第5話 カネオ

 そこは、大きな玄関ホールだった。3階まで吹き抜けの高い天井、大理石の壁や床。窓ガラスが全て割れて外れているので、落葉が吹き込んでいるが、ホール自体はあまり傷んでいない。サルタはさすがに疲れた様子で、「ちょっと、休ませてもらうわ」と言ってその場に座り込んだ。


 玄関ホールの柱の陰から、小柄な少年が現れる。カネオ(兼雄)だ。

「やあ、みんな。そろそろ来ると思ってたんだ」

「カネオ、大丈夫だったか、見たところケガもない様子だな」

「僕は公園の植え込みにうまくソフトランディングしたからね。落ちた時にも意識があった。蓋然性の計算をしたら、下手に動くよりも、ここでみんなを待った方が良いとわかった。だから待ってたんだ」

「カネちん、もう未来が見えないって言ってなかったっけ」とヨミ。

「そう、もう以前のように確実な予知はできない。人類軍の新兵器で時空連続体が擾乱されてしまったからね。でも確率は読めるから、最善の行動が何かは分かるんだ」

 カネオの能力はプレコグニション(予知)だ。仲間の中では一番若いが、高い知能も持っている、アマテラスにおいては頭脳の役割を果たす。


「じゃあさあ、カネちん、ボクたちが無事に逃げ延びられる確率って、どのくらいあるの?」ヨミが尋ねる。

「そうだね、僕の計算によると、その蓋然性は約50パーセントだね」

「なにそれ、半々なの?やってみないとわかんないって事じゃないの?そんなの全然、予知じゃないじゃない。やっぱり、あんたは使えないわね」

「僕は正確な数字を示しただけさ。2つの世界線が拮抗している状態だからね」

「まあまあ、半分くらいの確率があるなら十分やってみる価値があるって事だろう。どのみち僕たちには他の選択肢はないんだから」とタケルが取りなした。ヨミは思ったことを、すぐに言い過ぎる。それにしても上手く行かなかった50パーセントの世界線とは、すなわちタケル達が死んでいる世界かと思うと気持ちが重くなる。


「そやそや、ちびっ子どうし、仲ようせなな」サルタも会話に参加してくる。少し休んで元気が回復してきたようだ。

「失礼ね、ボクは小柄なだけでちびっ子じゃないんだから。歳はサルやんと変わんないでしょ」

「とにかくやっとみんなが揃った。これからどうするか早く決めないといけない」

「京都から逃げ出した他のチームはどうなったんやろ。ヨミ、見つけたか?」

「乗ってたヘリコプターは3機とも落とされちゃったよ。スサノオは割と近くに落ちたと思うんだけど、見つけられなかった。カグツチはボクが地面に落ちる時、まだ飛んでたから、ずっと南の方に落ちたんじゃないかな」


「みんな、まだ生きているでしょうか?」

「わからない、けどみんな強い力をもっているメンバーなんだから、きっと生き延びていると思う。僕たちも生き延びないと、生きてさえいれば必ず再会できる。ここは敵の支配域なんだから、早く安全な場所に脱出しないといけない」

「アマテラスに変化へんげして一気に包囲網を突破すればいいんじゃない」とヨミ。

「でも、今、僕たちの心的エネルギーはかなり消耗している。融合に失敗するかも知れないし、融合できてもあまり長い時間の活動は無理だろう。それに、サルタの力がほぼ枯渇しているから、テレポートでの脱出もできない」

「テレポートしようにも目的地のはっきりしたイメージもわからんしな」


「でも、いったいどこに行けば安全なのでしょうか?」サクヤは不安げだ。

「奈良には、まだ持ちこたえている仲間のコミュニティがある。当初の計画どおり、とりあえずはそこに身を寄せるのが最善と思う。なんとかして奈良に行こう」

「奈良に行っても、また囲まれて攻撃されるだけなのではありませんか。なんとか人類軍と和解し共存する方法はないのでしょうか?争うのが私たちの本来の目的ではないはずです」

「それは難しいやろ、そもそも殲滅戦をしかけてきたのは人類側やしな」


「人類は恐れているんだ、僕たちのような生存能力がより高い新種が現れた時に、淘汰・駆逐されて絶滅するのを、しかし、それは自然選択が働いている条件の時だ、今は彼らには科学があるからね。科学によって僕たちに対抗できる力を得た」

「対抗っていうより、もうボクたち負けてるんじゃない?勝てる気しないよ」

 確かに、大阪、京都とタケルたちは押され続けている。敵の新兵器である人造人間はタケルたちとよく似た能力を使うことができる。融合して神に変化して戦えば、なんとか倒す事も可能だが、敵は数で勝り、能力も強化されつつあるのだ。


「そうだ、このままでは僕たちは滅ぶしかない。でも、最後の希望が残っている」

「それは大神呪だね、タケル。大神呪を使って得られる観音力を使えば、僕たちは無限の力を手に入れる事ができると言われている。つまり、ずっとアマテラスの形態でいる事ができる。その時、僕たちは全能の神に進化するんだよ」

「でもカネオ、それは、本当の事なのでしょうか?私たちを敵と戦い続けさせるために作られた虚偽情報ではないのですか?」

「僕は様々な世界線の蓋然性を探ってみた。未来は擾乱されて、はっきりとは見えないけれど、そこに至る筋道があることは感じられる。虚偽情報ではないと思うよ、真実がある。でも、そこに至る道はとても狭いんだ」

「カネオの言う事がおそらく正しいだろう。まずは生き延びて、道を探さなくては。とにかく1カ所に留まっていてはだめだ、カネオとヨミがいれば、こちらの索敵能力もかなりのレベルだ。サルタの力が回復するまでは、安全そうなルートを辿って歩いて移動しよう。京都の戦闘はまだ続いているのだから、敵が我々の包囲にさける資源も限られているはずだ」

 そう言って、タケルはみんなの心を見渡した。不安の感情が漂っている。しかし選択肢は限られているのだ。

「よし、行こう。僕が危険の一番少ないルートを選ぶよ」カネオが言う。

 タケルたちはカネオを先頭に建物を出て歩き始める。

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