5.異世界の日々~脇腹に角を添えて~

 俺が異世界に来て、早いもので一ヶ月が経過していた。


 この一ヶ月色々な事をした。

[ブロンズ]ランクの依頼で、街の雑用をこなしたり。


 冒険者ギルドの訓練所で、シャロと共に訓練をしたりもした。

 シャロは思った以上に強かった。

 一度も勝てず、盾で吹き飛ばされ地面を何度も転がされた。年上としての威厳が⋯⋯。


 今日も依頼を受けるた為、冒険者ギルドにある[ブロンズ]ランク専用の掲示板の前にいた。


「ねぇー、今日はどんな依頼受けるの?」


「そうだなー。今日はいよいよ、魔物討伐の依頼を受けてみるか?」


「おっ!ついにやっちゃう?だったらこのホーンラビットの依頼がいいなー。お肉はうちの店で使えるから、お父さんも喜ぶよ~」


 本人もやる気なので、初めての魔物討伐の依頼を受けることにした。


 ホーンラビットという魔物は、60cm位の大きさのウサギで、頭に鋭い角が生えてる魔物である。そこまで強い訳でもなく、だからと言って生身の部分に角が刺さると、当たり所が悪ければ普通に死ねる。革の防具を付けていればある程度は防げるらしい。


 冒険者ギルドでの戦闘訓練を、文字通り血反吐を吐きながらやっていたので、転移直後よりはかなり戦えるようになっただろう。


「よし!じゃあ準備して早速出発するか」


「あっそうだ!うちにいい道具あるからちょっと戻って取ってくるねー。先に門の前で待ってて~」


 そう言って、こちらの返事を聞くより早く、シャロは駆け出して行った。


 何の道具を取ってくるんだろうか⋯⋯。準備すると言ったもののポーションの類は〈収納魔法アイテムボックス〉にしまっているから特に準備することはないが⋯⋯。


 門に向かう途中で2人分のお昼でも買っておこうかな。

 〈収納魔法アイテムボックス〉の中は時間が止まる様で、出来立ての料理を入れておくとホカホカの状態で取り出すことが出来るし、腐らない。生活魔法がチート過ぎてヤバイ件。


 門に向かう途中で昼食を買い、少し待っていると、シャロがやって来た。


「お待たせー。お父さんから代金出すから、ホーンラビットのお肉大量に持ってくるようにお願いされたよー」


「お~、わかった」


 ホーンラビットの肉は宿でもたまに出るので、結構うまいのは知っている。

 鶏肉に近い感じだったな、……異世界に来てまで、似てる物に例えるのは無粋か。


「お肉一杯持ってこれたら暫くは、ソラの夕飯にホーンラビットのステーキ出すように頼んどいたよー」


「ほお、それなら気合入れてやらないといけないな!」


 シャロと合流し門で手続きをした後、ホーンラビットの生息地へと向かった。


 ◇


 俺達は街の周りに広がる畑の端へとやって来ていた。


 ホーンラビット。

 農家の天敵であり畑を荒らす代表的な魔物もとい害獣。

 どの地域にも生息しており、毛の色や角の形が違うなどの違いはあるが、大体同じような見た目をしている。

 農家は畑を守る為、新人冒険者は日銭を稼ぐ為に日夜戦いを繰り広げる魔物である。


 もっとも魔物除けの魔道具があれば襲われることはないが、広大な畑全てをカバーするだけの魔道具は確保できない為、常設依頼として冒険者に間引きをしてもらうようにしている。


 ギルドでは手数料を取られるが解体も行っているので解体はお願いし、魔石と毛皮などの素材をそのままギルドに売り渡し、肉は持って帰ることになった。


「じゃあこの魔道具起動するね~」


 そう言ってシャロは〈収納魔法アイテムボックス〉から手の平サイズの壺の様な物を取り出した。


「そういえばその魔道具どんな効果があるんだ?え?ホーンラビットが好きな匂いを出す?大量に襲ってきたホーンラビットを倒してウハウハ?。ハハハ……、そう云うのはもっと早く言えバカ!!」


[プシュー]


 魔道具の中に魔石を放り込むと、壺から薄い灰色の煙が出始めた。

 慌てて腰に携えていた剣を抜き盾を構え身構える。

 畑の近くの森の茂みからガサガサと音が鳴り始め。

 茂みから一匹のホーンラビットが飛び出し、シャロに向かって駆け出して来た。


「フン!」


 ホーンラビットが角を向け突進してきたが、シャロは難なく左手に持つ盾で弾く。

 盾で弾かれ体勢を崩したホーンラビット目掛け、右手に持つ片手斧でホーンラビットの首を切り落とした。


「どんどんいこー!!」


 茂みから音が増してきた。

 魔物との戦闘は今回が初めてだ。

 手汗が凄い。

 覚悟を決め左手に持つ盾を体の前に構え襲撃に備える。


 今度は3匹が茂みから現れ、2匹が俺に向かって来る。


 ヒェッ、1匹ずつにしてくれよ!。

 向かってくる内の1匹を盾で受け、もう1匹は剣を振り下ろし切り付けた。

 切り付けられたホーンラビットがギャッと悲鳴を挙げ地面に転がる。

 その隙に盾で受けたもう1匹に剣を突き差す。

 突き刺したホーンラビットが動きを止めグッタリしたので、地面に転がっている方にとどめを刺した。


 ハァハァと荒い息遣いを落ち着かせる。剣を持つ手には肉を切る感触が残っていた。


 頭の中では覚悟していたが、初めて武器を使って生き物を殺した。


 虫みたいに小さい生き物でなく刺せば血の出る生き物を。

 日本に居た時では体験することがなかった感触。

 この先、冒険者を続けるなら経験する事になるその感触を⋯⋯。


 動かなくなったホーンラビットに視線を落とし感傷に耽っていると、そんな事俺達には関係ないぜとばかりに、魔道具から出る匂いにつられたホーンラビット達が茂みから飛び出して来た。

 感触がどうの考えてる暇などないくらい、次から次へと俺達に向かって突進してきた。いや、多いって!。


「アハハハ!どんどんかかってこーい!」


 シャロは笑いホーンラビットの突進を盾で弾き。盾で殴り付け。斧で真っ二つにしては死体の山を築いていった。


 俺も夢中で対処している内に、ホーンラビットの動きに慣れてきた。


 というよりも、ホーンラビットの攻撃パターンが角をこっちに向けて突進してくる位しかないようで、タイミングよく盾で受けるか避けるかすれば隙が出来る。毛皮もそこまで硬くないので簡単に倒せる。倒せるが⋯⋯、数が多い。


 体感で30分程戦っているだろうか⋯⋯。

 俺達の周りは血の匂いが濃くなっていた。オエッこれいつ終わるんだ?。

 少しえずきながらシャロに尋ねる。


「シャロ、その魔道具あとどれ位効果があるんだ?」


「んー、まだ半分位かな。まだまだ余裕っしょー」


 シャロの周りは死体がゴロゴロ頃がっていた。

 まだ半分なのか⋯⋯。1ヶ月訓練して鍛えたとはいえ盾で攻撃を受けながら鉄の剣を振り回すのは流石に疲れるな⋯⋯。

 最初の頃に比べれば勢いは弱くなって来てはいる。

 ホーンラビットの血の匂いで魔道具の匂いが薄まってるのか?


 それから5匹倒し。


 6匹目を相手しようとした時に頭の中で言葉が響いた。


 ーーーーーーーーーーーーー

 レベルアップしました。

 ーーーーーーーーーーーーー


「え!?レベルアップ!?」


 この異世界にはレベルという概念がある事自体は知っていたが、この1ヶ月間。1度もそんな事はなかったので俺は素で驚いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 〈盲目ブラインド〉を習得しました。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しかも何か覚えた。〈盲目ブラインド〉って、なn⋯⋯イデデデデ!!。

 新しい魔法を覚えた事により、生活魔法を覚えた時の様に脳をつかまれるような痛みが走った。


 思わず痛みで体勢が崩れた隙をホーンラビットは見逃さず。

 ホーンラビットご自慢の角が脇腹へと突き刺さった。

 体に付けている革の胸当てを付けてはいるが脇腹の所は空いていたので、それが災いした。


「ぐっあぁぁ⋯⋯」


 脇腹に角が刺さった痛みで、頭の痛みが上書きされる。

 すぐにホーンラビットの体を掴み体から引き抜き、地面に思いっきり叩き付け、剣を突き立てる。

 ホーンラビットは一度ビクンと体を震わせ息絶えた。


 痛い痛い痛いイデデデデデ!。口からはぐぎぎとしか漏れないが心の中では絶叫していた。


「あ!ソラ大丈夫?!」


 シャロは俺に駆け寄り、腰のベルトに付けていたヒールポーションを取り出した。


「チョーっと我慢してね。それ!」


「ひぎぃ!」

 シャロは俺の傷口にヒールポーションをバシャバシャと振りかける。


「はい、半分は飲んでねー」


「ぐぼっ」

 半分程振りかけて残りを口の中に突っ込んで来たので、ゴクゴクと飲み込むと体から痛みが和らいでいった。


「っはー!おおっ!すごい痛みが和らいでいく⋯⋯」


 ギルドの訓練では回復魔法を掛けてもらっていたので、ヒールポーションを使うのは今回が初めての経験だった。


「ありがとう、助かった」


 シャロに礼を述べ次の攻撃に備えたが、ちょうど魔道具の効果時間が切れたらしく、それ以降ホーンラビットは現れなかった。


 うーん。最後の最後に油断した感じになってしまった⋯⋯。


「結構倒せたねー。大量大量ー」


 シャロは上機嫌に笑いながら〈収納魔法アイテムボックス〉にホーンラビットの死骸を収納していた。

 俺も自分が倒した分を〈収納魔法アイテムボックス〉に収納していく。


 全てのホーンラビットを収納し終えたが……。血の匂いが酷いな⋯⋯。

 〈清潔魔法クリーン〉で自分と周りを奇麗にし、少し離れた所で休憩する。はぁ、疲れた⋯⋯。


 その休憩中になぜ動きが悪くなったのかを聞かれたので、レベルが上がったことを伝える。


「そうなんだー、じゃあさー何か魔法かスキル覚えたの?」


「ん?あー、<盲目ブラインド>っての覚えたな」


 レベルアップの時。魔法の名前と効果が頭の中に流れこんで来た。

 原理は謎だがそういうものらしい。


 効果は相手の視界を奪う魔法だった。直接攻撃する魔法では無いが、結構強いのでは?。

 今回の戦いで分かったが。1秒でも敵の視界を奪えば戦いを有利に出来る。

 相手の隙を確実に作れるなら優秀な魔法なんじゃないだろうか。


「へー、結構いいじゃん。あたしもまだ〈挑発タウント〉しか使えないんだよねー。速く自己強化バフ系覚えたいな~」


 シャロの職はタンクだからな、タンク系の魔法やスキルを覚えるんだろうな。

 この世界は自分の戦闘スタイルによって覚える魔法やスキルは変わってくる。

 近接職なら物理系。遠距離職なら魔法系と、明確に覚える系統が分かれるようになっている。

 なんでそうなるのかは異世界だからとしか言えない、この世界の住人からしたらそれが常識なのだから。


 俺は闇属性特化なので魔法も使える近接職を目指そうと思っていた。

 最初に覚えたのが妨害魔法ではあるが、幸先いいスタートなんじゃないだろうか。

 覚える魔法やスキルは個人差があるようだし。


 俺達は暫く休憩を取った後に街に戻ることにした。


 ◇


「アリスさーん!ホーンラビット狩って来たから査定して~!」


「だからテーブルをバンバン叩くな。あ、お肉はこっちで使うので、それ以外は買い取りでお願いします」


「お帰りなさい。それじゃあ向こうの解体用のカウンターに預けてもらっていいですか?買取の金額については、解体してからになるから少し時間が掛かりますね」


 アイリさんに教えられたカウンターに向かう。

 俺達は狩ってきた、ホーンラビットを〈収納魔法アイテムボックス〉から取り出し預ける。


 冒険者ギルドには専門の解体職人が居るので、自分で解体するよりも早い時間で解体してもらえる。


 俗にいう生産職と呼ばれる人達は冒険者と違い、生産系の魔法やスキルを覚えるらしい。

 魔物を倒さなくても解体や物を作ったりする内にレベルが上がり魔法やスキルを覚えるんだとか。

 俺も解体スキル覚えたりしないだろうか⋯⋯。


 解体完了まで多少時間がある為。訓練所に向かい今回覚えた〈盲目ブラインド〉を試し打ちすることにした。


 ◇


「お、ソラじゃないか。」

「今日も鍛えてやろうか~」

「へっへっへ。女連れで来るとはな、手加減しないぜ」


「こんちわっす。

 今日はレベルアップしたんで覚えた魔法を試し打ちに来ただけです。

 あとシャロの事は知ってるじゃないですか」


 冒険者に登録した日に親切にしてくれた3人が話しかけてきた。

 なんだかんだ、あの後もこの訓練所で鍛えてもらったりしている。


「ほぉ⋯⋯、どんな魔法だ?」

「〈盲目ブラインド〉か~、闇属性はわかんねぇな~」

「へっへっへ。試しに俺に撃ってみな」


 覚えた魔法を伝えると実験台になってくれるとのこと。ではお言葉に甘えて。


「〈盲目ブラインド〉!」


 手のひらに魔法陣が浮かび上がり、そこから黒い靄が打ち出された。

 思ったよりも速いスピードで靄が相手の顔に向かって飛んで行き、目の辺りに黒い靄がまとわり付いた。


 相手の顔に張り付いてからの秒数で消えてなくなった。


 その後に何度か撃ってみたが大体5秒程で靄は四散する。


「5秒くらい視界を奪うことが出来るのか⋯⋯」

「避けてもある程度付いてくるから面倒くさいな~」

「へっへっへ。視界は奪われるが、感覚で相手の位置は分かるな。音や匂いまでは妨害できないらしいぜ」


 サラッと対策してこようとしないでほしいな⋯⋯。

 その後解体が終わるまで3人と一緒に検証を続けた。

 シャロは興味ないらしく壁にもたれかかって眠っていた。


 そんなこんなで、俺の異世界初討伐は終了したのであった。

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