幻術少女メアノちゃん!

真白坊主

第0話 里の外

 普通の人間には決して見つけられないとされている深山幽谷の隠れ里。そこでは幻術を操る能力をもった一族が静かに暮らしている。しかし、その里は若い少女にとって、あまりにも刺激が欠けていた。




「兄様... 今頃元気にしてるかな...?」

 彼女の名はメアノ・アニマ。歳は十五である。本来であれば高校へ通う年齢なのだが、なんと彼女は生まれてから一度も里を出たことがない。幼い頃、両親がそれを許さなかったこともあるが、彼女自身も特段里の外に関心がある訳ではなかったからだ。両親の熱心な教育の甲斐あって、学校へ通わずとも最低限の教養は身に着いてはいるが、元気が有り余っている彼女にはこの里は狭すぎる。この先里を出ずとも問題なく健康的な生活が送れる環境は整っているが、最近は「里を出てみたい」という思いばかりが大きくなり、暇さえあれば里を出た十歳上の兄のことを考えている。


 彼女の兄は、数年前から修行を兼ねて里の外で独り暮らしをしている。彼は幻術の才に恵まれず、事態を重く見た両親によって半ば強引に里を追い出されていた。




(里を出たい、兄様に会いたい... 出たい会いたい出たい会いたい出たい会いたい出たい会いたい出たい会いたい...)

 今は勉強の時間。しかし、退屈な毎日にフラストレーションが溜まりに溜まっていることもあってか、全く身が入っていない。頬杖をついたまま、何かに取り憑かれたかのようにうわごとを繰り返すばかりだ。


「...メアノ、勉強は終わったのか?」

「...ハッ! ご、ごめんなさい父様!」

 父の声によって、メアノは現実に引き戻された。父は無表情のまま、メアノの顔をじっと見ていた。父の肩に乗っているカラスも、メアノのことを凝視しながら首を傾げている。

「最近全く集中できていないようだが... 何か悩み事でもあるのか?」

「な、何でもないの...」

(いけない... 集中集中...!)




 メアノの父、アタザ・アニマ。2m近くある長身に白い肌、彫りの深い顔にきっちり整えられた口ひげと、近づきがたい雰囲気を醸し出している。表情の変化が極めて少ないこともあってか、無条件に怖がる人も少なくないだろう。厳格な父親であろうと心掛けているが、実は子煩悩であり、自身の心の奥底にある甘やかしたい欲を必死に抑えつけている。




「...考え事もほどほどにするんだぞ」

 そう言い残し、アタザは部屋を出て行った。




「...メアノちゃん、近頃元気がないみたいだけど、何かあったの? あの人も心配してたわ」

 夕食後、メアノは母にそう尋ねられた。




 メアノの母、リリス・アニマ。整った顔をしており、いつも柔らかい笑顔を絶やさない。父とは対照的に子供には優しく接するよう心掛けており、メアノ達の前で怒ったことは一度もない。少々不器用なところがあり、子供と正しく接することができているかが悩みらしい。




 いつも優しい母になら打ち明けられる。メアノはゆっくり話し出した。

「母様、実はね―――――」




「...そう」

「今まで黙っててごめんなさい。でも、どうしても気持ちが抑えられなくて...」

 リリスはメアノの話を黙って聞いていた。ただ、申し訳なさそうに俯くメアノを抱きしめ、

「謝ることはないわ。メアノが気持ちを伝えてくれて、私は嬉しい」

と、優しく囁いた。

「それに、あの人も話せば分かってくれるわ。ああ見えてあなた達には物凄く甘いから」

「...そうなの!?」




 メアノが眠った後、2人は毎日話す時間を設けている。ただ、この日の話題は既に決まっていた。

「...あの子、里の外に出たいって言ってたわ」

 膝に乗せたウサギを優しく撫でながら、母は話を切り出した。

「ああ、何となくそんな気がしていた。私達一族は皆、この里で生涯を終えるべきだとかつては考えていたが、今は違う。私も、あの子には里の外で色んなことを学んでほしいと思っている」

 父はメアノの思いに肯定的であり、それは母も同じだった。娘の成長を喜ぶ気持ちと巣立ってしまうという寂しさが心の中で混ざり合い、2人は多く言葉を交わすことは無かった。

「あの子も成長したな... ついこの間まで赤ん坊だったような気もする...」

「それは流石に言い過ぎじゃない...?」


「明日にでも、あの子と話そうか...」




「...それじゃあ、行ってきます!」

 出発の日、メアノはいつもの調子でそう言った。しかし普段の散歩とは違い、家を出れば当分里へ帰ることはない。

「元気でね。時々連絡してくれたら嬉しいわ」

「忘れ物はないか? 寂しくなったらいつでも帰ってきていいからな?」

 母もいつもの調子で返すが、感極まった父は寂しさのあまりキャラ崩壊を引き起こしている。

「そんなに直ぐ帰ってこないから~! 父様こそ寂しくなったら遊びに来てね~!」

 2人は胸がいっぱいになりながら、成長した娘の背中を見送った。






 里の外には、メアノが未だかつて見たこともないものが山ほどあった。次々と現れる「初めて」に、彼女は驚き感動し、息を呑んだ。気が遠くなるほどの人の多さ、整備された交通、天高くそびえ立つ建物、そのすべてが彼女の好奇心の対象となった。

「...!」

(これが里の外...! 話には聞いていたけど、想像の何倍も凄いわ! ワクワクが止まらない!)

 激しい運動をしたわけでもないのに、心拍数はどんどん上がっていき、顔は紅潮する。まるで異世界に来たかのような感覚だ。


 彼女には1つの大きな目的がある。それは、

(兄様! 待っててね!)

数年間顔を合わせていない兄に会う事だ。


(でも... 折角なら兄様を驚かせてみたいわ! 目一杯オシャレして髪も染めて、それから兄様と感動の再会を...!)

 そう決意してからの彼女の行動は速かった。美容院で派手な金髪に仕上げてもらい、服屋で真っ先に目についた服を買った。




「それじゃ改めて... 兄様! すぐに会いに行くからね!」

 周りの目を全く意に介することなく、メアノは高らかにそう宣言した。


 この後見知らぬ鬼と一悶着あったり、ひょんなことから兄と暮らすことになったりするが、それはまた別のお話...

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