4.初めての依頼~薬草採取物語~

 部屋の外から鐘の音が聞こえてきた。


 眠い目を擦り、体を起こすと見慣れない部屋が目に飛び込んできた。


 木製の簡単なベッドに机と椅子だけの狭い部屋だ。


 ボーっとする頭が次第に覚醒していき夢ではなく、現実なのだと理解した。



 俺は今、異世界にいる。



 ただ寝ているだけでも腹は減るもので。

 さっそく朝食を食べに1階の食堂へ降りて行った。

 食堂では昨日紹介された宿屋の主人が朝食の準備をしていた。


「おはようございます」


「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」


「はい、よく眠れました」

 そう答え席に着き朝食を食べた。


 昨日のパンにお肉と野菜をサンドした⋯⋯、要はサンドイッチみたいな奴。

 肉の味付けが濃いめの為、パンと野菜でいい感じになっていた。


 うまうま。


 食事を終え。

 異世界生活2日目をどう過ごすか考えた結果、冒険者ギルドへと向かうことにした。


 ◇


 早朝だが色んな人が働き始めていた。


 冒険者の見た目をしている人もちらほら、皆冒険者ギルドを目指している様だ。

 周りを見ながらギルドへの道のりを歩いて10分程で冒険者ギルドに到着した。


 中に入り、さっそ[ブロンズ]ランクの掲示板の依頼を確認することにした。


 依頼にもいくつか種類があり。

 常設依頼・通常依頼・緊急依頼・強制依頼の四つがある。


 [常設依頼] 基本的にギルドが依頼主であり、街の周囲の安全を確保する為の魔物の討伐。素材の納品。常に張り出されている依頼を意味する。


 [通常依頼] 街に住む人が冒険者を雇いたい時は此方がメイン。依頼を出せば後は冒険者ギルドが調整してくれる。依頼の内容と報酬が釣り合ってない依頼や、破格の報酬の依頼もあったりする。


 [緊急依頼] 魔物の討伐がメインで、街の周辺で緊急性の高い事案が発生した際に掲示される。


 [強制依頼] 一定のランク以上は拒否できない依頼の事だ。この場合は街に対して早急に対処しなけれ

 ばならない事態が起こっている場合が多いそうだ。危険度の高い魔物が街に向かってきているなど。


 もっとも[ブロンズ]ランクの俺には常設依頼か通常依頼ぐらいしか選択肢がないのであまり関係のない話だな。


 どの依頼を受けようか。

 ドブ攫いや草むしり、畑の収穫の手伝いの様な雑用から薬草採取にホーンラビットとかいう魔物の討伐まで色々ある。


 掲示板の前で唸っていると、不意に肩を叩かれた。


 だれだ?

 そう思い振り返った。


 青い顔をしたマルコさんが立っていた。

 二日酔いらしい。

 遭遇率が高いな。


「よお。今日から依頼受けるのか?」


「そのつもりです」


 隣にいる女の子が声を掛けてきた。


「マルコさんに薬草採取の依頼に同行してもらうんだけどいっしょにどぉ?君、うちに泊ってる人でしょ~?」


 茶髪のポニーテールに大きめの盾を背負った、革鎧を着ている女の子がそう言ってきた。


「うちってことはキャリー亭の関係者?」


「そだよ~。あそこあたしの実家なんだー。でさ、マルさんから昨日冒険者ギルドで登録したての人がいるって聞いて、声かけたんだよねー」


 マルさんとは、多分マルコさんの事だろう。


 正直昨日登録したての新人を誘うメリットはない気がするんだけどなぁ。

 そう考えていると。


「あ!因みにあたしもこの前登録したばっかだから同じ新人だよ~」


 なるほど。

 同じ新人で実家の宿に泊っていて、マルコさんとも顔見知りの俺に声を掛けてきたというわけか。

 理由は分かったけども、俺は右も左もわからないガチ初心者なのだが⋯⋯。


「そういうわけだから、お前さえ良かったらどうだ?薬草採取は今後の為にもいい勉強になると思うんだが」


 青い顔をしたままのマルコさんに提案された。

 俺にとっても悪い案ではないから乗りたいところだが。


「死にそうな顔をしてますけど、大丈夫ですか?」


「あー大丈夫、大丈夫。出発するまでには直しとくから。大丈夫、ホントニ」


 お、おう。

 大丈夫というなら放っておいて目の前の子に自己紹介をすることにした。


「初めまして、ソラといいます」


「よろー!あたしはシャロっていうんだー。ソラもよろしくねー」


 元気いっぱいな子だ。

 年も俺の二つ下で15歳だという。

 泊ってる宿の娘だし仲良くしていこうじゃないか。


 聞けば2人は昨日の夜、薬草採取に行く約束を取り付けていたという。

 マルコさんは覚えてないというが。

 酔ってる状態の時にゴリ押ししたんだろう⋯⋯。


 ◇


 そんなこんなで。

 俺達3人は冒険者ギルドを後にし、街の外にある森に向かって歩きだした。

 普通に歩いて1時間くらいだろうか。


「そう言えばさ、マルさんとソラってどういう関係なの?」


「どういう関係⋯⋯、街に向かう時に知り合ったくらいの仲だけども⋯⋯」


 素直にそう答えるとマルコさんも同意した。


「カールさんの依頼で、こっちの街に戻る途中で拾ったんだよ」


「そうなの?ってことは1人で旅できるくらい強いって事?」


「いや~、魔物と戦ったこともないんだよね」


 そう言うとマルコさんは驚いていた。


「お前。生活魔法も知らないかったし魔物と戦ったこともないのか?どうやってあの街道まで来たんだ?」


 ごもっともな疑問。

 転移してきたから!なんて言えるわけもないし⋯⋯、なんて答えようか。


「生活魔法使えないってマジ?やば過ぎない?」

 シャロはケラケラ笑っていた。


「やばいよなぁ俺の育ての爺さんが偏屈でなぁ」

 設定で作り出した偏屈爺さんのせいにした。

 サンキュージジイ。


 とはいえ流石に何の理由もなしに無傷で街道まで辿り着けたというのは無理があるか⋯⋯。

 どうせ使い道ないし、これを使うか。


「爺さんの死に際にこの魔道具を渡されてね。これの指示に従って、街道まで無傷で辿り着けたんだよ」


 そう言いながら〈収納魔法アイテムボックス〉を発動させ、スマホを取り出した。


 もちろんこの世界に、スマホなんて物は存在しないだろう。

 見せるリスクもあるだろうが、魔道具の一種という事にすれば納得してくれるだろうと、俺は予想した。


 因みに初日に色々使った結果、現在バッテリーが切れて動かないので、一度きりしか使えないという事にしておいた。


「へー!こんな魔道具あるんだー、初めて見たー」


「魔物除けの効果も付与されてる感じか?一度きりしか使えないなら結構効果は高い奴なのか⋯⋯」


 後で知った事だが。

 魔道具には、1度しか使えない使い切りタイプと、繰り返して使えるタイプの2種類があるそうだ。


 一度きりの物は再利用が出来ない分強力な効果があるという。


 繰り返し使えるタイプは魔物から採れる魔石を電池の様に消費し、何度でも使うことが出来る反面効果はそれなり程度。

 一度きりの魔道具並みの効果を出すには強力な魔物の魔石が必要とのこと。


 そう言うわけで。

 スマホのお陰で街道まで無事に辿り着き、マルコさん達に保護された事になった。


 そんな会話をしながら森の中を進んでいると開けた場所に出た。


「よし着いたぞ。此処が俺のパーティーが見つけた薬草の群生地だ」


 マルコさんが告げる場所には、地面から赤い葉と時々青い葉を付けた植物が生えていた。


「おー!すっごいいっぱい生えてるじゃーん!」


 俺の目から見ても同じ種類の植物がかなりの数生えていた。

 これが薬草か、異世界らしくなってきたぜ。


「それじゃ、まず採取する前に説明しておくが。この赤色の葉っぱがヒールポーションの原料になる薬草で、青色の葉がマナポーションの原料になる。ギルドに卸してもいいし!自分で使うポーション用に採るのもいい。その辺は各々好きにすると良い」


 なるほど。

 説明を受けた俺達は早速薬草採取を始めた。


 薬草をとる時の注意点として、茎に付いている葉っぱは半分だけ取るのが基本だという。


 理由としては、薬草の茎から全ての葉を一度に採るとそれ以降その茎からは葉っぱが生えなくなる特性があるのだそうだ。


 なので半分程採って何日か放置していると地面から魔素を吸い取ってまた葉が実るのだそうだ。

 なんというか、異世界って感じ。


 俺は赤色7:青3の割合位で採っていった。


 シャロは赤色の葉だけを採っていた。


 一時間程採取を続け、十分な数を採った俺達は、休息をすることにした。


「此処の薬草の群生地って、教えちゃってもいい物なんですか?」


 俺は疑問に思ったので、マルコさんに聞いてみる事にした。


「ん?ああ、別に構わんよ。[シルバー]ランクになると自分で素材集めて作るより。薬師から直接買った方が効率がいいんだよ、効果もかなり違うしな」


 マルコさんは、少し間を開けて続ける。


「それに⋯⋯、俺らのパーティーで後輩が出来たら、誰が教えても良いって決めてたからな」


 マルコさんは照れくさそうにそっぽを向きながらそう言った。


 という事は俺とシャロは[シルバーファング]の後輩という事になるのかな。


「いいじゃーん。もっとそういう情報教えてよー」


 シャロが肘でグリグリしていた。

 俺は優しい微笑を浮かべながらその光景を見ていた。


「あー、そうだ!お前達今後はどういう感じで活動していく気なんだ?」 


 話題を変える為か、今後の活動をどうするのかを聞いてきた。

 そうだな⋯⋯。


「俺は取り合えず簡単な街の中の依頼を受けながら、ギルド内の訓練場で鍛えようかと思っています」


 魔物と戦う前にある程度、鍛えておかないといけないしな。


「ふーん。あたしもしばらくはそんな感じにしようかなー」


「そうか⋯⋯、まぁ新人ならそのやり方が無難だな」


 マルコさんは俺達2人の考えを聞き、うなずいた後に真剣な顔をした。


「先輩である俺からのアドバイスだが。無茶な事はするな。新人が自分よりも、格上の魔物や依頼に挑んでそのまま死ぬなんてのはよくある事だ。俺ならやれる。俺なら大丈夫。実力はない癖に自信だけはある奴は直ぐに死ぬ。そんな世界だ」


 マルコさんは何かを思い出しながら、俺達にそう告げた。


 此処は異世界。

 日本と違って常に死が隣にあるような世界だ。

 俺はそのことを改めて心に刻むことにした。

 別の世界から転移してきたとは言え、死ぬときは死ぬんだ。


 むしろこのメンツで一番死にやすいのが俺だ。


「うちに泊ってる人も、たまに帰ってこない事あるんだよねー」


 シャロはケラケラ笑う。

 ケラケラ笑いながら言うなよ⋯⋯。


「ソラはちゃんとうちに帰って来てよね!」


「そりゃ死なないように気を付けるが⋯⋯」


 そんなやり取りをしてから、薬草採取を終える事にした俺達は街に戻ることにした。


 ◇


「それじゃ俺は帰るからな。気を付けて戻れよー」


 街に着きギルド前でマルコさんと別れた俺達は、薬草の半分を納品し、残りを自分達用のポーションの材料にすることにした。


「アイリさ~ん!薬草採って来たよー」

 シャロが元気よく受付へと掛けて行くので、その後に続いて受付へと向かった。


「はいこれ!薬草!この量でいくらになりそうですかー?」


 テーブルをバシバシ叩くな。


「すいませんアイリさん、薬草を採って来たので納品したいのですが」


 俺はちゃんと礼儀正しくすることにした、見習えよ?


「フフフッ、それじゃ確認しますので、少し待ってて下さいね」


 アイリさんに微笑まれながらそれぞれの薬草の数や状態を確認してもらった。


「はい。ではこちらが今回の買い取り金になります、ご確認ください」


 そう言って、それぞれ別々に買い取り金を出してくれた。


「ありがとうございます!」


 初めて労働して手に入れたお金だー!

 思えば、元の世界ではアルバイトなんてしたこと無かったからな、初めて自分で稼いだ金という事になる。


 シャロも金額を確認して満足したのか、満面の笑みでアイリさんにお礼を述べていた。


「アイリさんありがとねー!」


「それではこれで失礼します」


 軽く会釈をして、俺達は冒険者ギルドを後にした。


 ◇


 そのまま2人で宿屋に戻り、解散する運びになった。

 その後すぐに夕食を一緒に食べたので、今日1日ほとんど一緒に過ごす形になった。

 シャロの親父さんに見られている気がする⋯⋯。


 自室に戻り自分に〈清潔魔法クリーン〉を掛ける。


 これだけで、その日の服と体に着いた汚れが消えてなくなり、風呂上がりの様にさっぱりした感じになるので便利だ。


 そのせいなのか、風呂に入るという文化は一般的ではないらしい。

 水浴びはするみたいだが、湯を沸かして湯船に浸かるなんてのはあまりないようだ。


 あっても貴族が趣味で入るくらいなんだとか。


 〈清潔魔法クリーン〉で体がさっぱりした状態のまま、ベッドに倒れこむ。


 朝から採取に行ったがなんだかんだ夕方までかかったな。

 明日はマルコさんから教わったポーション作りを試してみようか。

 終わったらギルド内で行われている訓練にも参加しよう。


 明日やることをあれこれと考えながら、疲れもあってかそのまま眠りについた。


 こうして異世界に来て初めての依頼は、何事もなく終わったのであった。

 

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