45.アナスタシアの過去

 アナスタシアの魔法により。


 デカいロックタートルを倒した。


 デカい魔石も回収した。


 それで終わればいいんですけどねぇ。

 アナスタシアの魔法の影響で、岩場の辺り一面が氷の欠片で埋め尽くされていた。

 その影響でとても寒い。


 この氷が時間経過で溶ける事を祈りつつ、依頼達成の報告をする為に街に戻る事になった。

 そう、俺は何も見ていない。

 アナスタシアの魔法で、デカいロックタートルが一撃で死んだ、それでいいじゃないか。⋯⋯ダメ?


「⋯⋯この氷どうする?」

「んー?そのうち溶けるから、放って置いていいよ。デカいのは倒したんだし。私達にはもう関係ない事だよ」


[白金プラチナ]ランク様の言葉に従う事にした。

 どっちにしろ俺にはどうすることも出来ないしな。


「⋯⋯帰るか!」

「うん!」


 足場が悪いので手を繋ぎながら、岩場の入り口まで向かった。

 岩場の入り口まで無事着くころには、お昼を過ぎていた。


 そろそろお腹もすく頃だが。

 アナスタシアが、手を繋いだまま森に入ろうとしている。


「アナスタシアさん?そろそろ休憩しません?」

「出来ればでいいんだけど⋯⋯。早めに、昨日の野営地に着きたいんだけど、ダメ?」


「ダメではないけど、お腹空いてたりしない?」

「早めに着いて、遅めの昼食でもいい?」


「なるほど。わかった」

 俺は頷く。


 アナスタシアが先を急ぐ理由が解らないが。

 俺に感知できない、何かを感じ取っているのかもしれない。

 それなら、早めにこの場を離れるのが良いな。


 そして俺達は、森の中に入っていった。


 ◇


 ⋯⋯ずっと手を繋いでいるな。

 体にピリピリする感じが伝わって来るので、魔力を出しているのだろう。

 魔物が全然襲ってこないし。

 そうする理由があるのだろう。


 思えば、俺の生きて来た人生で、こんなに長く手を繋いでいるのは初めてな気がする。

 勿論両親はノーカンよ。野郎もな。


 最初は気恥ずかしさがあったが、少し慣れて来た。

 薄い手袋を着けているので、手汗が伝わる事が無いのが救いだな。


 少し気になる事はあるが⋯⋯。

 チラリとアナスタシアの横顔を見る、アナスタシアの顔がさっきから少し赤みを帯びていた。


 さっきの氷で霜焼けでもしたのだろうか。

 暫く歩けば治るか?俺は問題ないが、やっぱり魔法を使う際に前面に出ていたのが原因だろうか。


 あれこれ考えた末、ヒールポーションを渡す事にした。


「さっきから顔が赤いけど、もしかして霜焼けした?コレ飲みな?」

 何時でも使える様に、腰に着けていたポーションを差し出す。


 アナスタシアが普段使う物に比べたら大分質は悪いだろうが、霜焼け程度ならなおせるだろう。


「え!?あ、ありがとう⋯⋯」

 ポーションの瓶を受け取ってから何故か背を向けられた。

 飲んでる仕草はしてるから、大丈夫だろう。


「ポーションありがとう!早く野営地まで行こ!お腹すいちゃった!」


 まぁ、別にいいか。俺も腹減って来たし。

 俺達は淡々と森の中を進み、野営地に使っている場所に戻ってきた。


 お腹の隙具合的に、時間は大体15時頃だろうか。

 陽もまだ高い位置に居るし。


 野営地に着くと、アナスタシアはパッと手を離し、〈収納魔法アイテムボックス〉から例の小屋を取り出し、設置した。


 2度目だが、コレが入る〈収納魔法アイテムボックス〉ってすごいよな。

 100年前の勇者が作った魔法らしいが、性能はチートだし、消費魔力もほぼ0だしで恐ろしい。


 勇者が持っていたとされる魔法創造スキル。

 いいなぁ、俺もチート特典ほしかったなぁ。

 大体誰が異世界に俺を呼んだんだっつー話よ。目的を言えよ目的をよぉ。


 アナスタシアが着替えている待ち時間で、色々考えていた。


 100年前に呼ばれたって事は、大体1924年辺りの人物だろうか。

 たしか⋯⋯、えーっと明治?いや大正か?第一次世界大戦は終わってたっけ?歴史は覚えるのが多くてあやふやだな。

 その時代の人が、こんな便利な魔法を思い付くんだろうか。

 俺は漫画やアニメの知識で知ってるだけだし。


 カチャリと音が鳴り、小屋の扉が開いたので、俺は思考はそこで一旦打ち切った。


「お待たせ。入っていいよ」

 手招きされたので御呼ばれする。


 俺も着替える為トイレに入る。

 サッサと着替えを終え部屋に戻ると、姿が見えない。何処行ったんだ?


 そう思ったが、窓の外の景色に、氷の壁が出来上がっていくのが見えた。外で作業していたか。


 それなら今のうちに、ご飯の準備をしておこう。


 ⋯⋯何作って持ってきたっけ?〈収納魔法アイテムボックス〉の中を確認してみる。

 うーん、ハンバーガーでいいか。

 取り出し、机に並べて置く。


 飲み物用に〈水生成魔法ウォーター〉でコップに水を灌ぐ。

 正直この魔法もイカれた性能よな。

 魔力さえあれば、湯煎しなくても飲める水出せるとか⋯⋯。


 勇者はこの魔法を作り出さないといけない程、苦労したんだろうな⋯⋯。


 名も知らない勇者に感謝を⋯⋯。

 いや知ってたわ、確か水野雫さんだっけか。

 こっちの世界ではシズク・ミズノと呼ばれてたみたいだが、名前からして女性だよな。

 男の俺よりもハードモードだったんだろうか。


 そこでまた俺の思考は打ち切られた。

 ガチャリと扉が開き、アナスタシアが戻って来た。


「お待たせ。わっ、ご飯用意してくれてたんだ。ありがとう」

 素敵な笑顔でお礼を言われた。可愛い。


「事前に作ったのを並べただけなんだけどな」

 俺は照れながらそう答えた。


「それじゃ食べよっか」

「ああ」


 2人で遅めの昼食を食べた。

 その後は特にすることも無く、まったりタイムが流れていた。


 昼寝をするにしても直ぐに夜になるし、テレビやゲームも無いので時間の潰し方が話をするか、ボーっとする位しかない。


 不意にアナスタシアが言う。


「⋯⋯ねぇソラ。ソラは私の事怖くないの?」

 突然の問い掛けに俺は少し考えた。


 ⋯⋯怖いか。

 正直言えばそこまでの怖さは感じない。

 見た目が、可愛い少女と云う事もあるが⋯⋯。


 実際、俺に対して暴力を振るうなどされてないので、怖いと思う出来事が無いのも原因の一つだ。

 いや、あの魔法は正直ビビったがな。


 それでも、あの魔法の印象が桜の木みたいで奇麗だなってのは本当だし。

 やっぱり怖がる要素が無い気がする。

 なので素直に答える。


「怖くないな」


「そうなんだ⋯⋯、私はね」

 そこからアナスタシアは、自身の幼少期の話をぽつぽつと語り出した。


 5歳の頃、両親に捨てられた事。

 その後の暮らしの変化。

 10年もの間、小屋の中で過ごした事。

 冒険者として、生きて行くしか無かった事。

 血濡れの魔女の生まれ変わりだと、周りから恐れられ距離を取れて、誰とも心を通わせる事なく、今まで過ごしていたのだと。


 そう語る彼女の顔付は、今まで見て来た微笑を絶やさない少女とは違い。

 何も感情を持っていない様な、そういう表情をしていた。

 彼女の壮絶な人生を聞き、俺は⋯⋯。


 正直、何も言えなかった。


 平和な日本でヌクヌク育ち、1人孤独に過ごすなんて事もなかった。

 いきなりこの世界に来た時もそうだ。

 周りの人に助けられ、協力してもらい、良くしてもらっていた。

 だからだろう、俺から彼女に何が言えるのだろうか。

 気持ちはわかる。なんて軽い言葉を口にすることは出来ない。


 少なくとも彼女が、俺を必要としてくれているのなら⋯⋯。


 アナスタシアの手を取り!告げる。


「少なくとも、俺はアナを血濡れの魔女と呼んだりはしない。だから⋯⋯、俺はアナの側に居る。ランクの低い俺には、それ位しかできないけどな」

 苦笑いしながら。

 まだまだ弱い俺は、彼女の横に立つ資格は無いのかもしれない。

 それでも、彼女が必要としてくれるのなら。

 俺は彼女を裏切らないと心に誓った。


 お互い握る手に力が入る。


 ⋯⋯アナは小さく頷き、何時もの様に微笑んでくれた。

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