの?」

 一点の曇りもない瞳で見つめられ、潔はたじろいだ。(主に蛍那のせいで)周囲に知れ渡っているが、彼はメアノに恋心を抱いているため、こうしてただ見つめられただけで耳まで真っ赤に染めてしまう。

「ほら~、早く言いなよ~」

 ニヤニヤしながら小学生男子のようにからかってくる蛍那を尻目に、潔は勇気を振り絞る。


「あ、あの... もし良かったら、俺と一緒にお昼... ...どうかな?」

「うん!」

 お昼に誘うだけなのに、我ながら情けないと、潔は即刻脳内反省会議を始めた。そんな彼とは裏腹に、メアノは即誘いに乗った。それもそのはず、彼女にとって潔は、とても大切な友人なのだから。




「じゃーん! このお弁当、兄様が早起きして作ってくれたの!」

「おお... すごい出来...」

 教室の隅で他愛もない会話をしながら、昼食を楽しむ2人を、離れたところから見つめる影があった。


「キャー! 見て見て2人とも! アイツすっごい照れてる!」

「な、何で私達も...?」

 その影の正体は蛍那。クラスメイトの鞘、健介を無理やり連れてきて、1人はしゃいでいる。

「ほらほら、2人でご飯食べてる! もうこれ実質カップルじゃん!」

「アハハ...」

「...この恋愛脳め。何も覗き見することないだろ」

 2人は半ば呆れながら、蛍那の言葉に応える。

「いいや、私達は陰ながら見届けねばならない... 潔の勇姿を!」

「蛍那ちゃん、こういうの好きだよね」


「潔にはまだ挑むべき壁があるんだから! 『話の流れで一緒に帰る約束を取り付ける』。それがアイツのミッションだよ!」

「へえ... 私もちょっと気になるかも...」

「...鞘?」




「あ~、美味しかったわ!」

 兄が持たせてくれた弁当を平らげ、満足そうな表情を浮かべるメアノ。潔は改まってメアノを見つめる。先ほどは照れくさくて目を反らしてしまったが、今度はちゃんと誘おう。そう決意した潔は、大きく深呼吸した。


「な、なあ。今日、一緒に帰らないか?」

「うん!」

 今度はビシッと決められた、と自分自身を褒め称える間もなく、またも即OK。少し拍子抜けだが、ともあれ成功だ。


「や、やった...!」

「おめでとー!!!」

 教室の外で密かに見守っていた蛍那も、感動のあまり思わず駆け出していた。

「うわ! 何だ急に!」


「こらー! 陰ながら見届けるんじゃなかったのかー!」

「走ったら危ないよー」

 健介、鞘も彼女の後に続く。




「蛍那、健介、鞘! ちょうど良かった! 今日は一緒に帰りましょ!」

「うんうん! ...あっ...」

 仲睦まじい男女に水を差す。そんな禁忌を犯してしまったことに気づいた蛍那の顔から一気に血の気が引く。


 確かに、メアノにとって潔はとても大切な友人だ。しかしそれと同時に、蛍那も健介も鞘も彼女にとって大切な友人なのだ。

「うわあああああ!! 邪魔してごめーん!!」

「汚ぇ! 何かよく分からんけど鼻水つけんな!」

「うう... 周りからの視線が...」

「ああ、こりゃ大変だな...」


 騒がしい4人を見て、メアノは大爆笑した。


 これが彼女の、新しい日常。

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